シーフェル王女についている男の関係性は、正直言ってあまりに不明すぎる。だがあれだけ近くにいたがるということだけで判断するに、あの見習い騎士は王女に惚れている可能性が高い。
あんな態度を見せられればさすがに。それはそうと、甲板に出て船全体を眺めてみると船室がいくつかあることが分かる。ラクルが王国への航路を新たに開設出来たということはこの船に冒険者がいてもおかしくないし、すでに何度か利用していても不思議じゃない。
……ん?
「んぬぉぉぉ――! これは何とも、手ごわいですよぉぉ~!」
「早く釣るなの!」
これはルティの声とフィーサだな。シーニャが言っていた釣りか。
もしや大物でも狙っているのか?
「そんなに力を入れて何を釣ろうとしているんだ?」
「イスティさま! もう大丈夫なの?」
「あぁ、シーニャのおかげでね」
「あの娘が何を釣ろうかなんてわらわには見当もつかないなの」
ルティは釣りに夢中になっていておれがいることに気付いて無いようだ。まったく、しょうがない奴だな。
「おい、ル――」
「ふんぐぅぅおおお~!!!」
何やら恐ろしく力を込めているが一体どんな大物を釣るつもりなんだ?
釣り竿のサイズは大物用でも無さそうだし大物を無理やり釣るなんて出来るはずが――
「あっ! アック様っ!! もも、もうすぐ最高の料理ををを!? うぉっとぉっととと……」
「お、おいおい、平気なのか?」
「もうすぐ現れます~!」
何やらとんでもない大物を引っ張り上げようとしているな。
船が傾きかけているのは気のせいだろうか。
「つぉぉぉぉぉ! ふごぉぉぉ……!!」
怪力のルティが釣った大物。一体何が釣れたのやら。
「イ、イスティさま……にゅるにゅるがたくさん見える……なの。ひゃうぅぅ」
「ん? にゅるにゅる?」
「い、嫌なの!! わらわは船室に戻るなの~~!」
「――あ、おいっ!?」
何か恐ろしいものでも見えたのかフィーサは一目散に船室の方に逃げてしまった。
【クラーケン 頭足族 Lv.???】
これは――魔物サーチが発動した?
関節が無いタコの触手。触手で思い出すのはかつてのスキュラだ。そうなるとフィーサには不得手な相手になる。異形の軟体生物を苦手としているし、逃げ出すのも無理はないか。
料理したらどんなスキルが得られるのか個人的に興味はあるな。だが、レベルが不明なことと船が激しく揺れ出している時点でただの釣りでは済まされない。
「ひぃええぇぇえ!? 手ごわすぎます~!!」
「もういい! ルティ、諦めてそこから離れろ!!」
「アック様には極上のお食事をして頂きたくてえぇぇぇ!!」
罪悪感で無理な行動に出ているのか?
このまま激しさを増せば無関係の者に被害が及びかねないぞ。
「ほわわわぁっ!?」
「ルティッ!!」
甲板にタコの体が上がろうとしていると同時に、触手によって弾かれたルティが海に飛ばされてしまった。
「わっぷ!? た~す~け~て~!?」
海に放り出されたルティが溺れている。
まさか泳げないのか?
タコをどうにかしないとだがルティを助けるのが先決だ。
「あなたさま! すぐにルティをお助けくださいませ」
「――! お前はスキュ……シーフェルか?」
「クラーケンはあたくしのしもべですわ。さぁ、お早く!」
身に着けていた装備はシーニャによって外されているが、船乗り用のシャツとショーツだけでも泳ぐには十分なはず。おれはシーフェルにタコを任せ、勢いよく海に飛び込んだ。
「わぷぷっ……、はぷぅっ! 沈んでしまいます~~!」
「もうすぐ助けるから、こらえてくれ」
「うぷぷぷぷ……」
「あっ、こらっ――」
すぐ目の前でもがいていたルティが沈んでいく。本格的にやばい。
「うーん……あれぇ? アック様?」
「お、気が付いたか」
「どうしてわたし、びしょぬれなのですか? はっ!? ま、まさか……」
「まさかでもなくて、溺れた挙句に暴れまくって大変だった」
「そ、そうだったんですね。わたしが泳げないばかりに申し訳ございませんです……」
沈んでいくルティを抱きながら海面に泳ぎ続けたまでは良かった。だが船からだいぶ離れてしまったらしく、船の連中には気付かれてもいないようだ。
「それは気にするな。しかし……」
「はい?」
シーフェルがタコを何とかしてくれたならこうはなっていない。しかし彼女が何とかしようとする前に余計な連中が戦闘に介入した可能性がある。そうでなければ流れ着いてもいないはずだ。
幸先よく船に乗って王国へ行くつもりが――
「ウフフ……さて、あたくしのしもべなるクラーケンを――」
シーフェルがタコを抑えようとしたその時だった。
《詠唱、始め!!》
「王女様っ! ご安心ください。ラクルから乗船された冒険者に討伐を依頼しました!」
「な――!? 何てことを……」
見習い騎士リエンスはそこに居合わせた冒険者に依頼をしていた。その結果、彼らに邪魔をされた形となり余計な戦いが始まってしまう。
「アックさま、ルティ……大丈夫かしらね」
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