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番外編菊葉家の茶飯事
― 夢の余韻、隠し味は銀の旋律 ―
東山の山際から差し込む朝日は、昨日よりもどこか柔らかく、屋敷の廊下を白く染め上げていた。
梅が台所に立ち、使い込まれた銅の卵焼き器を火にかける。規則正しく卵を溶く音が、静かな朝の空気に心地よく響いていた。
「……ん、……おはよう、梅ちゃん」
廊下から、まだ少し眠たげな椿の声がした。大きな体を揺らし、彼は右手の指にある銀の指輪(※番外編「四条の灯火、四つの指輪と今夜の献立」参照)を無意識に撫でている。
「……おはようございます。珍しく、呼びに行く前に起きてこられたのですね」
梅が白銀の瞳を向けると、そこには寝惚け眼の椿だけでなく、欠伸を噛み殺す蓬と、影のように寄り添う桐の姿もあった。
「マジで最高だったよね、昨日の夢☆ 椿、ウチがあの時、光を捕まえてあげたの、ちゃんと見てた?w」
「……ああ。……見事だった。……俺たちの、……共鳴の形だ」
桐の低い声が、夢の草原での出来事を肯定するように響く。
四人が同じ夢を視て、同じ温度を感じていた。その「真実」が、四人の指にある銀の輪を通じて、朝食の準備が進む台所にも静かに伝播していく。
「……ふふ。夢の話はそこまでにしなさい。現実の体力をつけなければ、任務に支障が出ます」
梅が黄金色に輝く卵を、くるりと鮮やかに巻き上げた。
今朝のだし巻き卵は、いつもより少しだけ出汁が効いていて、優しい香りが鼻腔をくすぐる。それは、夢の中で椿の孤独に触れた梅が、無意識に込めた「安らぎ」という名の隠し味だった。
「わあ、美味しそう! いただきまーす!」
蓬が弾けるような笑顔で箸を伸ばす。
椿は、自分の皿に置かれた一切れを口に運び、目を細めた。
「……あはは。なんだか、昨日の夢の味がするよ。……ありがとう、梅ちゃん」
「……何度言えばわかるんですか。変なことを言わずに、早く食べなさい。……冷めたら、隠し味が台無しになります」
梅はそっぽを向いたが、その指先……椿とお揃いの銀の指輪が、朝日に反射して誇らしげに瞬いた。
一蓮托生の譜は、夢の続きを抱えたまま、賑やかな朝の音色へと書き換えられていく。
「……梅のだし巻き卵。あなたがもし、夢の余韻に浸る四人のために『特別な飲み物』を一つ用意するとしたら、何を選びますか?」