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「それは、悪いことではありません」
すぐに、そう付け加えられる。
「周囲への感度が高い、ということです。
つまり、人や物の変化に気づきやすいということですね」
わたしは、黙って聞いていた。
「ただ、この社会では……」
彼女は、少しだけ言葉を選ぶ。
「その特性は、少し疲れやすくなることがあります」
疲れやすい。そうなんだろうか。
自分ではよくわからない。
「自分で判断する回数が多い分、迷いも増えます。
正しかったかどうかを、後から考えてしまう。
それは自己否定や、ひいては第三者への攻撃や、逸脱行為に繋がってしまうこともあります」
逸脱行為。その言葉に、膝の上に揃えていた指が、わずかに動いた。
「だからエデンでは、AIが、先に考える仕組みを用意しています」
彼女は微笑む。
「考えなくていい、ということではありません。
考える順番を、少し変えるだけです」
大したことではないというように、彼女は言う。
「冰砂さんの問題、というわけではありません」
彼女は、はっきりと言った。
「ただ──少し、向いていない生き方を、頑張って続けてきただけです」
向いていない生き方。その言葉が、胸に残った。
でも、間違ってはいない。
「ここでは、まず立ち止まる練習をします。
動く前に、ひと呼吸。それだけで、ずいぶん楽になる方も多いですよ」
わたしは、小さく頷いた。
彼女は少しだけ姿勢を正した。
「あと、ひとつだけ。
これは確認というより、情報としてお伝えしておきたいことです」
わたしは、顔を上げる。
「冰砂さんは、今年で二十歳になりますね」
頷く。
「この施設では、年齢に応じたライフプランの相談も行っています。
二十歳前後は、心身のバランスが安定しやすい時期ですから」
穏やかな声。彼女は何もおかしなことは言っていない。
「結婚や出産についても、早めに知識を得ておくことで、不安が減る方が多いんです」
胸の奥で、何かが、かすかに引っかかった。
「もちろん、強制ではありませんよ」
彼女は、すぐにそう付け加える。
「ただ、選択肢を知らないまま過ごすより、この施設のように整った環境で、
情報を受け取ってから決める方が、結果的に後悔が少ないとされています」
適切な時期に、AIが決めた適切な相手と結婚して、AIの管理のもと、適切なバースプランで子どもを産む。
それが世間一般で幸せとされているスタンダートなライフスタイル。
「冰砂さんのように、感度の高い方ほど、将来の設計を、早めに共有しておくことが大切なんです」
わたしは、何も言えなかった。
自分の人生のことを話されているのに、なんだか他人事みたいで。
学校の先生みたいな声は柔らかくて、わたしを責める気配もなくて、拒む理由が見つからない。
「今すぐ何かを決める必要はありません。ただ、その段階に入る年齢だということを、知っておいていただければ」
彼女はそう言って、微笑んだ。
それは、目上の者が目下の者に対して行う助言だった。
善意だった。
常識だった。
教科書にだって、そう書いてあった。
「質問はありますか?」
少し考えてから、答える。
「……わたしは、ここで良い子になれますか」
彼女は、一瞬だけ驚いた顔をした。
でも、すぐに優しく笑う。
「もう、十分ですよ」
その言葉は、慰めじゃなかった。
当たり前の事実みたいに、そう言われた。
「ここでは、良い子になる必要はありません。
ただ、少し楽に生きる方法を、一緒に探すだけです」
わたしは、返事ができなかった。