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鬼殺隊の射手

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鬼殺隊の射手

14 - 第14話 帰還

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2025年09月09日

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帰還

・・・・・・・・・・


年に一度の健康診断で、朝早くから蝶屋敷を訪れていた私は、バタバタと騒がしい足音を聞いた。


「胡蝶さん!胡蝶さんいませんか!?」


時透だった。こんなに慌てた様子の彼は珍しい。


「どうしたんだ、時透。何があった?」

「悲鳴嶼さん…つばさが!僕を庇って大怪我して!血が止まらないんです…!」

「何と!それは大変だ。私は胡蝶を呼んでくるから、時透は先に夏目を診療室に…いや、処置室がいいだろう。そちらに運んでやりなさい」

「はい!」


大急ぎで胡蝶と共に処置室に戻ると、時透と蝶屋敷の娘たちが夏目の傷口を圧迫し止血しようとしていた。


「なほ。以前、椿彩が献血に協力してくれた際に採った血がありましたね。それも含めて、椿彩のと同じ血液型の輸血パックをあるだけ持ってきてください!」

「はっ、はい!」

「アオイとすみは時透くんの傷の手当を!」

「「はい!」」

「きよはこちらを手伝ってください」

「はい!」


てきぱきと指示を出す胡蝶。


「時透様、こちらへ」

「でっ、でも…」

「早く!」


神崎隊士と中原看護婦が半ば強引に時透を別の部屋へ連れ出す。


「私に手伝えることはあるか」

「ありがとうございます、悲鳴嶼さん。…では、ちょっと止血をお願いできますか?傷口をこれで抑えてほしいんです」

「承知した」


胡蝶に手を誘導され、ガーゼを夏目の腹に押し当てる。

その間に胡蝶が処置の準備を進める。


見えぬ目でも分かる。これはかなり出血しているな。

夏目の手に触れると、ひんやりと冷たい。

手首で脈をとる。

大丈夫だ、まだ生きている。


「悲鳴嶼さん、ありがとうございます。助かりました。あとは私が」

「ああ、頼んだ」


胡蝶が夏目の傷を素速く縫合する。そして寺内看護婦と、輸血パックを持って戻ってきた高田看護婦が夏目の腕にルートを確保し、輸血を行う。




伊黒を助け、お館様直々に鬼殺隊への入隊を許可された夏目。

柱の前でも臆することなく弓を引き、その実力を見せつけた。

ただの動かぬ的を射止めたことに終わらせず、動き回る隠の持つ板に矢を放てと言ったのは、我ながら意地が悪いと思った。しかしそのくらいできなければ、隠を傷つけるかもしれないという精神的な負担に打ち勝つ気概がなければ、このようなところで生き延びることは不可能だ。

別の世界から突然やって来た彼女には、元の世界に戻るまで、鬼殺とは縁遠いところで穏やかに暮らすという選択肢もあるのだ。

だからわざと難題を押し付けたというのに。

彼女は2本の矢を、見事隠の持つ板に命中させたのだ。そのうち1本は惜しくも板に刺さらず地に落ちたが。



最終選別に向かうまで、私も2度程、彼女に稽古をつけた。

真面目で素直で、こちらが言ったことをすぐに実行しようとする。

そしてそれができるようになるまで、そう時間はかからなかった。


彼女には剣の才能があった。

自覚はしていなさそうだったが。


“あの時”以来、私は本当に疑り深くなった。もちろん夏目のことも信用していなかった。

しかし次第に、このひたむきに努力する少女を見守り育てなければという思いが強くなっていった。

叶うのならば、元の世界に返してやりたい。

そのきっかけも方法も分からない今、私たちにできるのは、彼女が命を落とさないよう守ることだ。



最終選別の時も、命を落とした他の参加者に夏目が藤の花の香油を吹き掛けてやったことが後の隠からの報告で判明した。

そのおかげで、亡骸が鬼によって更に辱められることを防いだと同時に、死者たちの人としての尊厳を守っていたのだ。

自分の身を守る為の香油を、もう目を開けることのない見ず知らずの死者に惜しみなく使ってやった夏目。

なんと強く、優しい子か。


そんな彼女を、私を含め他の柱たちも深く敬愛した。


今回だって、任務で身を挺して時透を庇い、命に関わる大怪我を負った夏目。

どうか生きてくれ。





「…ふう…終わった……」


胡蝶が静かに溜め息をついた。


「しのぶ様。時透様の手当も終わりました。幸い軽症でした」

「ありがとう。こちらに案内してもらって構いませんよ」


神崎隊士たちに連れられ、時透が戻ってきた。


「胡蝶さん…つばさは……?」

「なんとか一命を取り留めました。じきに目を覚ますと思います」

「よかった…ありがとうございます……」


時透が心底ほっとしたように声を震わせた。


「時透くん、詳しく話を聞かせてもらえますか?」

「…はい……」


時透が私の隣に座り、夏目と共に戦った鬼のことを話し始める。どのような血鬼術を使う相手だったのか、どうやって倒したのか。

そして、夏目が頸を斬り、鬼が絶命するその直前に時透に向かって投げた刃物により、それを庇った夏目が怪我を負ったこと。


「すみません…僕が最後まで気を付けていればこんなことには……」

「いいえ、時透くんには感謝しているんですよ」

「えっ?」


胡蝶の言葉に、時透が驚きの声をあげる。


「時透くんが一緒に任務にあたってくれたから、大急ぎで椿彩を連れてきてくれたから、彼女は助かったんです。…そのおかげで、私たちは大事な家族を失わずに済みました」

「…っ……」


時透の空気が揺らぐ。


そして、夏目が小さく呻き声をあげた。


『…ぅ…… 』

「!つばさ、気がついたの?」

『…あれ…?ここ…蝶、屋敷……?』

「椿彩。気分はどうですか?」

『しのぶさん……ときとうさんは…?』


こんな時でも庇った相手を気遣う夏目。


「彼は軽症ですよ。それよりあなたが大変でした」

『…よかった……。すみません…ご迷惑を』

「掛けてません。任務、頑張りましたね」


胡蝶の顔は見えないが、とても安心したように柔らかな声をしていた。


「さて、私は別の隊士の健康診断に行ってきますから、時透くんたちとゆっくりお話でもどうぞ」

『はい』


胡蝶や看護婦たちが退室し、少しの沈黙が訪れる。


私はそっと時透の背中を押した。

彼が立ち上がり、夏目の傍に移動する。


「…つばさ…怪我、痛むよね……ごめん……」

『痛み止めを打ってもらってるから、平気ですよ。…それより時透さんが無事でよかったです』


夏目は少し掠れているが穏やかな優しい声をしていた。


「……なんで僕を庇ったりなんかしたの……」

『なんでって…時透さんが大事だからに決まってるじゃないですか』


当たり前というようにはっきり答える夏目。


「だいじ…?僕が?」

『はい、時透さんももう、私の大事な人だから…傷ついてほしくなかったんです。時透さんが一緒だったからあの鬼を倒せました。だから守りたかった…』

「……っ…」

『…あっ、と、時透さん!?わわ…泣かないで…!』


時透の鼻を啜る音が聞こえる。

私が傍に行くと、彼は肩を震わせて泣いていた。

驚いた。普段、無口で無表情な彼が、こんなにも感情を露にしているのは初めてだ。


『ひめじまさん、どうしましょう…泣かせちゃいました……』


困ったように助けを求めてくる夏目。


それが少々可笑しくて、私は口元を緩ませながらハンカチを取り出し、時透に手渡す。

そして夏目の頭に手をやり、その柔らかな髪をそっと撫でた。


「つばさ…ありがとう……」


声を震わせながら、普段より少し明るい声で礼を言う時透。

夏目の強い優しさが、時透の心を溶かした。


「夏目。時透を守ってくれてありがとうな。君の真っ直ぐな優しさに救われる人は、きっとたくさんいる。怪我が治るまではゆっくり過ごしなさい。そしてまた稽古に来てくれるのを待っている」

『はい、ありがとうございます』


夏目は自身の頭を撫でる私の手をぎゅっと握ってくれた。

まめができた跡もあるが、小さくて華奢な、少女の手だった。



“先生!”

“先生、大好き!”


ああ、懐かしいな。

あの頃の幸せな思い出が蘇る。


私は夏目と握手を交わし、時透の頭を軽く撫でて、その場を後にした。







つづく





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