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「正直まだこの状況は今すぐ変えることは出来ない。だから今このまま透子と一緒にいても何も変わらない。このままじゃオレは透子を笑顔にしてやれないし、幸せにしてやれない」
樹の口から出てくるその言葉を、わかっていたくせに、いざ樹から言われると思ってる以上にツラい。
「うん・・・わかってる・・」
「今のオレ達にはどうやっても時間が必要。でも・・・オレの人生のパズルはさ、まだ未完成だから、また来るべき時が来たら、その時はまた透子が一緒に完成させてほしい」
正直、”別れる”という言葉は選びたくないのが本音。
もしいつか時間が解決してくれるのなら、そのいつかを期待したくなる。
「だけどオレの都合で透子を縛ることは出来ない。オレと離れてる時間、透子の人生は同じように進んでいって、もしかしたらオレ以外の誰かを好きになるかもしれない」
まだ今はそんなことも想像も出来ないけど。
樹の存在は私の中でこんなにも大きすぎる。
「でもいつか必ずまた透子の元に戻って来る」
「いいの?そんなこと言って」
「だって・・・お互い無理でしょ。他の相手との将来なんて」
「すごい自信」
こんな時でも相変わらずの樹で、思わずそう言って笑ってしまう。
「ずっと言ってんじゃん。オレを信じてくれたらいいって」
「それはここまでになる前の話で・・」
「透子は、でしょ。オレは最初から今までその気持ちは変わってないよ。オレにどんなことがあっても信じてついてきてほしい。それだけは変わらない」
「えっ、ここまでの状況になってても・・?」
「そっ。オレは透子と出会った時から透子への気持ちは一切変わってない。現にオレのこの環境は最初からわかってたことだから。だけど、それでも透子と一緒にいたいと思ったし、どうしても透子を手に入れたかった」
樹は最初からわかっていた人生。
だけど、樹はそれをわかっていて、私を好きになってくれた。
私と一緒にいる時間を選んでくれた。
樹のその言葉で、抑えなきゃいけない想いが、また溢れそうになる。
「だけど、それで透子を困らせたかったワケじゃない。透子がいたら、この決められたオレのつまらない人生が変えられると思った」
「だけど・・。変えられなかったね」
樹の人生を変えられるほどの力があったのなら、別れなくて済んだのに。
結局私は、樹のパートナーにはなれなかった。
「・・・なんで? まだオレの人生終わってないけど」
「いや、それはそうだけど」
「オレの人生の長い時間の中でさ、ほんの少しだけ透子と離れるだけ。でも透子と出会うタイミングはオレにとってあの時じゃないとダメだった。そして、これから先また一緒にいられる為にこれから離れる時間もどうしても必要」
「これから先いつか・・・また一緒にいられる時が来るって信じていいってこと?」
「どうせオレ以外誰も好きになれないんだからさ。ずっと好きでいて信じて待っててよ」
「そうだね~!結局ずっと樹好きでいちゃうんだろうなぁ~!悔しいけど」
「もし離れてる間、透子が他のヤツ好きになったとしても、またその時が来たら奪いに行くから覚悟しといてよ」
「じゃあ、私樹から逃れられないね」
「当然。いつか透子に相応しい男になって帰って来るから待ってて」
「わかった・・。きっと私はこの先ずっと樹を好きでいると思うから。もし、いつか一緒にいられる幸せが本当にやってくるとしたら、その時まで、待ってる」
きっとその気持ちは変わらないから。
樹が戻って来たとしても、戻って来なかったとしても、きっと私は樹を待ち続けているような気がする。
「じゃあ、その時まで一時のお別れしちゃうけど・・・透子、平気?」
「・・・そっちこそ」
「まぁ~オレは正直ツラいけど・・・なんてね。大丈夫。もう透子困らせないから」
そう言っていつものように優しく笑う樹のその表情が。
悲しそうに、切なそうに、寂しそうに見えて。
そんな樹を見たのは初めてで。
何が大丈夫で、何が平気じゃないのかも、もうわからないけど。
だけど、一つわかることは、先のわからない未来を待って、今はお別れをするということだ。
「ここから透子とオレは一旦他人になる。これからは会社で会ってもオレは一切気持ちを封印する。そうじゃないと、多分オレがケジメつけられないから」
「うん。わかってる」
きっとそれが樹が導き出した答え。
そしてこれが今の二人の未来の選択。
「透子・・。今までありがとう」
「・・・こちらこそ。今まで・・ありがとう」
あぁ・・・ダメだ。
その言葉を聞いて涙が込み上げそうになる。
何で最後にそんな優しい顔するの?
何でそんな愛しそうに見つめて来るの?
最後に愛しい人からの優しくて残酷な言葉を受け止めて、必死に涙を堪える。
そして、この時、愛しさが溢れすぎて壊れそうになる苦しさを、初めて味わった瞬間だった・・・。
樹、本当に今まで楽しい時間をありがとう。
すごくすごく幸せだったよ。
一緒に過ごした時間はどの時間も全部楽しくて幸せで。
どれも一つ一つ私の中で輝き続けている。
樹のどんな表情もどんな言葉も全部全部、こんなにもハッキリと鮮明に憶えてる。
こんなにも樹を好きになれて幸せだったよ。
例えもうお互い同じ場所にいられなくても。
例えもうずっと一緒にいられなくても。
私は樹からこんなにもたくさんのモノをもらえた。
人を愛すること、その人のおかげで頑張れる力が強くなること。
樹がいてくれたおかげで、こんなにも私は樹を、そして自分も好きになれた。
こんなにも本気で誰かを想って、誰かを大切にしたいと、誰かのために力になりたいと思った恋は初めてだった。
もしも。
いつかホントに縁があるのなら。
もし樹が運命の相手ならば。
またきっと一緒にいられる日が来るはず。
でも、もしこれが運命の出会いじゃなければ。
またいつか笑顔で、お互いこの時を振り返って話せる時が来るはず。
だから。
いつかもっと成長したカッコいい樹の姿を見られるよう楽しみにしとくよ。
その時まで。
樹。
バイバイ。