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校舎の廊下を歩きながら、俺はふと昔のことを思い出していた。
若井と俺、赤ん坊の頃からほとんど同じ屋根の下で育ったわけじゃないけど、
小学校に上がる前から毎日のように顔を合わせていた。
喧嘩もしたし、一緒に秘密基地を作ったりもした。
あいつはいつも笑っていて、俺のことをちょっとからかう癖があったけど、
裏では誰よりも俺を守ってくれる存在だった。
「おー、元貴! 遅いぞ!」
教室に入ると、赤髪の若井がにやりと笑って立っていた。
背が高い分、ギターケースを抱えていても存在感がある。
俺は肩をすくめながら、「いや、朝は苦手なんだよ」と言い訳する。
若井は小さくため息をつきながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。
「まあいい、今日は文化祭に向けた合同練習だ。しっかり音を合わせろよ」
若井が俺の耳元でささやく。
幼馴染だからこその距離感で、少し安心する。
俺たちはギター部のメンバーとして、
吹奏楽部の涼ちゃん――藤澤涼架――と一緒に演奏する日だった。
涼ちゃんはいつものように優しい口調で、
「大森くん、今日はよろしくね」と微笑んでいた。
金髪の髪が夕日に少し反射して、顔が柔らかく見える。
俺は少し緊張しながらも、思わず視線をそらした。
若井はそんな俺を見て、くすくす笑いながら、「おい、顔赤いぞ」とからかってくる。
俺は口をぎゅっと結ぶしかなかった。
音楽室に入ると、
フルートの音とギターの弦の響きが混ざり、部屋の空気が一気に変わる。
涼ちゃんが息を整え、楽譜を広げる。
若井は機材をセットしながら、「よし、今日も楽しもうぜ」と元気に言う。
俺は肩を落ち着け、ギターを手に取る。
幼馴染と一緒に演奏するって、こんなにも心強いものかと、改めて感じる。
最初は音が微妙にずれていた。
俺のリズムとフルートの呼吸が合わない。
若井がすぐそばで、「ほら、ここはもっと軽く、呼吸を意識しろ」と手でリズムを示す。
その距離感、声のトーン、全部が昔から知っている安心感とぬくもりを伴っている。
俺は少しずつ指先を動かし、音を合わせる。
何度か繰り返すうちに、
フルートとギターが重なり、サックスの低音がそれを支える瞬間が訪れる。
音が“ひとつ”になる感覚――小学校の時に秘密基地で見つけた小さな達成感と似ている。
若井も涼ちゃんも、その一瞬を共有して、にっこりと笑った。
練習後、楽器を片付ける時間。若井が「あー、今日も楽しかったな」とつぶやく。
俺は小さく頷き、「うん、少しだけ自信ついた」と返す。
涼ちゃんも笑顔で、「また一緒にやろうね」と言った。
俺はその言葉に胸が温かくなるのを感じた。
幼馴染と音を重ねるって、ただの演奏以上の何かをもたらすのだ。
廊下に出ると、夕日が校舎をオレンジ色に染めていた。
若井は肩越しにギターケースを引き、俺の横に歩く。
背中越しの存在が、昔からずっと変わらないことを実感させる。
「文化祭、成功させような」若井がぽつりとつぶやく。
「ああ、頑張ろう」俺は答える。
心の奥で、小さな希望がふわっと膨らむ。
その夜、部屋でギターを抱えながら、今日の練習の音を反芻する。
幼馴染と過ごす日々、
音を合わせる瞬間、笑い合う時間――すべてが今の自分を支えている。
光っては消える夕日を見ながら、俺は小さくつぶやいた。
「やっぱり、若井と涼ちゃんと一緒にいると、変な安心感があるな」
携帯を見ると、若井からのメッセージ。
『明日も一緒に練習しよう。藤澤さんも誘うぞ』
俺は息を吐き、軽く笑った。幼馴染二人と過ごす日常――これが俺にとって、
かけがえのない光なんだと、改めて思った。