テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
MOMO🩲
ひな
104
けだま15号🍓🐾໊
6,356
夕鳴
128
コメント
1件
寺島あおいです🌷 「見つけた」——あの言葉がまた違う形で現れて、胸がぎゅっとなりました。特に佐衛門さんの記憶に流れ込む花畑と夕暮れの情景、そこにいる少女の輪郭…あと少しで見えそうで見えないもどかしさが、読んでいる私にも伝わってきました。 渡守さんの「まだ思い出さなくていい」という台詞が、なぜか一番苦しくて。知っているのに教えてあげられない優しさって、こんなにも切ないんだなって思いました。Loneさんの描く距離感、本当に繊細で好きです。
『おーい』
声が響く。
川の向こうから。
霧の中から。
懐かしい声。
忘れられない声。
旅僧の手が震える。
聞こえる。
確かに聞こえる。
もう二度と会えないはずの人の声が。
『何してる』
『こっちだ』
胸が苦しい。
行きたい。
会いたい。
話したい。
たった一言でいい。
その時だった。
頬に痛みが走る。
パチン。
乾いた音。
旅僧は我に返った。
目の前には佐衛門。
何の感情もない顔。
そして。
「起きたか」
静かな声。
旅僧は固まる。
頬が熱い。
「殴りましたな」
「軽くだ」
「軽くではありませんぞ」
お師さんが吹き出す。
鐘撞きまで肩を震わせていた。
旅僧だけが不満そうだった。
だが。
おかげで声は消えていた。
いつの間にか。
聞こえなくなっている。
渡守が安堵したように息を吐く。
「危なかった」
静寂。
「あと少しだった」
旅僧の背筋に冷たい汗が流れる。
「何がです」
渡守は川を見る。
深く。
暗い水面を。
「渡るところだった」
風が吹く。
「自分から」
旅僧の顔色が変わる。
その時。
お師さんが低く呟く。
「まだいるな」
隻眼が細くなる。
川の向こうを睨む。
その時だった。
『おい』
今度は。
佐衛門へ。
旅僧は凍り付く。
誰だ。
誰の声だ。
だが。
佐衛門は動かない。
静かに聞いている。
『おい』
もう一度。
少しだけ近い。
旅僧は息を呑む。
若い。
女の声だった。
聞き覚えがない。
だが。
何故か。
胸が締め付けられる。
『返事くらいしろ』
静寂。
お師さんの表情が変わる。
墓守も顔を上げる。
鐘撞きが息を呑む。
皆。
気付いていた。
『まったく』
風が吹く。
『昔から無愛想なんだから』
佐衛門の瞳が揺れる。
本当に。
僅かに。
だが。
確かに。
渡守が一歩前へ出る。
「聞かないで」
静寂。
「お願い」
その声には焦りがあった。
川が荒れる。
無数の手が伸びる。
何かを掴もうとするように。
そして。
霧の向こうに。
一つの影が現れた。
小柄な人影。
黒髪。
着物姿。
顔は見えない。
だが。
旅僧は息を呑んだ。
女だ。
そして。
その影は。
佐衛門を見ていた。
ただ真っ直ぐに。
何百年も探し続けたように。
『見つけた』
静寂。
旅僧の心臓が鳴る。
聞いたことのある言葉。
あの巨大な瞳が告げた言葉。
だが。
この声には。
悲しみがあった。
深い。
深い悲しみが。
その時だった。
佐衛門の頭に。
記憶が流れ込む。
花畑。
夕暮れ。
笑う少女。
木刀を振るう少女。
そして。
並んで座る二人。
『約束だぞ』
少女が言う。
『絶対だ』
佐衛門の呼吸が止まる。
その顔が見えそうになる。
あと少し。
あと少しで。
その時。
渡守が叫んだ。
「見るな!」
川が爆ぜる。
轟音。
無数の手が水中へ引き戻される。
霧が揺れる。
影が崩れる。
そして。
全てが消えた。
静寂。
風だけが吹いている。
旅僧は膝をついた。
呼吸が苦しい。
渡守も肩で息をしている。
その手が震えていた。
そして。
佐衛門だけが。
川の向こうを見ていた。
長い沈黙。
やがて。
ぽつりと呟く。
「誰だ」
静かな声。
渡守は答えなかった。
ただ。
悲しそうに微笑む。
「まだ」
風が吹く。
「思い出さなくていい」
その言葉が。
何故か。
とても苦しそうに聞こえた。