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「……そうだよ。私の命を救ってくれた時、尊さんは〝忍〟って仮名を名乗った。これ以上私と関わりたくないんだなって理解したけど、いつか彼に会ってお礼を言って、十年後に会っても結婚相手がいなかったら……って、夢見ていた」


私はおしぼりで何とはなしに手を拭き、視線を落として微笑む。


「死にたい気持ちはなくなったけど、代わりに私はずっと〝忍〟を想い続けた。どこに行けば会えるか分からないのに、『今頃あの人はどうしているんだろう?』って思って、空想の恋人に嫉妬してた。……だから私は目の前にいる昭人に真剣になれなかった」


溜め息をついた私は、元彼に申し訳なさを感じる。


「昭人のいい所、悪い所、色々あったはずなのに、私は何一つ向き合わなかった。『そういう所好き』と言わなかったし『そういう所嫌だから、直してほしい』とも言わなかった。長く付き合って〝自分の男〟って思っていたくせに、私は昭人に無関心だった。その代わり、脳内の〝忍〟はどんどん理想化していった。だから目の前の昭人に何も求めなかったんだと思う」


打ち明けると、恵は何度か頷いた。


「今なら分かるよ。私から見ても田村はあまりいい所がなかったし、朱里に釣り合っていると思えなかった。……でも今は、篠宮さんと運命の再会を果たせて良かったね。……彼は田村とも私とも想いの強さが違うもん。私も田村も、篠宮さんみたいに朱里を愛せないし、笑わせられない」


「っ~~~~……っ」


自嘲めいた言葉を聞いて堪らなくなった私は、立ちあがって恵を抱き締めた。


「……そんな事言わないで……」


そう言ったけれど、あとはどう続けたらいいか分からなくなった。


恵の気持ちは分かっていたはずだ。


分かっていながら、私は彼女が何も言わないのをいい事に、目を背け続けてきた。


今、彼女が『現状維持を望んだ』と言ったように、私も恵と友達のままでいたかった。


毎日恵と親友として接しながら、チラッと「まだ私の事を恋愛的に好きなのかな」と考えては、悩みたくなくて心の奥へ押し込んだ。


……今、そのツケがきたんだ。


謝らないと、と思った時、恵は私の体を離させた。


「……ごめん。感情的になった。朱里を困らせたかったわけじゃないんだ。……座って」


言われて、私はノロノロと席に戻る。


いつもなら親友と楽しく談笑し、美味しいご飯に舌鼓を打っていた。


なのに今は、店内に流れるBGMや客の談笑がどこか遠く聞こえる。


恵は努めて笑顔で言葉を続けた。


「私の幸せは朱里が幸せになる事。出会った当初、あんたはお父さんの死や新しい家族との不和で、いつも浮かない顔をしていた。田村と付き合っても幸せオーラは出ないし、いつも何かを求め続けている雰囲気があった。……でも今はそれを感じない。『篠宮さんが朱里が求めていたものを、すべて満たしたんだな』って分かった」


そう見えていたと思わず、私は唇を引き結ぶ。


「嬉しいよ、『おめでとう』って言いたい。ずっと『朱里は幸せなのかな?』って気にしていたけど、篠宮さんと付き合い始めた頃から『楽しそうだな、生き生きしてる』って感じた」


そこまで言ったあと、恵は取り皿に置いてあるフォークの柄に触れ、言葉を探すようにテーブルの上を見る。


そのあと、微かに震える声で続きを口にした。


「……私、朱里が本当に好きになる相手を見つけたら、『私なんて必要なくなるのかな』って不安だった。……朱里に幸せになってほしいのに、朱里に好きな人ができなければいいと思っていた。……むしろ、ポンコツ田村が彼氏で丁度良かった」


『必要なくなる』と聞いて、私は眉を寄せ首を横に振る。


でも私が何か言うより前に、恵は手を突き出して私を制した。


「違う。……そうじゃないの。最後まで聞いて」


どうやら早まった結論を出しかけていたらしく、私はコクコクと頷く。


恵は一つ溜め息をついたあと、ドリンクメニューに手を伸ばして二杯目を吟味し始めながら言った。


「側から消えるとか、友達をやめるっていう意味じゃない。私は強欲だから、朱里に拒絶されない限り、ずっと側にいたい」


それを聞き、私は小さく胸を撫で下ろした。


「……ただ、朱里は結婚したいだろうし、私も年齢的にも人生のステージを上がらないといけない。自分が独身バリキャリになるイメージって、あんまり湧かないんだ」


恵はテーブルの下で脚を組み、私の遙か後ろを見て言った。


「朱里は自分の人生を歩んでいるのに、『ずっと親友でいたい』と停滞しているのは駄目だと思ってる。……今、私が寂しさを感じてるのは、プチ失恋を味わったのもあるけど、独身生活の楽しさから卒業しなきゃならないからだと思う」


私は彼女の言葉を聞いて、少しずつ恵の抱えていた想いを理解していった。


「今までは『朱里が側にいるなら何でもいいや』って、何についても深く考えなかった。でも朱里がいずれ母親になるなら、私も同じ立場になりたい。結婚して、友達同士の家族で出かけられるようになりたい。……いや、朱里が目当てで結婚するとか、子供を産むとか考えたら駄目なのは分かってる。……でも、これからも朱里の側にいるには、自分も変わらないと駄目だと思うんだ」


恵は苦しげに言ったあと、クシャリと泣きそうな表情で笑う。

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コメント

2

ユーザー

いつでも変われると思うよ… そして 友達思いで優しく真っ直ぐな恵ちゃんにも、運命の人がきっと現れるよ🍀✨

ユーザー

いつでも変われるよ?恵ちゃんにだって恵ちゃんを必要としてくれる相手が必ず現れるから✨🥹

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