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三文小説
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真っ白──。
冷たさは、感じない。むしろ、温かい。
カスタードクリームを少しだけ混ぜた、みたいなそんな色。
籠る息──。
苦しい感じじゃない。
どちらかと言えば、ずっとこうしていたい、なんて。
オムライスの薄焼きたまごをふんわりとかけてもらった温もり、そんな、充足感。
誰かの気配が、体温が、もぞ…と動かした指先に触れる。
ふと、目を開けてみたくなる。
ふと、知りたくなる。
今、この体を包んでくれている君を、できることなら見つめたくて──。
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「…ん、」
目を覚ますと、何故かソファーの上にいた。
のそっと起き上がった途端、頭の奥がズンッと重たくなる。
「ぃ…ったぁ…っ……」
「あ、起きたー?おはよう」
思わず額を手で押さえて蹲っていると、背後から慣れ親しんだ声が聞こえてきた。
母である。
いつもの如く、ダイニングテーブルの上で頬杖でもつきながらこちらを見ているのだろう。特に頭痛には触れないあたり、少しすれば痛みは引くのだろうと予想できた。
こういう時、母でもあり、“同じ立場”でもある人から知見を教えてもらえるのは、とても助かる。
「父さんは?」
「お風呂」
「あぁ、もうそんな時間なんだ」
壁掛け時計の針は、22時を少し回ったところを指していた。
浦島太郎になったような感覚に陥っては悲しくなる。
夜ご飯を食べ損ねてしまったことももちろんだが、今日は新しい本も借りていたし、勉強もしたかったのに、と時間の速さを少し恨んだ。
ひとまず自分のセンチメンタルはさて置いて、なぜここで寝ていたのだろう。
まるで記憶が無かった。
目黒くんに家まで運んでもらったところまでは覚えている。そのあと、どうしてか彼を引き留めたくなったような気がして…、それから──
──「はい、お水」
頬にヒヤッとした冷たさが触れる。
母が手渡してくれたコップを受け取り一気に飲み干すと、喉を通っていく水の冷たさが頭の鈍痛を幾分か和らげてくれたように感じられた。
「…ん、、ぷは…。ありがと」
「亮平」
「ん?」
「明後日病院行ってきたら?」
「…へ…?なんで…?」
世間話の続き、くらいのトーンとテンションで母からそんな話を持ち掛けられるが、こちらは困惑するばかりだった。
明後日は土曜日で学校は休みだし、確かに時間に余裕はある。しかし、風邪も引いていないのにどうして病院に行く必要があるんだ?と目を丸くさせていると、母は自身のコップに口をつけ、麦茶を一口飲んでからこちらを見た。
「来たんでしょ?餅は餅屋よ」
直接的な表現では無かったが、それだけで母が言いたいことの全てが理解できた。
加えて、自分が家族にすら、「そのこと」を隠そうとしていたことさえも。
やましい気持ちがあったわけではなかったが、心配をかけたくなくて言い出せなかった。
だが、もし自分が逆の立場だったとしたらどう思うだろうか。家族に大切なことを秘密にされていたら、どんな気持ちになるだろうか。
自分自身にそう問うてみて、あまり良い気分にはならないことだけは悟れた。
「…ごめん」
「そういうつもりで言ったんじゃないわよ。今までとは何かしら変わったことあるでしょうから。ちゃんと専門の人に聞きたいこと聞いて、相談しておきなさいって、それだけよ」
「…うん、わかった」
「明日病院に電話して予約取っとくよ。何時がいい?」
「空いてるなら午前中がいいな。午後は勉強したい」
「そう、わかったわ」
「ありがとう」
「そろそろパパお風呂出ると思うから、次入ってきなさい」
「うん、そうする。制服着替えなきゃ」
疲れ切ってすぐに寝てしまったところを目黒くんがリビングまで運んでくれたのか、目黒くんが帰った後で自力でソファーへ飛び込んだのか。
事実がどちらなのか、それは最早俺の知るところではない。
が、そこのところを突き詰めるのは大変に恐ろしいので、何も考えない方が良いだろうと、思い至った時だった──。
「あ、これ。部屋持ってきな」
──母が、俺に“なにか”を差し出した。
それは、何の変哲もないワイシャツだった。
またまた目を丸め、一緒に小首も傾げた。
「何これ。父さんの?」
「なんでパパのをあんたに渡すのよ。あんたのよ」
「俺の?今着てるのに?…ん?昨日のは洗濯出したけどな?置きっぱにしてたのかな…?まぁいっか、洗濯出しとく。ごめんね」
「ぁー、洗濯してあるようなもんだから大丈夫よ。とりあえず部屋に持って帰んなさい?」
「? うん?」
変に濁した言い方をするなぁとは思いつつ、それを持って二階へ上がった。
クローゼットの中に収納している衣装ケースからパジャマやら、お風呂から上がった後に着るもの一式やらを取り出したあとで、そのワイシャツを広げてみる。
「こんな新品に近いやつ残ってたかなぁ…?」
着初めて、日が浅いものに見える。
襟の糊は随分と残っていて、まだピンと硬い。
布地も白く、学校生活を経るごとに自然と刻まれていくクセやシワも少ない。
定期的に買い替えてもらうが、自分のものは新調してから、もう半年は経っていると記憶していた。
「…俺のにしては、ちょっとおっきくない…?」
自分のサイズより一回りほど大きいそれのサイズを確認しようと、襟裏に付けられたタグを摘んで間近に見てみたとき──。
「ッ!?」
自分のものでないことだけは分かった。
だが、なぜ“これ”が俺の手元にあるのかについては全く分からない。
理解も、推測も、想像も、何もかも追いつかない。
ワイシャツから手を離した次の瞬間にはもう、ほぼ反射的に自分の手の届く範囲にある体の部位を全て触っていた。
髪、は雑魚寝していたせいで少し崩れている。
服、に乱れはなさそう。
腕、胸、腰、脚、に違和感や痛みはない。
そこまでを整理できてホッとするが、またすぐにハッとする。
「ッ…!ぅなじ…ッ!!」
普段一番目のボタンまで締め切り、詰めに詰めている首の後ろに手を触れる。
耳の奥まで響くくらいの鼓動が、騒がしくて仕方なかった。
が、特に傷やピリつくような痛みはなく、一連の動作は全て杞憂に終わった。
「〜ッ…、…よか…っ…、…ッ…!」
その先は、言えなかった。
ふっと脱力して、その場にへたり込む。
安堵と、罪悪感。
二つの感情が、同じくらいの割合で両立している。
この体の中で、それらは矛盾という指摘を躱して共存していた。
自分の預かり知れないところで恐ろしいことが起こっていた、なんてことは一切なかった。
大声で泣いてしまいたいくらいの安心感が、静かに息をしている。
「この子なら…」と、寝落ちる直前には微かに思い始めることができていたはずなのに、それでも疑うような動作をしてしまった。
自分自身に咎められているような心地に、顔が歪む。湧き起こった呵責が、そこら中を走り回りながら喚き散らしている。
「ごめんなさい…っ…」
ベッドに顔を埋める。
俺のものではないあの匂いが、まだ少し残っていた。
お風呂から上がり早々にベッドに入ったが、全く眠れる気がしなかった。
それの見た目は、普段と何も変わらないはずなのに。
秒針の音が、やけに耳に付く。
しかし、寝付けない根本の原因がそれでないことは、自分が一番よく分かっている。
午前零時になる少し前だろうか。時計を見ていないので正確な時間は分からない。
「埒が明かない!」と跳ね起きて、クローゼットのハンガーポールにかけていた消臭スプレーを鷲掴み、ベッド目掛けて大量に吹きかけまくった。
気休めでしか無かったが、これしかやりようが無かったのだ。
学習机に向かい、二十分ほど本を読んで暇を潰した。
水分が乾いたであろう頃を見計らって電気を消して再度寝転がってみたが、案の定時期尚早だ。
徐々に湿り気を帯びていく部屋着のひんやりとした感触を背中に感じながら渋々目を閉じるが、やはり眠れない。
自分で強引に消したくせに、全く物足りないのだ。
我儘で嫌になる。
あんなもので消せるわけがないのに、無理やり誤魔化そうとしたせいだろうか。
余計に恋しかった。
ただの後輩でしかないのに、こんな風に寂しがって、バカみたい。
──ちゃんと、そう思ってる筈なのに…。
もう一度起き上がり、大振りなクッションの上に「とりあえず」で掛けていた“それ”を手に取った。
ベッドの上で膝を折り、姿勢を正してみる。
豆電球しかついていない暗がりの中で、“そいつ”と睨み合ってみる。
「…ぃや、だめでしょ」
頭に過った思考を遠くまで放り投げたいかのように、無理に独り言を呟く。
「…でも…」
悔しい。
誘惑がいつまでも消えてくれない。
「…っ、寝たいだけ…、明日も学校だから…、」
何を緊張しているのかお前は。
無意識に固唾を飲み込んでいた。
都合の良い言い訳を並べ立てる始末に、心の中で「ねぇ…」と呆れかえる。
「弱くなれた自分」が、いつまでも意地を張り続けていた「今までの自分」に大丈夫だと言い聞かせて、それをまた「今までの自分」がなけなしの頑固で振り払おうとしているみたいだった。
このシーソーゲームは、どうやって終わらせたらいいんだろう。
俺は、今、どっちの「自分」の味方になってあげたらいいんだろう。
もう一度グッと息ごと唾を飲み下してから、“それ”を両手に取る。
その中におずおずと、ゆっくりと顔を近づけていって。
少し縮めては、また少し離して。
あれ、いつの間にか、負けてる。
本望が促すまま、鼻腔を“安心”で満たした。
「ん…、ぁ……、」
やっぱり、苦しくなるほど、、
その先が、たとえ口には出さなくてもいい自分だけの気持ちだったとしても、まだ、言えない。
そのまま、顔からベッドに飛び込む。
ふわふわの枕も一緒に抱き締めて。
腕の中にあるその質量は、彼がすぐそばにいてくれているんだと、俺に錯覚させる。
──なんで、何も起こらなかった、ん…だろ……。
疑問への答えを出す前に、カスタードを混ぜたような、あの白い世界が瞼の裏に迫りつつあった。
:
:
:
柔らかい色、柔らかい感触。
優しい温度、優しい匂い。
何の匂いだろう。
直接「これ」というものを嗅いだことは無いように思う。
物体や物質として存在しているものの中に、この香りは無いと思う。
──喩えるなら。
「ふふふっ、あったかいね」
つむじ辺りから聞こえてくる声。
こっちまでくすぐったくなる。
──さっきの続きだ。
そう感じたのは、すぐだった。
顔が上げられない。
ここに、二人だけ。
それでも、素直になれない。
誰も知らない。
誰も見ていない。
それなのに、正直になれない。
思うまま、したいことはなんだってできる。
それなのに、俺が俺を自由にさせない。
嫌になる。
申し訳なくなる。
そう思うのは、もうきっと、少しずつ答えが見え始めてきているから。
“ごめんね”
“ありがとう”
“そうだね”
どんな言葉で返すのが正解なんだろう。
どれも違う気がして、でも合っている気もして。
だけど、どれも言いたいような、言いたくないような。
ぐちゃぐちゃで苦しくて。
ますますその目が見られなくて。
もっと、その胸の中にもぐりこむ。
「すごく幸せ」
探していた言葉が、耳元、すぐそばで紡がれる。
強がることしか考えられない思考回路が解れてゆく。
じわっと滲む涙の温度が、感情が、分からない。
ううん、そうじゃない。
分かっているくせに、まだ、認めてあげられていない。
額に触れる愛の蕾に、夢、現
この体、灼熱の炎
To be continue…
コメント
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虚しいな😢 認められない 素直になかなか難しいんだろうな😓
んーーーー切ない🥲🥲 でも表現が素敵でとっても感動🥹🥹
読み終わりました…すごく余韻に浸ってます。カスタードクリームの温もりみたいな白い世界と、現実のワイシャツの匂いを行き来する感じが切なくて、主人公の「消したくせに余計に恋しくなる」っていう気持ちがすごく共感できました。デリケートな感情の揺れが細やかに描かれていて、次が気になります。