テラーノベル
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ある日の朝。
靴を履きながら、すちは少し申し訳なさそうにみことを見つめた。
「今日さ、グループ課題の打ち合わせ入っちゃってて……放課後迎えに行けない…」
言いながら、みことの反応をそっと探るように視線を落とす。
みことは一瞬だけ瞬きをし、すぐにいつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「…うん、大丈夫。俺も今日は用事あるし」
さらりと返した声は軽い。
けれど、ほんの少しだけ間があった。
それが気になって、すちは首を傾げる。
「用事?どこ行くの?」
聞いてみると、みことは視線を逸らす。
口は結ばれて、しばらく沈黙。
やがて、拗ねたように小さく呟く。
「……言わない」
その表情は怒っているというより、拗ねた子どものようで。
ほんのり赤く染まった耳が、感情を隠しきれていなかった。
(……あ、これ俺やったかも)
昨夜のことがふっと脳裏をよぎる。
夢中になって、甘く蕩けさせて、何度もキスして名前を呼ばせて……
思いっきり溺愛してしまった。
(可愛いからってやりすぎたかな……)
苦笑しつつも、心の奥底では愛しさが溢れる。
「……そっか。じゃあ、無理に聞かない」
そう言いながら、すちは静かに腕を伸ばした。
みことの身体を引き寄せ、胸の中に閉じ込める。
みことの背中は少しびくりと震えたが、拒むことはしない。
ぎゅ、と抱きしめると、指先が迷うように動き――
結局、すちの服の裾をきゅっと掴んだ。
素っ気なく見える態度とは裏腹に、 離れたくない気持ちがその仕草に全部滲んでいる。
「……気をつけてね」
耳元で、すちは柔らかく囁く。
大事で、大切で、守りたいという想いを込めて。
みことは胸元に顔を少しだけ埋め、小さく息を吸った。
「……ん」
それだけの返事。
けれど、その声には安心と名残惜しさが混じっていた。
腕を離しても、裾を掴む手だけは最後まで離れなくて、 すちはたまらなく愛おしくなった。
「帰ってきたら、ちゃんと聞くからね。今日の“用事”」
冗談めかして笑えば、
みことの頬はふいに赤く染まり――
「……もう、知らない」
そう呟いて前を向く彼の背中を、 すちは優しい目で見守った。
校門の影が長く伸びはじめた頃、みことは少しだけ緊張しながら大学の門の前に立っていた。
服の襟を指先でいじりながら、深く息を吸う。
――なつ兄に相談したいことがある。
それだけを胸に、ここまで来たけれど。
ひまなつに連絡を入れるのを、完全に忘れていた。
「……やっちゃったかも」
ぽそりと小さく呟く。
そのかわいらしい顔立ちと見慣れない姿が目立ってしまい、すぐに周囲の学生たちの注目を集め始める。
「あの子、誰? めちゃくちゃかわいくない?」
「高校生? 子犬みたいな目してる……」
「誰かの彼女? え、男の子なの? 顔よすぎじゃない?」
じわり、じわりと人の輪ができていく。
みことは困ったように微笑みながらも、どう対応していいかわからずきょとんとしてしまう。
「えっと……あ、あの……」
声をかけられれば戸惑い、距離を詰められれば一歩下がる。
しかし完全に逃げるわけでもなく、その場で立ち尽くす優柔不断さが余計に“守ってあげたい雰囲気”を加速させていた。
そしてその噂はすぐに校舎の中へ届いていた。
「奏、校門前にかわいい子来てるって!多分お前の知り合いじゃね?」
「女子が『絶対知り合いだよ!紹介して!』って騒いでる」
「……は?俺の?」
ひまなつは最初、冗談半分で聞き流そうとした。
頭の中にはいるまの顔がよぎる。
(いるまが迎え?……いや、今日は遊び行くって言ってたな。 じゃあ誰だよ……)
そう考えながらも、胸に小さく引っかかる予感があって、足を早める。
そして校門へ出てみると――
「……は?」
視界の中心に、見慣れた後ろ姿。
囲まれて困り顔の、ふわふわした雰囲気の少年。
「……みことじゃん」
思わず苦笑が漏れる。
「え、奏?やっぱ知り合いなの?!」
「紹介してってば!顔良すぎなんだけど!」
「ねえねえ、どこの高校?」
質問が飛び交う中、ひまなつは軽く肩をすくめた。
「無理。 こいつ、超怖い恋人いるから。命いくつあっても足りねーよ」
さらっと言ってから、みことへ手を差し出す。
「ほら、こっち来い。俺のかわいい弟、困らせんなよ」
その一言で周囲が「弟!?」「そういうこと!?」とざわめく中、 みことはほっとしたように笑い、素直にその手を握った。
ひまなつは人混みを抜け、静かなキャンパスの端のベンチへ連れて行く。
そこまで来て、ようやく大きく息を吐いた。
「……びっくりした……なつ兄……ありがと……」
「まったくだ。何も言わずに来るとか、ほんとお前だな。… で、今日はどうした?」
みことは少しだけ唇を噛んで、視線を落とす。
ふわふわした睫毛が影を落とし、迷いがにじむ。
「……相談したいこと、あって。 なつ兄にしか……聞けないこと」
声は小さいけれど、真剣だった。
ひまなつはそれを見て、いつもより少しだけ優しい目になる。
「……そっか。 じゃあ、ちゃんと聞いてやるよ。ゆっくり話せ」
「……あのね、なつ兄」
ふわりとした声が、少しだけ緊張を帯びている。
「俺、18歳の誕生日になったら……すちと、最後まで……って、約束してて……」
ひまなつの思考が、ぴたりと止まる。
(……は??)
頭の中にノイズが走り、口が半開きのまま固まる。
視線はみことを見ているのに、情報だけが処理できない。
「……なつ兄?」
心配そうに覗き込まれ、ようやく魂が帰ってくる。
「……え、あ、あぁ……ごめん。 ちょい待て、情報量……」
額を押さえて深く息を吐く。
(あの溺愛重症兄彼氏が、ちゃんと約束して待ってるのは偉い。 偉いけど…… みことがその相談しに来るの、心臓に悪いんだが……)
みことは小さく拳をぎゅっと握る。
「それでね……それまでに、俺もちゃんと準備したくて。 すち兄に任せっきりじゃなくて……俺も、“一緒に”ってしたくて。 だから……なつ兄に、どうしたらいいか、教えて欲しくて……」
ひまなつは再び言葉を失う。
(…………マジで純度の高い真剣相談…… こんな顔で言われて断れるわけねーじゃん……)
しばらく黙り込んで考え込んだあと、 やっと落ち着いた声で口を開く。
「……みこと。 まずさ、“そういう準備”は、あいつ多分全部やりたいタイプだと思う」
やさしく諭すように、ゆっくり伝える。
「絶対『俺がちゃんとやるからいいよ』って言う。 お前のこと過保護に溺愛してんだし。 無理させたくない、痛い思いさせたくないって、 絶対、死ぬほど気をつけるよ」
そう言って笑いかけるが――
みことは、しゅん……と肩を落とした。
「……それでも、俺もちゃんとしたい。 すちが嬉しいって思うこと、俺からもできるようになりたいのに…… どうしたらいいかわかんなくて……」
眉がしょぼんと下がり、 本当に耳と尻尾が垂れていそうなほどわかりやすく落ち込む。
ひまなつは思わず頭を抱えた。
(ずるい……その顔でそんなこと言うなよ…… 放っとけねー……)
大きく息を吐いて、腹を括る。
「……わかった。 俺ひとりだと判断ミスったら怖ぇから、 いるま呼ぶ。 あいつも巻き添えにする」
「えっ」
「俺らで“安全第一”“お前が無理しない”前提でなら…… 話、してやるよ。 すちに後で怒られても、まあ……覚悟はする」
肩をすくめて笑ってみせる。
「だから、あんま一人で抱えんな。 ……お前の“がんばろう”は、ちゃんと守られながらでいいんだからな」
みことの瞳が少しだけ潤み、そして安心したように緩む。
「……なつ兄、ありがとう」
「どういたしまして。 俺は“弟”を甘やかす係だからな」
そう言って、ひまなつはみことの頭をくしゃっと撫でるのであった。
コメント
8件
なつお兄様ッッッッ!カッコいいって!みこちゃんがそーいう相談ってそりゃびっくりするわな、…いるま先生!巻き添えお疲れ様です…
初💬失礼します!全て一気に拝見させて頂きました!どのお話もすごく丁寧に書かれていて惹かれました!言葉選びが本当に丁寧で神作と言っても過言では無いと思いますw!これからも頑張ってください!
みことくん………流石に子犬すぎませんか、、!?こんなに可愛い子犬聞いた事ないんですが……! これで3日分くらいの疲れ吹き飛びました……ありがとうございます!(?)