テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ミステリー
鬼霧宗作
361
江藤ルミエール
792
19
「まずは|地雷女《おまえ》から」せんじゅは|罰深《ばつみ》を指差し、そう告げた。
直後——鈍色に輝く翼の下部から、|阿修羅道《アシュランド》と同じ灼熱の炎が一斉に噴き上がる。
「なッ——」
罰深が声を上げた時には、もう遅かった。
爆発的な加速。一瞬で距離を詰めたせんじゅの黒鉄の拳が、罰深の腹部へと深々と突き刺さる。
「こ゛う゛っ!?」
鈍い衝撃音とともに、その身体がくの字に折れ曲がった。
年端もいかぬ少女の一撃とは到底思えない威力。
罰深の身体は軽々と吹き飛ばされ、そのまま後方の観客席へと激突した。
「罰深さん!!」
——速い。速すぎる。
先ほど、あれだけの身のこなしで|阿修羅道《アシュランド》の攻撃を翻弄しきっていた罰深さんが、まともに反応すらできないなんて。
「せんじゅの|阿修羅道《かじょく》を奪った|代償《だいちょう》は、まだまだこんなもんじゃない」
せんじゅは冷酷に呟くと、再び罰深へ追撃を加えようと翼を大きく広げる。
——このまま見てるだけなんて、できない。
「|烈々子《れつこ》!」
「な、なに?」
「烈々子は三人の方に行って!応急処置で止血をお願い。私はその間、罰深さんを援護するから」
「う、うん……わかったっ」
私の切羽詰まった様子を察してか、烈々子は理由を尋ねることも、弱音を吐くこともなく、すぐさま三人のもとへ駆けていった。
ミスティさん、まじゅちゃん、|百千切《ちぎり》。
三人とも瀕死寸前の状態。
今、この場で動けるのは、私を含めてたった三人だけ。
あの|阿修羅道《アシュランド》を機能停止に追い込んだとはいえ、依然としてこちらが圧倒的に不利なことに変わりはない。
それでも——やるしかないんだ。
私は拳銃を構え直し、せんじゅの全身へ素早く視線を走らせる。
この拳銃で、少しでも有効打を与える為に狙うべき場所は——どこか。
手脚を覆う黒鉄の装甲部分は論外。
この拳銃程度の威力では、撃ったところで弾かれて終わり。
それは翼もおそらく同様。
なら、翼下部の噴射口はどうだろう。
あの|再燃焼室《アフターバーナー》をピンポイントで撃ち抜ければ、少なくともあの異常な|速度《スピード》は封じられるかもしれない。
けど、この角度から狙うには標的が小さすぎる。
ましてや、私の射撃の腕ではいくらなんでも現実的じゃない。
だとしたら狙う場所は——。
パンッ!パンッパンッ!
立て続けに三発。
私はせんじゅに向けて、引き金を引いた。
狙いは一点に絞らず、あえて”身体の中心”を狙って。
人体の急所は、頭部から胸部、腹部にかけて縦に集中している。
多少狙いが上下にブレたとしても、その線上を捉えてさえいれば、どこかしらの急所に当たる可能性は高い。
頭なら致命傷。
少し下に逸れても胸部やみぞおち。
ましてや彼女の場合、胸の中心には炉心核のような機構が存在している。
もし、あれが普通の人間でいう”心臓”にあたる部分なら——。
破壊とまではいかなくても、傷の一つでもつけられれば。
少なくとも、何かしらの影響は与えられるはずだ。
どこでもいい。
一発でも命中して、彼女の気を逸らす事ができれば。
「…………」
結果として、私の放った三発のうち、二発が彼女を捉えた。
一発は狙い通り額の真ん中。
もう一発は、装甲に覆われていない剥き出しの腹部。
距離があるせいではっきりとは見えないけど、命中した箇所からは出血しているように見えた。
被弾後、せんじゅの動きがぴたりと止まる。
しかし——。
「|痛《い》ちちち〜。不意打ちなんて、ずるっこだよぉ」
せんじゅは額の傷口をさすりながら、まるで大したことでもないように平然と呟いてみせた。
「|歳上《とちうえ》なのに、なっちゃけないなぁ。せんじゅにだって、まだ痛覚は残ってるんだよ?スリルを味わうために、あえて少ちだけ」
ありえない。
それは、銃弾を二発も受けた人間の反応なんかじゃない。
痛がってはいる。
けれど、ただそれだけ。
まるで鬼ごっこの最中に、たまたま転んで膝を擦りむいた子供のような。
その程度の怪我としか認識していないような、そんな反応。
額を撃ち抜かれている時点で、通常なら即死。
少なくとも、立っていられるはずなんてない。
なのに、なのに。
目の前の少女は、何事もなかったかのように立ちつくしている。
——こんなの、ありえていいはずがない。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
烈々子が真っ先に駆け寄ったのは、うつ伏せに倒れたまじゅまの元だった。
「まじゅまちゃんっ!まじゅまちゃんっ!しっかりして!」
まじゅまの巫女服を掴み、何度も揺する。
返事はない。
「大丈夫……大丈夫だからっ。い、今すぐ止血するからね……!」
自分に言い聞かせるように繰り返しながら、烈々子はまじゅまの身体へ手を差し入れた。
そして、仰向けにする。
べちゃっ。
濡れた音がした。
「…………え?」
烈々子の動きが止まった。
まじゅまの身体があった場所。
そこには、赤黒い血溜まりができていた。
生気を失い、虚空を見つめたままの瞳。
力なく開いた口。
触れた肌は、ぞっとするほど冷たい。
そして——
「…………なに、これ」
消失していた。
服も。
皮膚も。
肉も。
骨すらも。
何もかもまとめて空間ごと抉り取られたように、まじゅまの身体の中心には”直径三十センチ”ほどの巨大な空洞が穿たれていた。
傷口なんてものじゃない。
塞ぐべき傷そのものが、存在しない。
止血する場所なんて、どこにもなかった。
「…………」
烈々子は、しばらくそれを見つめていた。
理解できなかったのだと思う。
理解したくなかったのだと思う。
さっきまで喋っていた。
さっきまで動いていた。
それが、こんな。
こんな、人形みたいに——
「いや……」
烈々子の唇が震える。
「いや……いやいやいやイヤイヤ……」
抱き起こした身体を、必死に胸へ抱き寄せる。
「まじゅまちゃん……?ねぇ……起きてよ……」
返事はない。
「起きてってば……」
返事はない。
「ねぇッ!!」
返事は——ない。
「いやぁああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
|小鳥遊《たかなし》 まじゅま (13)
ギフト:|無垢な狂信《ナチュラル・サイコ》
-GAME OVER-
死因:|電磁砲《レールガン》による腹部欠損、失血死。
✳︎ ✳︎ ✳︎
烈々子の悲鳴が聞こえた。
思わず瞬間的に振り返りそうになるが、自分の役目を思い出しなんとか堪える。
目の前にいる|少女《かいぶつ》を抑止すること——。
それが今の私の役目。
ほんの一瞬でも背を向ければ、それこそ烈々子や他の人達に危険を及ぼすことになる。
「いひひ。いひひひひ」
せんじゅは気味の悪い笑みを浮かべたまま、じっとこちらを見つめている。
「|後《うち》ろ気になる〜?」
「…………」
「でもねぇ、振り向いたらだめ〜」
「なんで」
「だって!」
せんじゅは両腕を大きく広げ、無邪気に笑った。
「”主役”はせんじゅだもん!」
まるで舞台の中央でスポットライトを浴びる役者のように。
「どんな劇でも映画でも〜、主役が登場ちたら、つまんないモブなんかそっちのけで、み〜んな主役に釘付けになるでちょ?」
「あんたは主役なんかじゃない。むしろその逆、大悪党だよ」
私は吐き捨てるように続けた。
「前に言ってたけど、これはあんたが考えた|試練《ゲーム》なんでしょ。他の|運営《れんちゅう》の方がまだ、頭を使ったり協力してギミックを突破する余地はあった。でも今回のは、もはや|試練《ゲーム》ですらない。攻略する余地も、勝てる可能性も、最低限の公平性すら保証されてない。こんな一方的な虐殺に何の意味があるっていうの」
「チッチッチ。甘ちゃんだね〜、お姉ちゃんは。激甘!極甘!大甘党っ!」
少女は人差し指を左右へ動かしながら、得意げに語り始める。
「せんじゅだってね〜、似たような|試練《ゲーム》をクリアちたから、ここにいるんだよ?これちきのことでぶーぶー文句言ってたら、|社会《ちゃかい》の荒波なんて乗り越えられないぞ〜、|諸君《ちょくん》!」
「ま、せんじゅのカラダは一生|未成年《みちぇいねん》だから、|社会《ちゃかい》の荒波にダイブつることも一生ないけど。いひひ」
……話にならない。
いや、そんなの最初から分かりきっていたことだ。
いくら言葉を交わしたところで、彼女の考えを改めさせることはおろか、その思考回路を理解することすらできない。
拳銃が通用しないと分かった時点で、私にできることなんて、もうほとんど残されていないけど。
それでも、諦めたくはなかった。
強がりだと思われても構わない。
私は再び拳銃を構え、|引き金《トリガー》に指をかけた。
「でも|安心《あんちん》して。お姉ちゃんの出番は、まだ先だから」
「——?」
出番?
その言葉の意味を理解するより先に、せんじゅの視線が私から外れた。
直後——翼の下部から炎が噴き上がる。
ドンッ!!
空気を叩き割るような轟音とともに、せんじゅの身体が弾丸のように急発進した。
「——っ!」
向かう先は、さっき罰深が吹き飛ばされた観客席。
その顔には、隠す気すらない殺意と愉悦が浮かんでいる。
間違いない。せんじゅは罰深に、完全に”トドメ”を刺す気だ。
「待て……!」
慌てて銃口で追うも、速すぎる。
照準を合わせた次の瞬間には、彼女はそこに存在しない。
このままじゃ——まずい。
パンッ!パンッ!
背後から撃ち込んだ二発の銃弾は、確かにせんじゅの身体を捉えた。だが、少女の勢いを止めることは叶わない。
「いつまでおねんねちてるの〜?」
崩れ落ちた観客席。
砕けた瓦礫の上には、罰深が無防備に倒れている。
その真上へ躍り出ると、せんじゅは鉄腕を大きく振り上げた。
「はやく起きないとぉ——」
拳を握り締め、大きく振りかぶる。
「永遠におねんねしちゃうぞぉッ!!」
そして——
「ねぼすけたんッ!!!」
バキバキバキバキバキバキッ——!!
凄まじい破砕音とともに、観客席の椅子もろとも床が粉々に砕け散った。少女の腕力とは到底思えないほどの威力。
生身の人間がまともに食らえば、ひとたまりもない。
けれど——結果的に彼女の体は無事だった。
砕け散った瓦礫のすぐ脇を、勢いよく横へ転がり間一髪。
直前まで意識を失っていたはずなのに、寸前で目を覚ましたのだろうか。ともかく、無事で良かった。
その事実にひとまず胸を撫で下ろす。
「ぅぅ……なんで私がこんなところに……ぅぅ……許さない……許さない……この憎しみはどこにぶつければいいの……神様……?世界……?それとも……」
「…………?」
けれど、何かがおかしい。
罰深は立ち上がろうともせず、瓦礫の上に座り込んだまま、自分の髪を指先でくるくると弄っている。
「ぅぅ……最悪……ほんと最悪……」
ぶつぶつ。
ぶつぶつ。
まるで他の存在など目に入っていないかのように、俯いたまま独り言を繰り返している。
先ほどまでの罰深とは、明らかに様子が違う。
あれだけ耳を劈くほどの罵詈雑言を撒き散らしていた人間が、今は別人のように声を潜めている。
それだけじゃない。
口調も。
仕草も。
纏っている空気さえも。
何もかもが、別の人間のものへと、すり替わっているように思えた。
「ぅぅ……せっかく半年ぶりに出てこられたのに……こんな修羅場に私を呼び出すなんて……罰深には、あとで絶対仕返してやるぅ……」
そう恨めしそうに呟きながら、彼女はぬるりと立ち上がると、せんじゅには目もくれず、とぼとぼと観客席を数歩歩いていく。
そして、ひとつの座席の前で足を止めると、そこに置かれていた何かを手に取った。
「…………」
それは、|所謂《いわゆる》釘バットのようなものだった。
ただし、木製ではない。
土台となっているのは金属製のバット。
そこへ、どうやって取り付けたのかも分からない無数の太い釘が、これでもかというほど凶悪に突き出している。
ただでさえ物騒な金属バットに、殺傷能力をマシマシに盛ったような代物だ。
「あーっ!そんなところにあったんだ〜!せんじゅが今回あげた、お楽ちみボックスのやつ!」
「こんな物騒なモノを渡してくるなんて、どうにかしてる……」
彼女は釘バットを両手で持ち上げ、不満そうに眺め回す。
「ボロいし……重いし……デザインはとにかく終わってるし……ぅぅ……せめてピンク色の可愛いリボンくらいつけてくれたらいいのに……」
「気にしゅるとこそこぉ!?」
なぜか、当のせんじゅ本人が一番驚いていた。
「ぅぅ……日がな内側暮らしの私にとっては、外側はいるだけで頭が痛くなる……ちょっとやってみてダメだったら、あの双子連中に変わってもらおぅ……そうしよぅ……」
彼女はなおも独り言を呟きながら、釘バットを引きずって、せんじゅの方へ、ぬるりずるりと歩き出す。
「おおっ!やる気だね〜?でもぉ、|殲滅形態《モード・ジェノサイド》のせんじゅには、そんなモノじゃ傷一つつけれな——」
だが、その余裕|綽々《しゃくしゃく》な口ぶりは、一瞬で覆される事になる。
「ぐえっ」
…………え?
気づいた時には、せんじゅの顔面に釘バットがめり込んでいた。
いつ振りかぶった?
そう思った次の瞬間には、もう二発目が入っている。
「ぐえっ」
三発目。
「ぐえっ」
四発。
五発。
六発。
「ぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐ!?」
速い、なんてものじゃない。
振りかぶる動作も。
振り抜いた軌道も。
次の一撃へ移る瞬間すら。
私の目には、コマ送りのように映っていた。
気がつくと、せんじゅの身体が右へ左へと滅茶苦茶に跳ね回り、そのたびに。
ガギンッ!!
ゴギャンッ!!
バギィィィンッ!!
金属同士を力任せに叩き合わせたような轟音が響き渡る。
「ちょ、ちょちょちょちょちょ——っ!?」
せんじゅの制止も気にもとめず。
顔面。脇腹。肩。膝。もう一度顔面。
殴る。
殴る。殴る。
殴るの殴酬。
一撃ごとに釘が潰れ、曲がり、弾け飛び、せんじゅの黒鉄の身体から火花が噴き散る。
「ぅぅ……やっぱり重い……このバット……」
なのに、当の本人だけは。
さっきとまるで変わらない気だるそうな表情で。
淡々と
地這滑 |憎魅《にくみ》。
対応する六芒星のタトゥーに刻まれたルーン文字は”ᚺ”。
それは彼女の七つある人格にして。
最も静かで、最も陰湿で、執念深い”憎悪”の人格だった。
コメント
1件
ふぅ……読み終わったよ、金華にょこさん。 この32話、正直心臓掴まれたままだよ。まじゅまちゃんの最期、あんなにあっけなく、残酷に描かれると思わなかった……烈々子の悲鳴がこっちまで響いてきて、胸がぎゅってなった。せんじゅの“軽さ”が逆に怖くて、でも最後に出てきた罰深の中の別人格、地這滑 | 憎魅の“ぬるり”とした感じが、次への期待をめちゃくちゃ煽る……。 あなたの書く「闇」は、ちゃんと体温があるんだよね。重いけど、冷たくない。また読みます🌙