コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「お帰りなさいませ」
扉を開けるとすぐに執事さんが現れて、丁寧に挨拶してくれた。
だけど今回は、少し様子がおかしいような気がする。何と言うか、すごく不機嫌そうな顔をしているのだ。
いつも通り席へ案内されて、メニューを手渡された。
「こちらになります」
相変わらず、料理の写真が載っていない。
とりあえず飲み物だけ頼んでみたのだが、注文したものが届く前にまた別のお客さんがやってきた。
店員は新しく来た客のことを見向きもせず、忙しく働いている。
さっきのお姉さんの件もあるし、ここは一旦退散した方がいいかなと思い始めた頃、店の奥の方から、先ほどの女性が現れた。
女性は店内を一通り眺めた後、まっすぐこちらに向かって歩いてきた。
「こんにちは」
女性の声は鈴の音のように綺麗だったが、どこか無機質さを感じさせるものだった。
「あぁ、えっと……お久しぶりです」
挨拶された以上は無視するわけにもいかないと思い、とりあえず返事をしてみる。
よく見ると女性はかなりの美人であり、しかもかなり胸が大きいので、つい視線を奪われそうになるが、どうにか堪えることに成功する。
ちなみに、今の服装はいつも通りの制服姿なので、彼女にも変な誤解を受けるようなことはなかった。
「あなたは確か……昨日会ったばかりの人よね?」
女性が少し首を傾げると、長い髪がさらりと揺れて頬にかかる。「どうかなさいました?」
彼女は穏やかな声で尋ねてくる。
私はそれに微笑み返すことで返事をする。
ここはいつものバーカウンターではなく、店の奥にある個室だ。部屋の中には私達の他に誰もいない。テーブルの上に並べられた酒瓶の数々も、今日は出番がないみたいね。
私がグラスを傾けると、彼女もそれに合わせて口元へ運ぶ。
軽く触れ合ったガラス同士がカチンと音を立てた後、お互い同時に中身を飲み干していく。喉を通る熱さが心地よい。
空っぽになったグラスをコースターの上に戻すと、今度は彼女がボトルを手に取り私の方に向けてきた。お礼の言葉と共に受け取りながら、私はふと考える。
(あれっ?)
いつの間にか私が注文したはずのワインが無くなっていることに今更気づいたからだ。
(あの人は一体どこに行ったんだろう)
辺りを見回しても、どこにもそれらしい姿は無い。不思議に思っていると、再び声をかけられたので、慌ててそちらを振り向いた。
「今日は何かご用事でもあるんですか?」
一瞬なんのことかわからなかったが、どうやら私がまだ帰っていないことについて言っているようだったので、「いえ、特に何もありませんよ」と答えた。
すると彼女は、「そうですか」と言って微笑みを浮かべると、そのまま店の奥へと戻っていった。
その後ろ姿を見送りつつ、私は考える。
確かに彼女ほど美しい人に笑いかけられたら誰だって勘違いしてしまうかもしれないけれど、それにしたって、ここまで露骨な態度を取るものなのだろうか。それとも他に何か理由があるのだろうか。
色々と考えてはみたが、結局わからなかった。
ただ一つ言えることは、きっとこれ以上ここにいても得るものはないだろうということだけだった。