宗親さんは明智さんと旧知の仲で、私がコウちゃんと、彼が飲食した分まで支払っちゃうぐらい媚びへつらってお付き合いしていた頃のことをご存知。
Misokaのマスター明智さんはそんな私に、いつも信じられないぐらいお安くお酒とおつまみを提供して下さっていた。
それこそ採算度外視な割引率だったけど、別に明智さんはお金持ちの道楽でMisokaをやっていらっしゃるわけじゃなくて――。
宗親さんはそんな彼に感謝する私に、悲しそうな顔をして「僕なのに」っておっしゃった。
えっ。ちょっと待って? これってもしかして――。
「――宗親さんのお陰……だったの?」
私が信じられないような破格でMisokaのサービスを受けられていた理由。
「宗親さんが……足りないところを補填して下さっていたから……私あんなにお安く――?」
そこまで言ったら、宗親さんがグッと唇を噛んで、「恥ずかしいからそれ以上言わないで」って私の頭をご自分の胸元に押さえつけるようにして口を封じてしまう。
「一生隠し通すつもりだったのに春凪がいけないんです。明智をあんまり褒めるから」
***
「とっ、とりあえずご飯、食べてくださいっ」
何だか抱きしめられたまま、なし崩し的に甘々エッチモードに突入しそうだったので、私はグッと宗親さんを押すようにして身体を無理矢理引き剥がすと、キッチンに置き去りになったままの「サバの味噌煮込み定食」に視線を向けた。
「あっ、そうだ! 折角だから届いたばかりのマグも使いましょう!」
言って、いそいそと玄関に逃げる。
「春凪っ、まだ話が……っ」
後ろで宗親さんが私を呼ぶ声がしたけれど今はとりあえず無視無視!
私はパタパタと足音を響かせて玄関に向かって。
マグの入った小箱を持ち上げて振り返った――ところでまたしても宗親さんに捕まってしまう。
「まだ僕にとって一番肝心なこと、言えてないんですけど」
宗親さんにグッと左手を取られて、手にしたばかりの小箱が足元に転がった。
「あっ!」
(わ、割れちゃう!)
割れ物が入っているのは分かっているはずなのにお構いなしの宗親さんの態度にムッとして彼を睨んだら、負けないくらい怖い顔で睨み返されてしまう。
「――っ‼︎」
(ひーっ、何でそんな怖いお顔っ?)
ヘビに睨まれたカエルよろしく、私は声が出せずに固まった。
「春凪、僕が渡した害虫除けはどこにやったの?」
怖い顔のまま見下ろされて、「が、いちゅう?」と、私は意味が分からないままに宗親さんの言葉を復唱して。
私、宗親さんからそんなの渡されてましたっけ?と頭をフル回転させる。
考えても分からないからソワソワと落ち着かないまま、オロオロと彼を見上げた。
「ここに常に付けるように言っておいたでしょう? とっても目立つヤツ」
言われて左手薬指をスリスリと撫でられた私は、その感触にゾクッと身体を震わせながらも彼が言っている〝害虫除け〟は〝婚約指輪〟のことだと理解した。
「あ、あれは……」
宗親さんが私を不安にさせたから外したんですよぅって言いたいのに、彼の迫力に気圧されて言えなくて。
「どこにやったんですか?」
再度畳みかけるように問いかけられた私は、すごすごとネックレスにぶら下げた指輪を胸元から引っ張り出した。
「ここです……」
チェーンに付けたままの指輪を持って宗親さんに見せながら、「宗親さんが私を不安にさせるから……していたくなくて外したんです」とゴニョゴニョ抗議をしてみたり。
宗親さんは私のぼやきに、「それは本当に申し訳ないことをしたと思っています」と素直に謝って下さって。
そのくせネックレスの引き輪を即行で外すと「――でも、誤解は解けましたよね?」と指輪を定位置に戻すよう結構な圧を掛けてくるの。
(本当この人はっ!)
今まで相当、抑えていたんだろうな。
こんなに子供っぽいところがある人だなんて、私、ちっとも気づかなかったよ。
でもそれが嫌いじゃないって思ってしまう程度には、私、彼にほだされているみたいです。
請われるまま指輪を左手薬指に戻したら、宗親さんがホッとしたように私をギュッと抱きしめて、「もう二度とコレを外して僕以外の男たちと接したりしないで?」って吐息を落とすの。
あーん。
今までがドSな塩対応だっただけに、この包み隠さない甘えたモードとのギャップに付いていけなくて堪らなくしんどいです!
私はその居心地の悪さから逃げるようにスッとその場にしゃがみ込んで宗親さんの腕からすり抜けると、足元に落としたままの小箱を拾い上げて。
ビリッとガムテープを剥がして中身が割れていないかを検めた。
ひとつひとつのマグが小箱の中、さらに小さな箱に個別で入っていて。
その箱を覆うようにプチプチの緩衝材まで入れられていたから、マグカップはどちらも無事だった。
「もぉー、折角名入れまでオーダーしたのに割れちゃったかとヒヤヒヤしましたよぅ」
言いながら宗親さんを睨んだら、ふいっと視線を逸らして「さすがにお腹が空きました」って踵を返すとか……。
いま絶対、誤魔化しましたよね⁉︎
***
宗親さんのために作った「サバの味噌煮込み定食」を、プレートごと電子レンジに放り込んでスタートボタンを押すと、私はお味噌汁に火を入れて、ついでなので生姜をほんの少し千切りする。
出がけに、私が家にいたらやるんだけどな?と思った、サバの味噌煮込みの上に載せる飾り用だ。
「飲み物は玄米茶でいいですよね?」
ヤカンを火にかけながらそう問いかけたら、
「春凪が出してくれるものなら僕は何だって大歓迎です」
カウンターの向こう側に腰掛けた宗親さんにニコッと微笑まれて、私はビクッと肩を震わせた。
もぉっ!
良い加減その甘々なアレコレ、やめてくださいよぅ。
本当落ち着かないんですっ!
そう思ったけれど、もしかしたら今後はずっと、一事が万事こうなのかも?と一抹の不安が脳裏を過ぎる。
これじゃ、宗親さんにピッタリだと選んだこのマグが、らしくない感じになってしまうではないですかっ。
使う前に一回洗おうと流しに置いたマグを手洗いしながら、私は小さく吐息を落とした。
電子レンジがメロディーを奏でて、温め終了を告げてきて。
お味噌汁もいい感じに温まった。
「はいどうぞ」
先ほど刻んだ生姜の千切りをサバに載せてから宗親さんの前に置いて、私は急須に玄米茶の茶葉を適当に放り込む。
そうして、沸いたばかりの御湯で熱々の玄米茶を淹れると、下ろし立てのマグ二つに均等な濃さになるよう交互に注いだ。
「お茶、熱いので気をつけてくださいね」
言いながらマグを差し出したら「今後は僕、春凪に対してはよく懐いたワンコ路線に切り替えようかと思っています」とにっこり笑って宣言されてしまう。
「えっ」
真ん丸お目目が可愛いハムスターマグを手に固まった私に、宗親さんが久々に〝腹黒スマイル〟を投げかけてきた。
「――それとも、春凪は僕にいじめられる方が好きですか?」
その意地悪な笑顔を見て、宗親さんのために選んだ、お腹の黒いレッサーパンダのデザインが空振りしなくて良かった!と思いながら、〝本当にそれでいいのかな?〟とソワソワしてしまった。
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