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都内の某スタジオ。
マイクやヘッドホン、スピーカーなどたくさんの音響機材が置かれたその部屋には、SixTONESの5人がいた。スタッフもいる。そして、ジェシーが呼ばれた。ヘッドホンを装着し、録音マイクを前に緊張した面持ちで発声練習をする。音が鳴りだすと、いつものように歌い始めた。
だが、その様子を見ていたスタッフは声を上げた。
「んー、もうちょっと明るい声で歌えないかな。そんなに明るい曲ではないから、笑顔じゃなくてもいいけど…、声が沈んでるっていうか」
ジェシー「はい…すいません」
その後のほかのメンバーも、注意を受けていた。その中で、大我が言った。
「でも、“今”をテーマにしてるじゃないですか、この曲は。僕らにとっての今は、もちろん嬉しいこと、楽しいこともありますけど、現状としてはあまりプラスじゃないんです。希望だけじゃなくて、苦しみだってあるんです。だから、ありのままの僕らを映し出すのには、やっぱり無理して声を作らなくてもいいんじゃないかって思うんですけど」
それは、言わずもがな、ここにいない樹のことを示唆していた。
「そのままの声で、やらせてもらえないですか」
スタッフは思案したあと、大我に言う。
「わかりました。でも、それによって曲調が変わるかもしれないですけど、それでもいいですか」
「はい。僕は、あくまでもありのままがいいと思ってますから」
大我は力強く頷いた。それに、みんなも安心する。
ジェシーは、すれ違う医師や看護師に会釈をしながら廊下を進んでいた。部屋の前で立ち止まると、プレートの名前を確認する。
「okay」
コンコン、とノックをすると、はい、と返事があった。「入るよー」
中に入ると、樹はベッドに寝たまま向こうを向いていた。
「最近来れなくてごめんな。ちょっと仕事、立て込んでて」
「大丈夫」
身体の向きを変えないまま答えた。ジェシーは、反対側に回り込み、樹の顔をのぞいた。
「俺だってわかってるからなのかと思ったけど、違うみたいだね。起きれない?」
こくん、と首を縦に振った。
「そうか。しんどいよな。辛いだろうな」
ジェシーは続ける。「俺も辛かった」
え、と樹の口から小さく声が漏れる。視線をジェシーに向けた。「どうしたの…」
「こないだね、レコーディングしてきた。次のシングル。樹のいないレコーディングは初めてだったから、違和感しかなくて。樹のパートはないし、ラップもないし。5人だけで歌い紡いだけど、物足りなかった」
「そっか」
「しかも、声が暗すぎるってスタッフさんに怒られちゃって、みんな落ち込んじゃって。でも、大我がね、こう言ったの。『曲にはありのままの今の僕らを反映させたいから、そのままの声を録りたい』ってね。だから、その後は自然に録った。だけど、やっぱり辛かった。悲しかった。6人で録れない作品があるのが、苦しくて。でも、心の中では樹がいたよ」
「……」
「いや、樹が悪いわけじゃない。レコーディングの場にいれなかったのがダメなわけじゃないんだよ」
「……俺も」
少しかすれた声で言った。
「やりたかった。歌いたい。ラップしたい。みんなと一緒にレコーディングしたかった…」
「…そうだよね」
ジェシーは暗い話題になってしまったことを後悔するように、口角を上げようとしたが、また真顔に戻った。
「じゃあ、俺らの曲聴くの、辛いかな」
「……聴きたくないわけではない」
「聴いてくれる?」
ジェシーは持っていたバッグから、CDを取り出した。すでにパッケージ化されていた。
樹は驚いた表情になる。
「早めに作ってもらった。多分、これが外に出るの第一号。樹が一番乗りだよ」
「みんなはもう聴いたの」
「うん」
樹はそのCDを受けとり、まじまじと見つめた。
自分の姿がないジャケット。自分の声が入っていない曲。聴いたら、寂しくて泣きそうになるんじゃないかと思ったが、みんなが頑張って作った一曲だから、聴こうと思った。
黒を基調としたジャケット写真は、大人な雰囲気を醸し出していた。かっこいい。やっぱSixTONESはかっこいいな。
「俺がいなくても、様になってるね。かっこいいよ」
「そんなこと言わないでよ…。これじゃダメなんだから。ちゃんと6人じゃないと」
「……ありがとう。聴くよ」
ジェシーは帰り際に、樹に言った。
「樹。それ、自分に向けて作られた曲だと思って聴きな。俺らが、樹のために歌った曲だと思い込んで」
言っていることの意味がわからず、首をかしげる。
「そうすれば、俺らも樹も、強くなれる」
その言葉を残し、部屋を出て行った。ますますわからない言葉に当惑した。
「俺のために…?」
後日、マネージャーに、家からパソコンとCDプレイヤーを持って来てもらい、いざ取り込む。渡されたのは、通常盤だった。カップリング曲と合わせ、4曲が入っている。
聴く準備が出来ると、深呼吸をしてから曲を再生した。歌詞カードを目で追いながら、耳に神経を集中させる。
メンバー全員の声が、耳元で響く。みんなが、自分に向かって歌ってくれているようだ。自然に、手を胸に当てる。心臓の鼓動がはっきりと、強く感じられた。大丈夫、生きている。今を。音楽が、言葉が、脳まで沁み込んでくるようだった。そのまま、身体中に行き届く。全身がSixTONESの音楽で満たされている。
これ、何て言う感情なんだろう。樹は、自分でも気持ちがわからなかった。
感動、驚愕、幸福、満足。嬉しさ、悲しさ、憤り。心の中の喜怒哀楽の全てが浄化されて、混ざってマーブルになっている。名前も知らない感情になっている。
そして、その全部が、涙となって溢れてきた。この謎の気持ちの代名詞が、涙なんだということしか理解できなかった。とめどなくこぼれる雫を、止めることも出来なかった。
1曲が終わる。何とかして、この気持ちを整理しようとする。その手段として選んだのは、電話だった。張本人たちに伝えたい。そう思った。
スマホを操作し、呼吸を整えてから、電話をかける。かけ慣れた相手は、すぐに応答した。
ジェシー「もしもーし」
樹「今、大丈夫?」
ジェシー「大丈夫だよー。どうした? あ、曲聴いた?」
樹「うん。なんか、すごかった」
ジェシー「AHAHA、そうか。語彙力無くなってるけど、大丈夫かい」
樹「…大丈夫だけど、なんか、色々感情がごちゃ混ぜになっちゃって、自分でもわかんなくなって。今までに感じたことのない感情だった」
ジェシー「どんな?」
樹「…喜怒哀楽じゃ表せなくて、もうほんとわかんない。感動以上のもので、途中から泣けてきて」
ジェシー「それじゃあ聴けてないじゃん笑。そう、ちゃんと届いたのかな、俺らの思いが」
樹「……お前ら、一体どんな思い込めたんだよ。俺の感情ぐちゃぐちゃにするような」
ジェシー「それ、俺らのせいじゃないでしょ笑。…そうだねえ、CD渡すときに言ったように、今の俺らの気持ちを全部映してるから。明るい部分も、暗い部分も。…込めた思いも、表しきれないぐらい、みんなで魂込めた。今を大事に、生き抜け!って感じ」
得意げに笑って言った。
樹「そっか。ありがとね。思い、多すぎて取りこぼしてるかもしれないけど、受け止めるよ」
「ねえ、俺、レコーディングのとき良いこと言ったでしょ!」
突然、違う声がスマホから聞こえ、慌てふためく。
樹「え、きょも? きょも? 何でいるの? え?」
ジェシー「あっ、ちょ、おまっ、早いって」
北斗「動揺しすぎだぞ」
樹「あれ、北斗? え、3人で仕事?」
慎太郎「ちげーよ、俺もいるよ!」
樹「あ、そうなの! 高地は?」
北斗「いないよー」
高地「おい! いるって! 見捨てるなw!」
ジェシー「AHAHAHAHA笑! ずっと俺の隣にいるよー」
樹「なあんだ、みんないるじゃん。俺の話、ずっと聞いてた?」
大我「うん。ちゃーんと、曲の感想聞いてた」
樹「感想っていうか…、聴いてどうなったかしか言ってないけどね。きょも、レコーディングのときに『そのままの声がいい』って言ったんでしょ?」
大我「うん」
樹「なんか、きょもらしいなって。こだわるのもきょもだけど、ありのままっていうのがなんかSixTONESらしい」
大我「んふふ笑」
慎太郎「笑い方w」
北斗「でも、今の声聞いてて、いつもの樹だなって思った。みんなと話してるときの、あの楽しそうな樹だった」
樹「確かに、今ちょっと気持ちが楽だもん。身体が軽い」
そう言う樹の表情は、少し晴れやかだった。
高地「良かった。良いお薬になったみたいだね」
北斗「結局は、どんな薬よりも一番大切な人が、特効薬なんだね」
ジェシー「あと、音楽だね」
樹「……みんな、ありがとう」
北斗「どうした、急に改まって」
樹「いや、今この曲を聴かせてくれたことに。多分、これで俺頑張れるよ」
大我「良かった!」
高地「俺らも、樹への思いを込めて作ったから。これで元気になってほしいって。だからちょうど需要と供給がマッチしたね」
慎太郎「それがSixTONESだもんね~」
みんなの笑みは、以前の雰囲気そのままに戻っていた。
続く