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そんな怒涛の二日が終わり、月曜日。
みんなは仕事に行ってしまったのだが、青田は、のどかに引き止められていた。
二人で、プレオープンで問題のあった箇所の確認をする。
主に動線と、食材の回し方だ。
「メニュー少し変えた方がいいかもですね。
それか材料もう少しかぶるようにして、ロスが出ないようにしないと。
あと雑草が足りなくなるかも」
と言うのどかに、青田は、そうですね、と頷く。
「雑草って、欲しいときにはないものなんですね。
いらないときには、あんなに生えてくるのに」
と今は人の居ない店舗から庭を見て、のどかは溜息をついた。
「前の大家さんが作ってない畑の雑草くれるって行ってたから、私、昼から覗きに行ってみます」
「わかりました」
などと話しているうちに昼になり、貴弘と綾太の会社それぞれから客が来て、すぐに満席となった。
「うそーっ。
夜、お酒もあるんだ。
また来ようっと」
と言う女子社員に、のどかが、
「先輩、昼間でも出せますけど。
綾太に怒られますよ」
と言って笑っている。
みんな仕事があるので、一時前には一斉に客が引けた。
テントの中を片付けていると、のどかが、
「青田さん、落ち着いたからお昼にしましょう」
と言ってくる。
「はい、ありがとうございます」
と振り向いて言ったあとで、
「あ、のどかさん。
僕に敬語でなくていいですよ。
のどかさん、社長夫人だし」
と言うと、のどかは、いやいや、と笑い、
「……形ばかりの社長夫人なので」
と恥ずかしそうに言ってきた。
なにか事情があるようだったが、傍目には、普通に息の合った夫婦に見えるのだが。
「青田さん、お昼、なにが食べたいですか?」
「あ、じゃあ、雑草鍋焼きうどんが食べたいです」
と言うと、
「鍋焼き、暑いんじゃなかったですか?」
とのどかは笑う。
「いえ、なんだか懐かしい味がして、美味しかったです」
と言うと、そうですか、と言って、鍋焼きうどんを作ってくれた。
あ、作る方も暑いのに悪かったかな、と思って、せっせと冷たい麦茶を入れていると、それを見て、のどかが笑う。
縁側で猫耳神主と三人並んで、うどんをすすった。
「青田さん、お疲れ様でした。
ありがとうございました。
泰親さんも。
泰親さん、めちゃめちゃ働いてくれてましたよね」
とのどかは笑う。
猫耳神主は、
「しばらく女はいいわ。
いや、男もいい……」
と弱った感じに呟いていた。
「やはり、来世は人間になるとしよう」
綾太を始め、男連中にも散々可愛がられたようだった。
はは……と笑いながら、青田は、のどかが作ってくれた鍋焼きうどんをすする。
甘辛い汁に、雑草の苦味がよく効いていた。
煮込まれて、くたっとなった雑草を見ながら、青田は言った。
「雑草もこうして食べると美味しいですね。
ただ、厄介なだけのものだと思ってたのに」
三日に渡って、せっせと客に料理として運んだり、摘んだりしていたので、愛着も湧いている。
ふと、訊いてみた。
「のどかさんは、何故、雑草カフェを作ろうと思ったんですか?
海崎社長の会社をクビになったと聞きましたが。
やはり、雑草のように踏まれても踏まれても立ち上がろうとか思ってのことですか?」
「え?
いや、雑草って、あんまり立ち上がらないですよ」
青田は、ぽろりと箸を落とした。
「倒れたら倒れたまま、子孫を残そうとするそうです。
その臨機応変さというか、ゆるっとした感じが気に入っているんですよ」
とのどかは笑ったあとで、
「まあ、雑草たちは、ゆるいわけではなく、必死に自分たちの種を残そうとして、そうしてるんでしょうけどね」
と言う。
青田さん、とこちらを向いて、呼びかけてきた。
「引き止めてすみませんでした」
「えっ?」
「せっかく此処までいらしたのに。
出社、遅れてしまいましたね」
いえ、と俯いた青田は、
「……まだ不安なんです。
出社できるかどうか。
頑張って此処まで出てきたんですけど」
とのどかに打ち明けた。
汁まで綺麗になくなった小鍋の中を見つめていると、泰親が、
「なんだ、今度は寮に引きこもるつもりだったのか?」
と言ってくる。
すると、のどかが、
「いや、寮に引きこもるのは別にいいですよ。
ついでにカフェにも引きこもってもらって、手伝ってもらいますから」
と言ってきた。
いやそれ、引きこもれてません……と思いながら俯いていると、のどかが。
「青田さん」
とまた呼びかけてきた。
「そういえば、靴、とられたままですよね。
新しい靴、プレゼントしますよ。
入社祝いに」
「えっ、でもっ」
「いやいや、うちの呪いでなくなったんですし。
それ履いて、行きたくなったら、会社、行ってください」
とのどかが言うと、泰親が、
「まるで、シンデレラだな」
と笑う。
「……行きます」
えっ? とのどかが自分を見た。
「今から行きます、会社。
もうカフェの用事、終わりましたよね?」
と立ち上がろうとすると、泰親が、
「待て待て、まだ靴がないだろう」
と止めてくる。
確かに。
踏ん切りがつかないまま、靴を買えず。
スーツは持ってきていたが、スニーカーしか持ってきていなかった。
「あ、じゃあ、呪いの靴があるので、あれ、履いてったらどうですか?」
下駄箱の中にはいろいろありますよーと言うのどかに、泰親が、
「呪いの靴履いたら、此処に引き戻されそうだろうが」
と言っているのだが。
いや、それ以前に、此処の人たちは、どうして、自分が出社しようとするたびに、ちょと待て、と言ってくるのだ、と思っていた。
だがそのとき、一緒に立ち上がったのどかが、庭先を見て、あっ、と言う。
その視線の先を泰親も見、ふふふ、と笑う。
「今日の私は人間様だから怖くないぞ」
庭には、犬様が居た。
いや、犬が居た。
猫の泰親を追いかけ回す、首輪を外すのが得意な、困った近所のゴールデンレトリバーだ。
「早く飼い主に連絡してやれ」
と泰親は言ったが、のどかはその犬の前にあるものに着目したようだった。
客たちに踏まれ、まさに立ち上がらなくなってしまっている雑草の中に埋もれていたのは、まだ真新しい男物の靴だった。
「……これ、八神さんが履き潰す予定で買ったのに、一週間しか履けなかった例の靴では」
「え?」
「この間、また同じのを買ったって言って履いてたの、見たんです。
新しいのは、今、履いてってるはずですから」
八神の匂いがついていたから、此処まで運んできたのかもしれない。
犬は、
褒めて?
と言うように、のどかを見上げている。
「犬よっ。
その靴は、何処から持ってきたのだっ?」
と泰親が訊いている。
「ちょっ、ちょっと飼い主さんに言って、リード持ってきてもらって、一緒に行ってみましょう。
この靴があったところまで」
そう、のどかが言った。