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のどかたちが犬に導かれ、行った先は、のどかの家より少し北東にある草ぼうぼうの空き地だった。
「泰親さん。
すごい数の雑草が」
「今、見るとこ、そこじゃないだろ……」
とのどかは泰親に言われたが。
家の雑草は人間たちに食い荒らされ、枯渇しそうになっているので、のどかの目には宝の山に見えた。
「あとで此処の土地の持ち主に草刈ってもいいですかって訊け。
たぶん、喜ばれるぞ」
という泰親の言葉を聞きながら、のどかは犬が尻尾を振っている桜の木の下に行く。
古い大きな桜の木だ。
ソメイヨシノではなさそうだが、なんだろうな、と思いながら、のどかは青々としたその葉を見上げた。
「桜の木なので、死体が埋まっているのでしょうか」
「靴だろ」
と掘ってある木の下を見ながら、泰親が言う。
「あっ、僕の靴ですっ」
そう叫んだ青田が土の中から顔を出している靴をつかんだ。
「そうか。
よかったな、青田。
さあ、それを履いて会社に行け」
「いや、泥まみれですよ……」
と泰親とのどかは言い合っていたが、青田は靴を手に、感慨深げだった。
それを履いて職場に通う日々のことを考えているのかもしれないと思い、そっとしておくことにした。
そのとき、
「うわっ、なんだ、この草まみれはっ。
のどか、土地の持ち主に雑草くださいって言ってこい」
と叫ぶ声が側の細い道から聞こえてくる。
此処に来る前、貴弘に、呪いに関してなにかわかりそうだと連絡したら、ちょうど移動中だから、北村と一緒に寄ってみると言ってきたのだ。
貴弘は青田に気づき、
「青田、カフェの仕事は一段落ついたか」
と訊く。
は、はい、と靴から目を上げ、青田が言うと、
「そうか。
暇なら、ちょっとこっち手伝ってくれ。
今、他の仕事で結構出払ってて」
と貴弘が言う。
「あ、はい、わかりました」
とカフェで貴弘たちに用事を頼まれたときのように、軽く青田は答えたあとで、その意味に気づいたようだった。
もう一度、噛みしめるように貴弘に言う。
「はい、このあとすぐに伺います」
うん、と貴弘は頷いたあとで、青々と茂った木の下に行こうとして、なにかにつまづいた。
ん? と足許を見ている。
「なにかあるぞ」
と言った貴弘はしゃがみ、草むらをかき分けていた。
よく伸びたメヒシバの中に楕円のつるんとした白っぽい石があった。
古いしめ縄が巻かれている。
メヒシバって、猫がよく食べる草だよなと、メヒシバと石を見つめている泰親を見ながら、のどかは思う。
毛づくろいをして胃に溜まった毛を吐き出すために食べるらしい。
まあ、今の泰親は人間なので、生のメヒシバを食べたりはしないだろうから、やはり、石の方を見てるんだろうな、と思った。
「……神社とかにあるような石ですね」
とのどかが呟くと、泰親が、
「ああ……思い出したわ」
とちょっとぼんやりした口調で言った。
「この辺りに神社があったのだ。
私はそこに、ご奉仕していたんだが。
私が居なくなったあと、誰も此処を守るものが居なくて。
近くの他の大きな神社と統合されて、なくなったらしい」
……小学校か。
「お寺は動くけど、神社は動かないっていうのに珍しいですね」
とのどかは言った。
神社はパワースポットに建っているので、そこにあることに意味があるらしく、移動することは稀だと聞いたことがあるのだが。
「この土地は、猫の呪いによって穢れていたからな。
そうだ。
私はその化け猫の呪いを封じようと思っていたんだった――」
「それでその化け猫に祟られてたんですか?
てっきり、猫蹴って祟られたのかと思ってましたよ」
とのどかが言うと、北村が青ざめる。
「そんなので呪われるのなら、呪われっぱなしになるじゃないですか。
僕なんて、実家の猫が足にまとわりついてきて、歩くたびに、あっ、て蹴っちゃうんですよ」
いや、そういう蹴り方ではない……。
だが、そういえば、異常に猫を可愛がる綾太みたいなのも猫からしたら迷惑な話だろうから。
あれこそ、呪われそうな気がするんだが、とのどかは思う。
「でもまあ、可愛らしい呪いでよかったじゃないですか」
とのどかは泰親の猫耳を見た。
「まあ、そうなんだが。
その猫は、実は、忠義な猫で。
死んでもこの世にとどまり、主人に、貢物を捧げ続けているのだ」
たぶん、今も――
と泰親は言った。
「主人って誰なんですか?」
「確か、フラれて祟り神になった男だ」
と泰親は言う。
「フラれて祟り神になるのなら、海崎社長辺りがそろそろなりそうですよ……」
と何故か北村が言う。
貴弘はそこで頷き、
「俺もフラれたら祟るぞ」
とのどかに言ってきた。
いや、誰にですか。
っていうか、なに言ってんですか、とのどかは赤くなる。
「まあ、ともかく、その忠義な猫は、村の若い男をさらっては、主人に捧げていたようなのだ」
「……何故、男」
とのどかが、
「自分の好きな女を別の若い男に取られたからか?」
と貴弘が呟く。
「さあ、そこは知らんが。
だが、主人はどの男も受け取らなかった。
そんなある日、猫はある若い男が通りかかったのに気づき、その男を主人に捧げようとした。
主人が好きだった人間の息子だ。
この男を生贄にすれば、主人の心もおさまるに違いない。
そう猫は思ったようだった。
当時、此処の神社に居た私はそれを阻止し、そして……」
そこで、泰親は眉をひそめる。
「その先の記憶がちょっと曖昧なんだが。
私は祟り殺されたのだろうかな?
いや……死んでないな」
と泰親はその石を見る。
「これは私が祀ったものだ。
結局、猫もその祟り神も浄霊してやれなかったから」
ああ、そうか……とようやく思い出したように泰親は言った。
「猫が私に祟ってたんじゃない。
私があの忠義な猫のことが気になって、きっと、死んでからもずっと見守ってたんだ――。
神社もなくなり、祟り神が昔住んでいた屋敷もなくなり。
屋敷跡に新しい家が建っても、それでも、猫は昔、祟り神が居た部屋の辺りに、生贄を投げ込み続けた」
それが今のあの呪いの部屋なのだろう。