テラーノベル
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あや
ナオミはまだ半分夢の中にいるような虚ろな瞳で、穂乃果の項に深く顔を埋めた。そのままクン、と首筋の匂いを嗅ぎ、昨夜つけたシルシを慈しむように舌でなぞる。
「あ……んっ、や、やめて……っ、朝から、そんな……っ」
「いいじゃない。ただのスキンシップなんだから」
ナオミは喉の奥で悪戯っぽく笑うと、今度は穂乃果をくるりと自分の方へ向かせ、シーツの中で彼女を完全に閉じ込めた。
琥珀色の瞳が、昨夜の捕食者の光を一瞬だけ宿して穂乃果を射抜く。
「……っぜんっぜんよくないです」
「あら、どうして? 穂乃果はこういうの嫌い?」
「そ、それは……」
正直に言えば、嫌いなはずがなかった。
むしろ、愛する人と肌を合わせる甘いスキンシップは何より好きだったし、そうすることで心が満たされる幸福感を、本当はずっと渇望していたのだから。
誰かに必要とされ、熱く求められることが、これほどまでに心を潤すものだなんて。直樹との冷え切った生活の中で、自分でも気づかないうちに忘れかけていた感情を、ナオミは昨夜、強引なまでの情熱でこじ開けてしまった。
「……っ。嫌い、じゃないですけど……でも、心臓に悪すぎます……っ」
消え入りそうな声で白状すると、ナオミは満足げに目を細め、穂乃果の額に柔らかなキスを落とした。
「正直ね。そういう子、アタシはとっても好きよ」
「……っ」
『好き』
その言葉が、文脈以上に重く、穂乃果の胸の真ん中に突き刺さる。
女装を解いた彼の低いテノールで言われると、それが「女の友情」の延長なのか、それとも「一人の男」としての告白なのか、もう判断がつかない。
でも、確かめるのは怖い。
ナオミはそのまま穂乃果の腰を引き寄せ、再び夢の続きへと誘うように目を閉じた。
彼の腕の檻に閉じ込められたまま、穂乃果は思った。
(このまま、溶けて消えてしまえたらいいのに――)
だが、現実は残酷に、スマートフォンの無機質なアラーム音とともにやってくる。
「な、ナオミさん……私、そろそろ支度しなきゃ」
「あら、そう? 残念。もう少し穂乃果を味わっていたかったのに」
「~~~っ!」
「味わう」なんて、まるでお菓子か何かのように。
真っ赤になって動揺する穂乃果を、ナオミは琥珀色の瞳を細めて楽しげに眺めると、最後にもう一度だけ深く、吸い付くようなキスをして彼女を解放した。
ナオミの部屋を飛び出し、慌てて浴室へと駆け込み、鍵を閉めた瞬間、穂乃果はその場にへたり込んだ。
「……信じられない。なんなの、あれ……」
あんな言い方をされたら、勘違いしてしまいそうで困る。
熱いシャワーを浴びていても、指先が触れるたびに昨夜の官能が蘇る。鏡に映った自分の身体には、あちこちに淡い紅色の痕が散らばっている事に気付いて、胸の鼓動がさらに早くなっていく。
「好きよ」という言葉の甘さと、彼が抱える「謎」の多さ。深く考えれば考えるほど自爆しそうになる。
(ナオミさんって、ナオミさんって――~~っ!!)
タイル張りの浴室で、穂乃果は顔を覆ってしゃがみ込んだ。
あんなに優しくされたのに、あんなに強引だった。あんなに余裕たっぷりなのに、時折、壊れ物を扱うように震えていた、あの大きな指先。
「……あんなの、反則じゃない?」
シャワーの飛沫が、ナオミに吸い上げられた首筋や胸元の痕に当たって、微かな痛痒さを連れてくる。指先が自分の肌に触れるたび、そこに重なっていたナオミの掌の厚みが、熱を持って蘇るようだった。
(女に興味がないなんて、どの口が言ってたのよ。あんなに……あんなに手慣れてて、……その、凄かったのに)
真面目な穂乃果の脳内会議は、すでに限界を突破していた。
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