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氷徘者の動きに神経を尖らせながら、リクたちは後退していく。壁に貼りつくようにしながら、逃げ道を探すが――その一瞬の隙が、命取りだった。
「っ……う、ぁ……!」
アイビーの苦しげな声が響いた。振り返ると、彼女の太ももに、何か黒く細長いモノが絡みついていた。
「アイビー!?」
その“それ”は氷徘者とは明らかに異なる質感を持っていた。黒く、ぬめりのある触手。洞窟の天井から、するりと降りてきたものだ。
「離れろ……っ!」
リクが叫ぶも、触手は容赦なくアイビーの太ももを締め上げる。力の入らない脚が軋み、彼女は崩れるようにその場に膝をついた。
「く……っ、なにこれ、力が……」
触手の内部から脈打つような音が響き、まるで何かが送り込まれているかのようだった。毒か、神経系への侵食か――いや、もっと厄介な“何か”だ。
ロビンがすぐに駆け寄ろうとしたが、氷徘者がその進路を塞ぐように立ちふさがる。
「アイビーから手を離せッ!」
リクは再び地面に手をつき、共鳴因子を発動させようとする。だが、先ほどの反動で、まだ体が言うことを聞かない。
「共鳴が……間に合わない……っ!」
――そのとき、アイビーの目がすうっと閉じられた。意識が遠のいていく。
「アイビー!!」
氷窟全体が、再び揺れ始める。これは単なる敵の襲撃ではない。
**“記憶の侵食”**が、再び始まっていた。
アイビーの身体に絡みついた黒い触手は、まるで意志を持つかのようにゆっくりと這い上がっていく。冷たい氷壁の中で、異様な存在感を放ちながら。
「ダメだ……! 触手が、まるで神経を直接侵している……!」
リクの焦りは頂点に達した。アイビーの瞳は薄く開いたまま、意識は次第に遠のいていく。
触手は皮膚の下を滑り、血管や神経を巻き込みながら、ゆっくりと太ももから腹部、そして胸へと侵入を続ける。
「――こんなことが……許されるわけがない……!」
リクの手は震えながらも、必死に共鳴因子を呼び起こす。だが、身体は疲労に抗えず、動きが鈍くなる。
「アイビー! 目を開けてくれ……!」
触手はそのまま首筋を這い上がり、ついには脳へと繋がる神経系へと侵入を始めた。
彼女の頭の中で、得体の知れない黒い影がうごめき、記憶と意識の境界をゆっくりと蝕んでいく。
「もう、時間が……ない……!」
リクの叫びが響く中、アイビーの身体はついに完全に意識を失い、深い闇の中へと沈んでいった。
リクの胸にこみ上げるのは、絶望と決意だった。
「これしか、方法は……ないんだ……」
泪ぐんだ瞳が、わずかに揺れるアイビーの首元を見つめる。
触手はゆっくりと首筋を這い、まるで彼女の意思を奪い取ろうとするかのように侵食を進めていた。
「ごめん……アイビー……絶対に助けるから……」
リクは手に握ったナイフを強く握りしめる。震える手で、触手が首を覆い尽くす寸前のその場所へと刃を突き立てた。
ザクッ――
鋭い痛みが体を貫く。触手の侵入部に刃が食い込み、黒い触手が激しく暴れた。
「うあああっ……!」
アイビーの身体が激しく痙攣する中、触手は一瞬だけ、ぎゅっと収縮し、そして離れた。
だが、それと引き換えに、アイビーは苦しげに息を荒くし、目がうっすらと開く。
リクは彼女の首元に手を添え、祈るように囁いた。
「耐えてくれ……絶対に守る……」
その刹那、洞窟の奥から、再び機械音が響いた。
「記憶体 No.12、対象一時拘束……次フェーズ準備中……」
リクの刃が首筋の触手を貫いてからも、アイビーの体はまだ震えていた。
だが、その痙攣は徐々に収まり、ゆっくりと意識が戻ってくるのがわかった。
「リク……ごめん……怖かった……」
小さな声で呟くアイビーの目が、かすかに光を取り戻す。
だが、リクは気を抜けなかった。
「まだ安心できない……触手は脳まで侵食しようとしてた。奴らは時間稼ぎをしてるだけかもしれない。」
彼の目は鋭く洞窟の奥へ向けられる。
そこには、先ほどの機械音とともに、冷たい光を放つ人工生命体《シルヴェール》が潜んでいた。
「まだ戦えるか……俺たち……」
リクは拳を握りしめ、闘志を燃やした。
「ロビン、アイビー、大丈夫か?もうすぐ次の攻撃が来る……準備しろ。」
リクは素早くアイビーの首筋の傷口を見つめた。
黒い触手が深く入り込んだその場所は、まだ赤く腫れている。
「アイビー、動かないで…今から傷を処置する」
リクは周囲の氷を溶かして水を作り、冷たさで腫れを抑えつつ、医療知識をフル活用して丁寧に傷口を洗浄する。
アイビーの自己再生能力が微かに動き出しているのも感じ取った。
「お前の体、すごいな…俺が手を添えれば、もっと早く治る」
ゆっくりと傷口に触れ、再生を促すように穏やかな呼吸を送り込む。
アイビーの身体が微かに光り始め、傷がゆっくりと塞がっていく。
「これで大丈夫…少しは楽になるはずだ」
アイビーはまだ弱々しく目を開けて、リクにかすかな笑みを返した。
アイビーがふと寝返りを打った瞬間、リクの手が思わず彼女の胸に触れてしまった。
「あっ……!」リクはすぐに手を引っ込め、慌てて視線を逸らす。
アイビーは半分眠りながらも、ほんのり顔を赤らめて呟いた。
「……ごめん、気にしないで」
リクの胸の中に、少しだけ温かい何かが流れ込んだ気がした。
リクが必死にアイビーの傷を癒している間にも、洞窟の奥深くで機械音が低く響いていた。
その無機質な声は途切れることなく繰り返される。
「対象異常あり。記憶体制御装置、起動準備完了。」
突然、洞窟の奥から冷たい金属音が響き、暗闇の中で赤い光がちらついた。
そして重厚な足音と共に、人工生命体《シルヴェール》が姿を現した。
氷で覆われたその体は、凍てついた刃物のように冷たく輝き、鋭い触手を幾本も携えている。
その目はまるで冷徹な監視者のようにリクたちを捉えた。
「ここで終わらせる。」
リクは立ち上がり、剣を構えた。だが、身体はまだ疲労で震え、傷の癒えたアイビーはぐったりと横たわっている。
「共鳴因子、使うしか……!」
リクの心臓は激しく脈打ち、覚悟が再び体を貫く。
だが、この戦いは、想像をはるかに超えた絶望の始まりに過ぎなかった。