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さて、いざこうして遺す事を考えると、何から話すか悩みますね……。あ! 突然の事で驚かせてすみません。これは鏡に写したものを私の力で凍結、記録したものです。
永久凍結で封印し、解除ーー解凍する事で流れる記録の保管。水面に映る月が掴めぬが如くのーー鏡花水月、幻氷界と原理は近いもの。
だからこれは、一度っきりの再生となりますーー。
アミ……覚えてますか? 私が貴女と初めて出会った時の事を。本当に申し訳ありませんでした。あの時の事、今更ながらに謝らせてください。
あの時は貴女に困らせる事を言いましたね……『貴女になら殺されてもいいですよ』とか、今更ながらに貴女がそんな事出来る訳がないのに。過去に戻れるものなら、あの時の自分を殴ってやりたいものですよ私が。
でも、あの時の私はそれが偽りざる本心だった。それ位、死に対して達観していた。
しかし貴女はそれを受け入れず、称号でしかなかった私に名を呼んでくれ、過去の罪を全て受け入れて抱き締めてくれた。
それにどれ程救われたか。どれ程に嬉しかったか。貴女と過ごした期間は、それまでの十数年に比べれば短いものでしたが、私にとっては生涯に匹敵する充実があった。いえ、仮に無為に何十年生きても、かつての私では決して得られなかったろう、確かなものを貴女は与えてくれました。
私にとって貴女は、生きる意味そのものでした。例え次の瞬間に死ぬ事になったとしても、貴女の為に生きれたのなら、私は命の限り生き抜けたとーーそう思えるから。
命の価値に、時間の長さは関係ない。一分でも、一秒でも長く、自分の信じるものの為に生き抜けたのなら、それこそが生きた証そのものなのだから。
だからアミ、どうか私の事で立ち止まらないでください。生きる事に、絶望しないでくださいーー
…
*
ユキの紡ぐ一つ一つの言葉、想いが私の心に沁み渡っていく。
きっとこうなる事が分かって、全てを受け入れた上で、これを遺した事だろう。
私が立ち止まって囚われないよう、前を向いて歩んで行けるように。
でもどうしてだろう? どうしてこうまで、ユキを不憫に思えるのだろう。
それはきっと、ユキの人生が余りにも短かったから。ユキは生きた価値は時間の長さじゃないと言ったけど、それでもーー
「ユキ……」
私の中から、言い様のない感情が溢れ出そうとしている。きっとそれはすぐにでもーー
ねえ……ユキ。本当に後悔してない? 本当はもっと生きたかったんじゃないの?
手鏡に映るユキの語りは、まだ終わっていなかった。
『……出来れば、私は生きていたかった。貴女と同じ時を歩んで行きたかった。おかしいですよね……あれだけの事を言っておいて今更。でも、最後にこれ位の我儘を遺す事を、どうか赦してくださいーー』
そこで漸く、彼の本心を知る事になる。
やっと……やっと言ってくれた。ユキは生きていたかったのだ。決して死ぬつもりで闘った訳ではなかった。
思えばユキは、絶対に生きる事を諦めなかった。何度死が目前に迫ってきても、必死で抗っていた。
抗って、抗い続けて。最期の最期までーー生きようとしていた。
全ては私の為に。それがユキが生きる意味、そのものだったから。
私はやっと理解出来た。ユキの最期の笑顔の理由を。
彼はやりきったから。悔いなく生き抜けたと心から思うから、最期はーー最期だからこそ笑顔で。
だから、いくらでも我儘言っていいんだよユキ? 誰だって生きていたいんだからーー
…
***
『でも後悔はありません。死は全ての終わりではなく、新たな始まりなのだから』
ユキの語りは続く。三人は様々な想いで見届ける。
『想いは……魂は永遠に不滅です。どのような誓約で縛ろうが、それだけは決して変わらない。かつてアザミとの闘いの後、死後の世界を垣間見てきた時、それを知りました。だからこそ生物はーー人は歴史を紡いできたのです。これまでも、そしてこれからも』
ユーリはその言葉に救われた気がした。狂座の者達は皆、死後魂が無になるという誓約に縛られていた。
だがそれは、冥王が恐怖と力に依って皆を縛る為のものか。希望的観測だとしても、ユーリはそれを信じたかった。散って逝ったアザミとルヅキ、二人の魂も何時かきっと。
“ありがとうーーユキ……”
…
*
『だから死という現実に絶望せず、未来へのーー来世への希望を持ってください。命在るもの、それからは決して逃れられませんが、肉体が滅びても魂は決して消える事はないから。そして願わくば、貴女と再び巡り合う事をーー』
ユキの想いが全て伝わり、私はもう限界だった。
『でも……アミ。貴女の人生はこれからも、その先も全て貴女自身のものです。だから……忘れていいんです。全てを忘れてーー幸せになってください。それだけが私の願いです。私はこの先も、ずっと貴女を見守り続けますから』
止めどなく溢れる想いを、もう止められそうにない。
『長々とすみません。だから……これで最後にします』
きっとこれが、この世に遺したユキの最後の言葉ーー
『今までありがとう、アミーー』
“愛してます”
…