レコメンの生放送が終わって明け方3時。
「ただいま…ではないか」
なんて独り言を言いながらリビングへ向かう。
リビングの扉の向こう側から漏れ出す明かりとぶつぶつと聞こえてくる声。
そっと、扉を開ければソファーに腰掛け何かに目を通す勇斗。
俺の気配に視線が向けられる。
「あ、帰ってきた。おけーり」
「…ただいま」
こんな会話も少し歯がゆい。
「勇斗、起きるの早くね?」
「ん?そ?台本読み込みたくて目ぇ覚めんだわ」
「あー…なるほど」
10月20日から放送の「マイダイアリー」の台本を見せながら爽やかに笑う勇斗は疲れ知らずって言うかなんて言うか…
3時間の生放送のラジオを終えて帰ってきた俺とは雲泥の差が見てとれる。
「仁人もラジオお疲れ。また1時間くらい反省会?」
「反省会って決めつけんなや」
ま、あながち間違ってないけど。
ははっと笑う勇斗を後目に冷蔵庫を勝手に物色し水を取り出し喉を潤す。
放送中も水分をそれとなく取ってはいるが3時間喋りっぱなしだと飲んでも飲んでも飲み足りない。
「仁人、俺にもくれ」
3分の1も残ってないボトルの口を閉め手渡す。
「いや、飲みかけかよ」
「文句言うなら自分で取ってこい」
「あーうそうそ。ありがたくいただきます」
残り少ない水も勇斗に吸収されていく。
「ふっ…ぅ、ん」
ごくりと上下する喉仏をに視線が奪われる。
多忙な勇斗と過ごせる唯一のこの時間。
でも、結局は勇斗の視線は台本で、それはそれで悔しいような偉いような。
人が隣にいるのは気が散るだろうから風呂にでも入ろうかと立ち上がる。
「え、仁人どこ行くん?」
「へ?…風呂入ろうかな…と」
集中してたはずの勇斗に呼び止められて、逆に気散らせちまったなと申し訳なくなる。
「風呂…いま、入んなきゃダメ?」
ソファーに座ったまま、珍しく上目遣いで問いかけてくる勇斗にどきりとする。
「いや…べつに、後でも全然いいけど…?」
「じゃ、座れよ」
さっきまで座っていた勇斗の隣をポンポンと叩かれる。
「でも、勇斗、台本集中できなくね?」
頑張っている勇斗の邪魔だけにはなりたくない。
迷惑だって思われるくらいならわがままだって言わないし、会えなくたっていい。
勇斗と二人で過ごせるこの唯一の時間だって、勇斗の迷惑になるなら辞めたっていい。
俺が寂しいと素直に言えないから勇斗が作り出してくれた貴重な時間。
最初は「俺なんかのために無理すんな」なんて言って勇斗に怒られたりもしたけど、勇斗が無理するくらいだったらいくらだって我慢できる。
「邪魔にもなんねぇし、迷惑でもねぇ。俺が今、この時間、仁人にそばにいてほしいだけだから」
俺の顔を見ただけで俺が何を考えてどんな言葉が欲しいかまでわかってしまう勇斗は正直、ずるくて憎い。
「ほら、早くしろよ」
催促するようにまた、勇斗の隣のソファーを叩く。
きっと、勇斗はあと30分もすれば仕事に行ってしまう。
たかが、30分。されど、30分。
俺たちにとっては今、かけがえのないこの時間。
勇斗の隣に座り、勇斗に背を預けソファーに足を伸ばす。
「横柄だな。おい」
文句を垂れる勇斗を無視する。
だって、本当は、もっと、勇斗のすべてに触れていたい気持ちを抑えて、少しでも勇斗の邪魔にならないように我慢してるから。
会話がなくたって、勇斗と過ごせるこの時間の雰囲気が好きだ。
言葉にはできないけど、目を瞑って、勇斗のぬくもりを背で感じながら、心の中で「ありがと」と呟く。
END
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