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それは突然の事だった。
関東地方に到来した猛烈な寒波。数年に一度の記録的な大雪をもたらしたそれは、東京都西部に位置する空座町も例外ではなかった。
寒い。こんなに雪が降ると分かっていたら外出なんてしなかったのに。
生活用品の買い出しを行っていた石田雨竜は、寒波による大雪で頭から雪を被っていた。傘は持っているのだが、生憎のこと荷物が邪魔をして差すことは叶わない。急いで帰ろうにも、雪道に慣れていないもので、足を取られる危険もあり即座に断念している。水分を多く含んだ雪は雨竜の服を次第に重くし、体温も徐々に奪っていく。速く帰りたい、とそう思わずには居られない。その為に足を動かすのに集中する事にした雨竜は、ふ、と何かの鳴き声が聞こえることに気がついた。周りを見回すと積もった雪が少し隆起している場所がある。どうやら鳴き声はここから聞こえてくるらしい。様子を確認しようか、それとも帰ろうか、と思案した後に確認するためにその場所へと歩みを進めた。
雪を優しくかき分けると、そこには仔猫が1匹蹲っていた。毛並みは泥で汚れ、餌をまともに食べる事が出来ていなかったのだろうその体は、とても貧相なものだ。しかし、仔猫の瞳だけは力強い光を宿していた。その様子に雨竜はどうしたものかと顎に手をやる。雨竜はアパートに一人暮らしの身である。ペット厳禁の場所であるのだが、見つけてしまった以上見捨てる訳にも行かない。できる限り見つからないように体力を回復させ、また野に返せば良いか、と考えた雨竜は、手に持っていた買い物袋をその場に置くと、仔猫へと腕を伸ばした。仔猫も助けてくれることが分かっているのか、大人しくされるがままであった。そこで気が付いた。仔猫に隠れるように子うさぎまでいたのだ。種族が違うもの同士であるにも関わらず、助け合っている彼らを見て雨竜は興味が湧いた。元来雨竜は探究心のある男だ。子うさぎもゆっくり持ち上げると、新調したバスタオルを買い物袋から取り出し、仔猫と共に優しく包んだ。これ以上体温を奪われてしまっては命に関わると判断したためだ。1匹と1羽を抱えて、足早にアパートへと歩く。腕のなかの仔猫は、子うさぎの頭を必死に舐めていた。
アパートへと帰宅した雨竜は、暖房器具を急いで付けると、仔猫たちをカーペットの上へと置いた。適当にダンボールを見繕って、中にあたらしいタオルを敷いてやる。すると、仔猫は覚束無い足取りながら、子うさぎを丁寧に咥えると、ダンボールの中へと移動した。
へぇ、この仔猫は頭が良いのかもね。…とりあえず何か食べさせる物を考えなきゃだ。
冷蔵庫にあった牛乳を鍋に移し、少しだけ温める。本当は人間の牛乳は良くないのだろうが、生憎それしかないので我慢して貰うしかない。
ヤギミルクを買わなきゃだな、と雨竜は苦笑した。ちょうど良い温度の牛乳を皿に移し、ダンボールの中へと入れる。すると、仔猫と子うさぎは牛乳の傍へ行くと、舌先を器用に使って飲み始めたのだった。
「…君達はどうしてあの場に居たんだ?ましてやうさぎだなんてね。」
栄えている方ではないとはいえ、ここは東京である。うさぎが生活するだけの自然などあるわけが無い。ならば捨てられたのだろうかと眉を顰める。なんて無責任のだろう、と。
返事はもちろんない。あったら恐怖である。そこで、雨竜ははっ、とした。買い物袋を取りに行かなくてはならないでは無いか。あの中には食料も入っている。腐ってしまっては大変だ。
「すまない、少し出てくるがいい子で待っていてくれ。」
今度は仔猫がニャーと鳴いていた。
買い物袋は置いてきたままの場所にあった。多少雪が積もってしまっているが、自然の冷凍庫だと思えばなんてことは無い。それを急いで手に提げるとアパートへと急ぐ。その道中、友人の茶渡と遭遇した。彼も一人暮らしであるため、稀にアパートへと招待する事もある仲だ。
ちょうど良い、雨竜ひとりでは1匹と1羽の世話は難しい。少し申し訳ない気分になるが、手伝ってもらう事にしよう。
「茶渡君、ここで会ったのも縁だ。少しウチへ寄ってもらっても良いだろうか?理由は歩きながら話すから。」
「む、それは構わないが。…急いで行こう、石田の服が濡れている。」
「ありがとう、茶渡君。」
道を2人並んで歩きながら、一連の流れを簡潔に茶渡に話した。
「…という訳なんだ。申し訳ないけど、少し手を貸してほしい。」
「ほぉ、それは大変だな。力になれるか分からないが、できる限りの事をしてみよう。」
「ありがとう…茶渡君には頭があがらないね…後日きちんとお礼をするよ。」
「気にするな。困った時はお互い様だ。」
そうこうしているうちに、雨竜の住むアパートへとたどり着いた。カバンから鍵を取り出し、解錠する。ガチャっと音がした後、ドアノブに手をかけぐるりと回す。逃げ出さないように最小限に開けたドアの隙間から体を滑り込ませ、室内へと入った。
「ただいま。…茶渡君も適当に座ってくれ。」
「あぁ。お邪魔します。」
「…あの子たちは何処に行ったんだろうか…は?」
「ん、どうかしたのか石田。」
雨竜は目の前の光景に固まった。家を出る前には仔猫と子うさぎしかいなかったはずだ。では今なぜここに、男女の子供が2人いるのか。イマイチ状況が飲み込めず、眼鏡を拭いて掛け直してみるが、変化はない。
「…話を聞いた限りだと、猫とうさぎがいると思っていたんだが…?」
部屋を覗き込んだ茶渡が首を捻って、眠る子供たちを見ている。そして、状況を整理して欲しいと彼の目が訴えているのだが、雨竜自身も説明して欲しいぐらいである。何がどうなって子供がいるのか、姿の見えないあの子たちは何処にいるのか。皆目検討がつかない。2人は呆然と子供たちを眺めていることしかできなかった。
暫く経った頃だろうか、少年が目を覚ました。歳の頃は、10が妥当だろう。オレンジ色のツンツン頭が特徴的な子だ。そして、少年の頭からは三角の耳が生えていた。
まさか…ね。
あの仔猫と目の前にいる少年が同一の存在の訳が無い。と一瞬頭によぎった考えを否定する。
しかし、それは意味を成すものではなかった。
「ん…。助けてくれてありがとう。見ての通り俺は猫だ。で、こっちが兎。」
「…すまない、何を言っているか理解が追いつかない。」
「だ、か、ら!俺は猫でこっちが兎!わかったか!?」
「いや、ちっとも。」
そんなに力強く言われても理解できないものは理解できない。
「はぁ…、織姫起きろ。」
「んんぅ…なぁに一護くん。」
「家主が帰ってきたぞ。」
「ほんとう?…はっ、あたしは兎の織姫です! 」
「…言ったろ?んで、俺は一護だ。」
起こされた子うさぎ…もとい織姫は、栗色の髪を揺らしながら頭を下げる。それに釣られるように一護と呼ばれた元仔猫もペコッと軽く頭を下げた。雨竜と茶渡はお互いの顔を見つめ、眉を寄せた。
いや、待て。どういう事だ、と。
動物から人間の姿に変化する生き物など見た事がない。しかも、学術的にもそれは否定されているはず。では、なぜ彼らは変化したのか。
まじまじと彼らを見つめていると、視線に気づいた2人は頭に生えた耳をぴょこぴょこと動かしながら、居心地悪げに目線を逸らしている。
「あんまし見んな。」
不機嫌さを隠しもせず、額に皺を刻む一護に、織姫が彼の額を小さな手で覆い隠した。
「一護くん、だめ!皺がいっぱいだよ。」
「んあ?…あー…ごめん。」
「いや、僕の方こそ不躾だったね、ごめん。」
一護は織姫に対しては強く出れないようで、可愛らしい反応を取っていた。それが大変可愛らしい。隣にいる茶渡も僅かながら口角が上がっている事が伺えた。なんてほのぼのとした空間なのだろう。心無しか部屋全体に花が散っている…ような気がする。
…そんな場合じゃなかった。
雨竜は先にしなければならない事がある。それは、彼らの素性について詳しく知るという事だ。まぁ、動物から人間に変化するあたり、未知の存在なのだろう事は何となく察している。だから、何を言われても落ち着いて聞けるような気がした。多分それは、雨竜だけではなく茶渡もなのだろうけど。
「君達はどこから来たんだい?」
「ごめんなさい、あたし気付いたらこの町をうろうろしてたの。だから分からないの。」
「そう…ご両親は?」
「お父さんもね、お母さんも居ないの。だから代わりにお兄ちゃんが育ててくれたんだぁ。…でもね、お兄ちゃん死んじゃったんだ。怖い顔したおじさんに殺されちゃったの。あたし、珍しい柄
してるから…ホントはねあたしが殺されるはずだったの。でもお兄ちゃんが守ってくれたんだ…うっ、ひぐっ…」
織姫は必死に小さな口で言葉を紡ぐが、兄の最後を思い出し琥珀色の双眸から大粒の涙が溢れ出す。そんな織姫に、一護は何も言わずただ、抱きしめるだけだった。雨竜は「辛いことを思い出させちゃってごめんね」と眉尻を下げて謝罪の言葉を口にした。
「んぐっ…あやまらないで…ひぐっ….」
しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきた。泣き疲れた織姫が眠ってしまったようだ。しかし、目元は赤く腫れ、涙の跡が残っている。一護はそれを指の腹で撫でると、雨竜の方へと向き直った。話の続きを再開しようとの事らしい。
「…無理に話さなくても良いんだよ。僕は別に泣かせたいわけじゃないないんだ。 」
「いや、別にいい。…俺も自分がどこから来たか分からねぇ。母さんと一緒に出かけてる時に俺も捕まりそうになったんだ。そして、母さんに俺は護られて、母さんは死んだ。…どこかに家族はいるんだよ。こいつと違って俺は天涯孤独って言うわけじゃねぇんだ。…コイツは俺が護ってやるって誓ったんだ。母さんに護られた分まで、こいつの兄貴の分までな。」
先程まで黙って話を聞いていた茶渡は、徐ろにそのオレンジ頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと掻き回した。そして 「お前も強いんだな、一護」と言った。
「そ、そんなんじゃねぇ…」
そう言ってそっぽを向く一護の耳は赤く染っていた。
結局、めぼしい情報は入手できなかった。正体について謎だらけなのだが、もうそれでいいやと思い始めている雨竜。彼らは、悲しい過去を背負って生きてきた。ならば少しでもその傷が和らぐようにサポートしてあげる事が今の雨竜にできるただ一つのことだと考えたからだ。
「よし、君達は僕が責任を持って面倒を見よう。だからあまり…騒がないでくれると有難いんだ。…このアパート、居住人数1人で契約してるんだ。ペットも厳禁。僕もまだ学生だから、引越しも現実的ではないんだ。…それでも良いだろうか。」
申し訳なさそうに一護を見ると、ポカーンと呆けたがそれも一瞬の事で、徐々に嬉しそうな顔付きに変わる。とは言っても、織姫ほど笑顔ではないし、眉間にも多少皺が寄っているのだが。
「これからよろしくお願いします。」
これが彼らと僕たちの出会いだった。
終われ
続くか続かないか分からないお話
以下設定
【石田雨竜】
高校2年生
将来は医者になるのが夢
一人暮らしのため家事などは人通りこなせる。
面倒見はあまり宜しい方ではないが、一護と織姫のために奮闘中。恐らく将来は良いパパになると断言できる。子供たち2人の事が大好きだが言葉には出さない。いや、出せない。
案外モテるが子供たち優先の為、彼女を作ることはない。結果、茶渡とデキているのではないかと噂になるが、ブチ切れてしまい噂は消滅。
【茶渡泰虎】
雨竜と同じく高校2年生
ボクシングジムに通う腕っ節の強い男。でも喧嘩は好きじゃない。
ひょんな事から石田さんちの子供2人の面倒を手伝う事になったが、楽しいので全然気にしてない。毎日、放課後に雨竜宅に行っては、子供たちと遊んでいる。
【一護】
苗字は動物だからない。
茶トラ柄の猫だが、色は少し明るめ。目の色はアンバーなのだが、よく見ると、虹彩が2つに分かれている珍しいタイプ
人間の姿になると、10歳ぐらいの男の子になる。その際、三角の耳としっぽが残る。
織姫命、雨竜と茶渡の事は普通に好き。でも、人間は好きじゃない。母親は殺されたが、父親と妹が生きている。
【織姫】
一護同様、動物だから苗字はない。
耳と四肢が栗色で他は白色。背中には六花の柄が入っている。目は琥珀色
人間の姿になると10歳の女の子になる。セミロング程の長さの髪の毛からうさぎの長い耳が見えている。しっぽはあるが申し訳程度。
一護大好き、でも雨竜も茶渡も大好き。でもやっぱり一護は特別。人間は苦手。
両親は物心着いた時には居らず、兄が育ててくれた。しかしその兄も人間の手によって殺されてしまう。