テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
エリーはわざとらしく肩をすくめ、芝居がかった口調で両手を広げた。
「——で。そろそろ晩ご飯の時間じゃない?」
現実的な一言に、部屋の空気がほんの少しだけほどける。窓の外の歌声が、やけに近く聞こえた。
「そこのを右に入ったところにマーメイドの酒屋があるわ、あなたたちはご飯食べてなさい」
エリーはくるりと踵を返し、散乱した道具を足先で避けながらドアへ向かう。床の金属片が小さく鳴った。
「私はミラと話があるから、先に行ってて」
「ミラと?」
ダリウスが首をかしげる。
「女同士の話し合いよ」
エリーは軽くウィンクしてみせた。
その仕草に、ダリウスとオットー、エドガーは顔を見合わせる。オットーは口を開きかけ、やめる。エドガーも喉を鳴らしかけて飲み込んだ。結局、三人は無言でソファから腰を上げた。
「……じゃ、俺たちは飯の準備でも見てくるか」
「そうですね。料理も気になりますし」
「俺はビールのラインナップが気になるな!」
三人が部屋を出ていき、扉がぱたんと閉まる。金具がカチャリと鳴り、外の喧噪が一段遠のいた。
残された部屋には、散らかった魔道具の山と、円筒型の道具に向かって「あー」と声を伸ばしながら遊ぶミラだけが残る。風が頬を押し、前髪をぐしゃぐしゃに乱した。
「……ミラ」
エリーの声が変わる。語尾の軽さが落ち、余計な抑揚が消えた。
「あなた、《神光再命》はもう使わない方がいい」
ミラの肩が跳ねる。
「えっ……?」
手の中の魔道具から、風がひゅうと情けない音を立てて漏れた。ミラは慌ててそれを抱え込み、スイッチを探す指が宙を滑る。目線だけが右へ左へ落ち着かない。
「な、なんでかな? ……確かに、あれを使うと気絶しちゃうけど……」
笑って繕おうとする声が、途中で引っかかった。
次の瞬間、エリーがすっと距離を詰める。床の上の水晶板を踏まないように足を置き、青髪がふわりと揺れてミラの視界を横切った。
「ちょ、ちょっと、エリー……?」
返事の代わりに、エリーはミラの右腕をつかむ。指先の冷たさがローブ越しに伝わり、袖をためらいなく捲り上げた。
「——っ!」
露わになった腕は、途中から色が違っていた。肌の色が途切れ、灰白の石の質感が露出している。指先に向かってひび割れが走り、細い線が増えていた。
ミラはそれを見慣れているはずなのに、改めて目に入れた瞬間、喉が鳴った。呼吸が一拍遅れる。
「これでも——使えるって言えるの?」
エリーの声は責めない。甘やかさない。問いだけが、まっすぐ置かれる。
ミラは唇をかみしめた。視線が床の金属片に落ち、戻って、また落ちる。逃げようとしても、エリーの青い瞳が先回りする。
数拍の沈黙の後、ミラは顔を上げた。まつ毛の根元が湿っている。
怯えと、意地と、子どもなりの覚悟が、瞳の中でぶつかり合っていた。
「……使う」
ミラははっきりと告げる。
「私は、仲間が傷を負えば——迷いなく使うって決めてるの!」
言葉の終わりが少し震える。喉の奥で何かが熱くなり、唾を飲み込む音が小さく鳴った。
エリーの眉がきゅっと寄る。
「——やめなさい」
今度は明確に、語気が立つ。
「やめなさい。でないと、このこと三人に言うわよ」
「っ……卑怯よ!」
ミラの声が跳ねた。胸の奥が掴まれたみたいに息が浅くなる。視線を逸らしたいのに、逸らせない。
「卑怯は、あなたの方よ」
エリーの返しは速い。言葉が間髪なく重なる。
「仲間にこれを伝えずに——」
石化した右腕を、エリーの指先が軽く叩く。石の硬い音が、小さく響いた。
「最後、本当に石になった時。
ダリウス達は、どう思うのか。想像したことはある?」
「それ、は——」
ミラの口が開いたまま止まる。
脳裏に浮かぶのは簡単だった。膝をつくダリウスの背中。怒鳴りながら声が割れるオットー。魔導書を落として拾えないエドガーの手。浮かんだ瞬間に、胃のあたりがきゅっと縮む。
ミラは視線を床に落とした。指先が袖口をぎゅっと掴み、布が皺だらけになる。
エリーはひとつ、ゆっくり息を吐く。吐息が前髪をわずかに揺らした。
「あなたの才能は、人の子の“器”を超えてるわ」
声が少しだけ柔らかくなる。
「でも、精神がそれに追いついていない」
エリーは視線を落とし、ミラの手元——握りしめたネックレスの位置に一瞬だけ目を止める。
「無自覚に才能を振り回すとね。
いちばん傷つくのは——周りの人たちなの」
ミラの肩が小さく震えた。掌の中のネックレスがきしりと鳴る。塔に来る前、誰もいない部屋でひとり祈って倒れていた感覚が、短くよぎる。
そこに今は、三人分の声と足音がある。嬉しいはずのそれが、同時に重たい。
「……」
喉の奥で何かが渦巻く。言葉にならないまま、息だけが漏れる。
エリーはそれ以上追い詰めない。短く頷き、くるりと踵を返した。
ドアの前で立ち止まり、振り返る。
「——じゃまた明日」
落ち着いた、いつもの調子に少しだけ戻った声だった。
そう言って、ドアノブをまわす。金属が冷たく鳴り、扉の隙間から酒場の喧噪と湖上の夜風が入り込む。潮の匂いと、揚げ物の油の匂いが混じった。
ばたん、と扉が閉まる。
残された部屋には、散らかった魔道具と、ミラの荒い呼吸だけが残った。胸が上下し、吸い切れない息が喉で擦れる。
「……」
胸の中で、いくつものものが絡まり合う。悔しさ、怖さ、恥ずかしさ。そこに、抜き差しならない温度が混ざっている。
ミラはぎゅっと両手を握り込み、ぐい、と袖を引き下ろした。石の腕を隠し、くるりと背を向ける。布が肌に擦れて、ひんやりした。
エリーの言葉が、耳の奥で何度も跳ね返った。
(……頭、冷やしてから……だよね)
自分にだけ聞こえる声で呟き、小さく息を吸った。風を噴く魔道具のスイッチが、まだどこかでかすかに鳴っていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#ハッピーエンド
26