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「それにしても坪井くんほんと凄いよね」
そう言った真衣香のことを、目を見開いた坪井が見た。
明日は5時起きだと嘆く坪井が『今日は諦めるかぁ』と、グイッとお酒を飲むジェスチャーを真衣香に見せながら言い、渋々会社近くのお店に入ったのだ。
その店は昼はカフェ、夜はバーとして営業しているのだが、もちろん飲まずに帰るお客さんも多いので比較的食事だけでも入店しやすい。
(って、八木さんに教えてもらったことがあるだけなんだけどね)
ランチの時間帯はごった返してる店内も、週始めのこの時間だと人も少なくゆったりしている。
流れてくるBGMが昼間と違いクラシックなのもそう感じる理由かもしれない。
真衣香自身はランチでしか利用したことがないので、オレンジ色の照明で柔らかく照らされる店内を見渡しながら、お昼と違ってオシャレだなぁ……なんて。
こっそり思いながら、4人掛けのテーブルに坪井と向かい合って座っていたのだった。
「いきなり褒めるなー、嬉しいけどさ」
「うん、ずっと思ってたけどこうやってゆっくり話すことってなかったし。この間は他の人もいたり、お酒も入ってたし」
「そういえば、そっか」
曖昧に返事をしながら、何頼む?とメニューを広げて見せてくれる。
「うっわ、こんなとこ酒飲む以外で来ないからなぁ〜。オシャレ過ぎてメニュー何書いてんのか全然わかんない」
「え、そうなの?坪井くんなんでも知ってそうなのにね」
「はは、マジで?どんなイメージだよ。俺、基本次の日朝早いならソッコーで帰りたい奴だからね。会社近くの店なんてほとんど知らないかも」
頬杖をついて、柔らかな笑顔と共に坪井は言った。
聞いてしまって黙ってるわけにはいかない。
「えっと、いいの?今日は、その……なんか気を遣ってくれてる?」
恐る恐る聞いた真衣香の額をポンっと坪井の人差し指が弾いた。
首を少し傾けて、頬杖をついて。
「……痛い」と反応した真衣香に笑いかけながら陽気な声を出した。
「はい残念、不正解〜!」
「……不正解」
いつのまにかクイズになっていたらしい。
「そ、不正解。わかる? こうゆう時は、自信満々に、坪井くんそんなに私と一緒にいたかったの?とか思ってくれてたらいいんだけど」
「え!? いや、そんなこと思えないよ」
「あれ、即答なんだ?」
ブンブンと首を縦に振る。
坪井に視線を戻すと、片眉を下げて、少し困ったような笑顔になっていた。
そのあと、天井を見上げるようにして椅子に深く腰掛け「冗談じゃなくてさぁ」と、呟くように言った。
「……なんだろね、面倒ごとの前なんかは1人でいるに限るって思ってたけど」
言葉を区切って、次は真衣香をジッと見た。
「お前には、一緒にいて欲しくなるね」
いつもより少し低くて、でも暖かい声。
そんな声で『一緒にいて欲しくなる』なんて言われ、挙句愛おしそうに目を細めて見つめられたら真衣香でなくても……。
例えば恋愛慣れしてる女子だって。
正気を保てないのではないか。
段々と顔が熱くなってくのがわかって、真衣香は下を向いた。
「そ、それは……その、う、嬉しいような?」
「ん、俺も嬉しい。一緒にいれて」
「……う、うん」
真衣香が頷いたのを合図のようにして。
そこで、なんて事ないように一旦会話を区切った坪井は再びメニューに視線を移した。
(今のって凄い嬉しいこと言われた気がするのに)
会話を広げられなかった自分に少し苛立ってしまった。
真衣香にとっては胸が高鳴る特別な会話でも、坪井にとってはそうではないらしい。
こんなところで経験値の差を感じてしまう。