「あ。このパスタねランチでもやってるんだよ、美味しいよ」
その苛立ちを消すようにメニューを覗き込んだ。
「サーモンときのこ、フレッシュトマトのソースの生パスタ……。へぇ、女の子が好きそうだよなぁ、いいんじゃない? あと適当に腹膨れそうなやつ」
「あ、だったらもうひとつパスタになるけど……カルボナーラでも頼んで、あとはパンとサラダ? いつも八木さんもこの量で足りてるみたいだから。坪井くんも足りるかな」
「八木さん?」と坪井が反応を見せる。
が、特に気に留めず真衣香は頷きながら店員を呼ぶ為コールボタンを押した。
すぐに注文をとりにやってきた店員に先ほどのオーダーを通した後、坪井を見る。
何やら、眉を潜めてイスに深くもたれ不機嫌そうな空気を醸し出している。
「え?どうしたの?」
「いや〜、八木さんとよく来る店なの?」
「よく来るというか、お昼たまに一緒に食べに出るから……」
「へ〜、男なんて全然関わってないのかなとか思ってたら、ふーん八木さん」
何がそんなに引っかかったのか、目を合わせてくれない。
「つ、坪井くん?ご、ごめん、何か気に障ったの?」
焦って尋ねる真衣香をじっと見て、小さく息を吐く。
そしてイスに深くもたれ掛かっていた体勢を少し戻した。
その分少しだけ見つめ合う距離が縮まる。 このまま坪井の、照明の光でキラキラと輝いて見えるブラウンの瞳を見つめ続けようか。
それとも逸らそうか。
なんて考えていた真衣香の心の声を遮って、坪井が答えた。
「ん〜、違う。なんかお前から他の男の名前出たのが気に食わないみたい」
「え!?男?」
(男……、そうか八木さんは男性か)
特に性別を考えて八木を見たことがなかったので、改めて認識する。
「うん。でもムカつくのも変な話だよな、俺も散々してきたんだろーしね」
「変?」
「……へへ、こっちの話」
少しだけ舌を出し、小首を傾げて笑った。
ぶりっ子的動作もイケメンがしてしまえば許せるものなのだなと真衣香は知った。
そして、変な話とやらの内容をもっと突っ込んで聞いてみるべきなのか悩むも、すぐに考える事をやめる。
坪井ならば、聞かせたいことならすでに言葉にしてくれているだろうから。
(……突っ込んで聞かないでいい流れだよね? 多分)
「そ、そういえば明日は何か嫌なことがあるの?」
「ん?」
新しい話題を探した真衣香は、先ほど区切られたままだった会話を思い出した。
「はは、嫌ってか面倒ってか」
「面倒?」
「まぁね〜。面倒ごとって、若手に回ってくるじゃん?」
店内に飾られてる大きな絵画をボーッと眺めながら坪井が、途切れ途切れに話す。
「早く仕事捌けば捌いた分、また俺のとこに新しい仕事回ってくんだろ」
「うん」
「明日の直行先も明後日の出張も、まぁクレーム対応だけどさぁ。坪井ならできるよ、一番適任だよとかさ。俺もお前らと一緒の24時間しかないっての」
悪びれもなく当たり前みたいに全部任せてきてさぁ……。と、小さな声で言いながら。
いつもよく動くブラウンがかった綺麗な瞳が一定に揺れる。
ゆらゆらと不安定なソレは、まるで心の中と繋がってるようだと。
なぜか、ぼんやりと思い……、思いながら。
真衣香は自分の思い違いにハッとした。
遠目に見てきた表情や、人伝に聞く評判だけで見ていたこと。
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