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最高!てか太宰さん可愛い!
太宰がしょたな世界線です.一応中太!!!!!!
ポートマフィアの本部ビル。その最上階に近い一角にある中原中也の執務室は、常に緊張感と硝煙の残り香に満ちている。 重厚なデスクに向かい、山積みの書類を冷徹な手つきで捌いていく中也の表情は、部下が見れば震え上がるほどに鋭い。ヨコハマの闇を統べる幹部としての顔。それが今の中也だった。
「……チッ、また密輸ルートのトラブルか。どいつもこいつも、俺の手を煩わせやがって」
苦々しく舌打ちをし、万年筆を走らせる。 その時、密閉されたはずの部屋に、場違いなほど軽やかな足音が響いた。
「ちゅうや! ちゅうやー! あーそーぼーーー!!!」
防音扉を勢いよく開けて飛び込んできたのは、膝まで届くほど大きなサイズの、真っ白なシャツを羽織った小さな子供だった。 ふわふわとした茶髪に、好奇心でいっぱいの琥珀色の瞳。その腕や足には、本人の意思とは無関係に「保護」という名目で巻かれた白い包帯が痛々しく、それでいて愛らしく巻き付いている。
この世界線において、太宰治は中也よりもずっと年下の、まだ物心のついたばかりの幼子だった。
「……太宰。お前、勝手に入ってくるなって言っただろ。今は仕事中だ」
中也は視線を書類から外さず、低く威圧的な声を出した。普通の大人が聞けば縮み上がるような声だ。だが、この小さな「相棒」には、幹部の威厳など通用しない。
「えーっ! だって、もうお外は暗いよ? お仕事はおしまい! 今日はね、中也に読んでほしい本があるの。ほら、これ!」
太宰は中也の膝にしがみつき、重たい絵本をデスクの上に突き出した。表紙には可愛らしいカニのイラストが描かれている。中也の万年筆が、その拍子に書類の上で一筋の線を引いてしまった。
「……おい。これ、書き直しじゃねぇか」 「あーっ、中也、お絵描きしてるの? 太宰も描きたい! 貸して!」 「お絵描きじゃねぇ、仕事だっつってんだろ! どけ、邪魔だ!」
中也は苛立ちを隠さず、太宰の小さな身体を片手で軽く押し退けた。 力加減は十分に気をつけていたはずだった。だが、拒絶されたという事実は、幼い太宰の心に鋭い棘を刺す。
「……中也、いそがしいの?」 「見て分かんだろ。今夜中に終わらせなきゃならねぇ山があるんだ。後にしてろ」 「あとって、いつ? 寝る前? それとも、明日?」 「しつこいぞ。今は無理だって言ってんだ。いいから、部屋に戻って寝てろ」
中也は一度も太宰の目を見ようとしなかった。その冷淡な態度に、太宰の瞳がみるみるうちに潤んでいく。
「ふぇぇ……。中也、いじわる……。太宰のこと、きらいになったの……?」
小さな唇が震え、大きな瞳から今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうになる。 その様子を横目で捉えた中也は、あろうことか、さらに突き放すような言葉を吐き捨てた。
「あぁ、そうだよ。俺はな、そうやってすぐピーピー泣くガキは大嫌いなんだ。うるせェし、目障りだ。泣くやつは、この部屋から出てけ」
それは、マフィアの幹部としての教育という名の、残酷なまでの拒絶だった。 この殺伐とした世界で生きていくためには、涙など無用だ。いつか自分の隣に立つ男になるのであれば、この程度の突き放しには耐えてもらわねばならない——。そんな、中也なりの「裏側の愛」が、歪んだ形で表に出てしまった。
太宰は、弾かれたように肩を震わせた。 溢れ出そうになった涙を、小さな拳でぐっと拭う。 「泣くやつは嫌い」 その言葉が、彼にとってどれほど重い宣告だったか、今の中也には想像もついていなかった。
「……っ、……っう……」
太宰は声を殺した。 泣き叫びたい衝動を、小さな胸の奥に閉じ込める。ぎゅっと唇を噛み締め、呼吸を整えようと必死に肩を上下させる。 中也に嫌われたくない。その一心だけで、彼は溢れんばかりの悲しみを、その小さな身体一つで食い止めていた。
「……泣いて、ない……もん……」
掠れた声でそう呟き、太宰はトボトボと、重たい絵本を抱えて部屋を出て行った。 パタン、と静かに閉まったドアの音が、やけに執務室に響いた。
太宰が出て行った後の執務室は、驚くほど静かだった。 中也は再び万年筆を握り、書類に向き合う。効率は以前よりも上がったはずだ。邪魔者はもういない。静寂の中で仕事は捗り、山積みの書類は着実に片付いていく。
だが、数時間が経過した頃。 中也の胸の奥には、鉛のような重苦しさが沈殿していた。
(……言いすぎたか)
ふとした瞬間に、あの小さな背中が脳裏をよぎる。 「泣くやつは嫌い」 あんな言葉、本心ではない。むしろ、泣きたい時に我慢せず泣ける場所を、自分が作ってやらなければならなかったのではないか。 あの時、太宰は必死に涙を堪えていた。震える小さな拳で、目を赤く腫らしながら。
中也は時計を見た。深夜二時を回っている。 本来なら、太宰はとっくに夢の中であるべき時間だ。
「……クソッ、俺は何をやってんだ」
中也は万年筆を投げ出し、椅子を蹴るようにして立ち上がった。 残った書類はまだ数枚あったが、そんなものはもうどうでもよかった。 急ぎ足で執務室を出て、太宰が保護されている隣の居室へと向かう。
「太宰、起きてるか」
ノックをしたが、返事はない。 中也は慎重にドアを開け、部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の明かりは消えていた。 窓から差し込む月光が、部屋の隅にある大きなソファを照らしている。 そこには、ベッドまで辿り着けなかったのか、丸まって眠っている小さな影があった。
中也が近づくと、寝息とは違う、時折「ひっ」と喉を鳴らすような不規則な呼吸が聞こえてきた。 太宰は、眠りながらも、まだ泣くのを我慢しているようだった。
「……太宰」
中也が横に座り、その顔を覗き込む。 太宰の目元は真っ赤に腫れ、睫毛は涙で濡れて束になっていた。頬には、涙を拭った跡がうっすらと残っている。 その小さな手は、中也が「邪魔だ」と撥ね除けたあのカニの絵本を、寝ている間も離さぬようにぎゅっと抱きしめていた。
中也の胸が、激しく締め付けられた。
この子は、どれだけの時間、ここで一人で耐えていたのだろう。 「嫌い」と言われたショックに打ちのめされながら、それでも中也の言葉を守って、声を上げずに泣き続けていたのだ。
「……悪ぃ。ごめんなぁ、太宰」
中也は、壊れ物を扱うような手つきで、太宰の小さな身体を抱き上げた。 幼い体温が、中也の胸に伝わってくる。 その瞬間、太宰の意識が微かに覚醒した。
「……ん、……ちゅう……や……?」
微睡みの中で、太宰は自分を抱きしめる温もりを感じ取った。 夢か現実か分からないまま、彼は本能的に中也のシャツの胸元を、小さな指でぎゅっと掴んだ。
「……ごめんね、……泣かなかった、よ……? だから、……きらいに、ならないで……」
寝ぼけ眼で、けれど必死に紡がれたその言葉に、中也は思わず目元が熱くなるのを感じた。
「あぁ、分かってる。分かってるよ。お前は最高に強ぇ奴だ」
中也は太宰をさらに強く、けれど優しく抱きしめ直した。 執務室での冷徹な幹部はどこへやら、今の彼は、ただ一人の大切な存在を愛おしむ、一人の男でしかなかった。
「嫌いなんてのは嘘だ。全部嘘だ。……俺には、お前しかいねぇんだよ」
そう言って、中也は太宰の赤くなった目元に、愛おしそうに口づけを落とした。
中也の腕の中で、太宰は安心したように大きく息を吐き出した。 ずっと張り詰めていた緊張が解け、今度こそ、我慢していた感情が溢れ出す。
「……う、……うわぁぁぁぁん!! ちゅうやぁ、こわかったぁ……!!」
火がついたように泣き出した太宰の声を、中也は嫌がるどころか、心地よい音楽のように受け止めた。 「よしよし、いい子だ。たっぷり泣け。俺がずっとここにいてやるから」
中也は太宰を抱いたまま、大きなソファに深く腰掛けた。 太宰は中也の首に細い腕を回し、その胸板に顔を埋めて、しゃくり上げながら泣き続けた。中也のコートが涙で濡れていくが、彼は一向に気に留めない。むしろ、その重みが、太宰がここに生きているという証のように感じられた。
数分、あるいは数十分。 太宰の泣き声が、次第に小さくなっていく。 満足ゆくまで泣き尽くした彼は、中也の胸元で小さな鼻を鳴らしながら、上目遣いに中也を見上げた。
「……ちゅうや。もう、お仕事おわり?」 「あぁ。お前の相手をするのが、今の俺の最優先事項だ」 「ほんとう? じゃあ、本……読んでくれる?」
太宰が差し出した絵本を、中也は片手で受け取った。 「あぁ。読んでやるよ。一億回でもな」
「……一億回は、疲れちゃうよ。十回でいい」 「ははっ、控えめだな」
中也は太宰を膝に乗せたまま、絵本のページをめくり始めた。 月明かりの下、低いアルトの声が部屋に響く。カニの冒険譚を読み上げる中也の指先は、時折、太宰の柔らかな髪を撫でていた。
太宰は、中也の心臓の音を聞きながら、うっとりとその声に耳を傾けている。 この世界には、暴力も、策略も、マフィアという闇の組織も存在する。 けれど、この腕の中だけは、何物にも侵されない聖域だった。
「ねぇ、中也」 「なんだ」 「太宰ね、大きくなったら、中也のこと、ずっと守ってあげるの」
幼い少年の、あまりにも無垢な誓い。 中也は、その言葉の裏にある「未来」を想った。 いつかこの子が成長し、自分と並んで歩く日が来る。その時、彼はどんな目をしているだろうか。今のままの純粋さを失い、ヨコハマの闇に染まっていくのかもしれない。
けれど、たとえどんな未来が待っていようとも。
「……あぁ。楽しみにしてるぜ、相棒」
中也はそう言って、太宰の額に自分の額をそっと合わせた。 太宰は嬉しそうに目を細め、幸せそうに笑った。
夜が明けるまでには、まだ時間がある。 中也は、眠りに落ちるまで太宰の背中を優しく叩き続けた。 書類の山も、明日の任務も、今は遠い世界の出来事だ。
執務室に残された万年筆は、もう動かない。 その代わり、温かな部屋の中では、二つの命が寄り添い合い、穏やかな夢を紡いでいた。
相思相愛。 それは、言葉にするにはあまりにも幼く、けれどどんな誓いよりも重く、二人の魂を繋ぎ止めていた。