テラーノベル
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〜吉田side〜
最近、勇斗の様子が明らかにおかしい。
おかしい、というよりは、あからさまに浮かれている。
普段なら仕事帰りの平日の夜なんて、一日中画面と向き合っていたせいでヘトヘトのはずだ。
「あー、疲れたぁ」「肩凝って死にそう」と、いつもの定位置である僕の隣でぶつぶつと愚痴をこぼしているのが日常だった。
それなのに、今日のあいつは違った。
まるでこれから何か良いことでもあるかのように、足取りは軽く、今にも鼻歌でも交じえそうなほどの機嫌の良さで、夜の街を軽快に歩いている。
街灯に照らされたその横顔は、心なしかいつもより生き生きとして見えた。
ずっと隣にいる身として、視界の端に入るだけでその理由が何となく分かってしまうのが、どうしようもなくもどかしくて、胸の奥がチリチリと焦げるように痛む。
「なぁ、お前。最近なんかいいことでもあったの?」
なるべく平静を装って、他愛のない世間話を振るような軽いトーンで訊ねてみた。
「え? 急になに?」
「いや、ほら……やたら機嫌がいいからさ」
僕がそう言うと、勇斗は歩みを少し緩め、ニカッとまばゆい笑顔を浮かべた。
それから、大きな手を僕の頭に伸ばして、親しげにわしゃわしゃと撫で回してきた。
「え〜。やっぱじんちゃんは、俺のことよく見てんねぇ〜」
「おまっ、髪ぐっちゃぐちゃになるからやめろって!」
僕はわざとらしく嫌そうな声を上げて、その大きな手を乱暴に振り払った。
そりゃあ、そうだろ。
よく見ているに決まっている。
好きなやつのことなんて、意識しなくたって、息をするように自然と目に入ってくるもんだ。
触れられた頭皮がじわじわと熱を持って、心臓がうるさいくらいに跳ねている。
飛び上がるほど嬉しいくせに、こんな可愛くない言い方しかできない自分が、本当にどこまでも素直じゃなくて嫌になる。
「よーし! お前にだけ、特別に教えてやるよ!」
『特別』というその2文字に、脳が勝手に淡い期待を抱きそうになる。
けれど、それをすぐに理性で冷酷に握りつぶして、「は? 別にそんなのいいわ」と冷たく突き放してみせた。
「まーた始まった! 本当は聞きたいくせに〜!」
「勝手に言ってろ」
「ふははっ。本当に素直じゃねぇな、お前は」
こいつの厄介なところは、僕がいくら必死にポーカーフェイスを気取って否定しても、全部お見通しだという顔をして笑うところだ。
僕の表面的な嘘なんて簡単に暴くくせに、一番肝心な、僕のこの10年間の想いには一生気づかない。
……まぁ、気づかれたらこの関係が終わってしまうから、困るのは僕の方なんだけど。
「俺さ、好きな人できたんだわ」
嬉しそうに、照れくさそうに、少年のように目を輝かせて、勇斗が言った。
夜の冷たい空気が、ふいに肺の奥まで凍りつかせるような感覚がした。
胸の真ん中を冷たいナイフで鋭く抉られたような、そんな錯覚。
あぁ。
また、これか。
勇斗は昔から、見ての通り顔が良いからモテるし、恋愛だってそれなりに沢山してきた。
けれど、今までのどの子との恋も、なぜかあまり長続きはしなかった。
そして僕は、長続きしない勇斗の恋の報告を聞くたびに、心のどこかでホッとしている最低な奴だった。
どんなに誰かと付き合おうが、結局最後は、一番の理解者である僕のいる場所に帰ってくる。
そう思って、ずるく安心していたのだ。
男である僕を、勇斗が恋愛対象として好きになってくれる日なんて一生来ない。
そんなことは痛いほど分かっているから、とっくの昔に諦めはついているはずだった。
傷ついて、ボロボロになって、諦めた末にたどり着いた、今の「親友」という特等席を何があっても守り続けること。
それが一番の正解なんだと。
恋人になれなくたって、ただの友達として隣にいられるだけで幸せなんだと、そう自分に何度も言い聞かせなければ、隣にいることすらできなくなりそうだったから。
「へぇ〜。どんな子なの? ちゃんとまともな子なんだろうな?」
僕は慌てて心のシャッターを下ろし、いつもの親友のお面を張り直して、冗談っぽく訊ねた。
「それがさ……俺もまだ、ちゃんと話したことねぇんだよ。でも、絶対にいい子!」
「え? まだ付き合ってるわけじゃないんだ……」
いつもなら女の子の方から告白されて、なんとなく付き合っていくうちに徐々に好きになるのがこいつのパターンだった。
勇斗が自分から、しかもまともに話したこともない相手にここまで熱を上げるなんて、今までに一度もなかった。
「てかお前、まともに話したこともねぇのに好きってなんなんだよ。それ、本当に好きなの?」
諦めたはずなのに、一度宿った恋心はそう簡単に消えてはくれない。
勇斗に好きな人ができるのは苦しい。
でも、あいつには幸せになってほしいのも本当だ。
複雑な感情が胸の奥で渦巻く。
「いや! まじで好きなの! 会えばわかるって、まじで天使だから!!」
そんなに愛おしそうに、幸せそうに目を細めて。
僕がどれだけ想っても、どれだけ隣にいても、一生勇斗にさせることのできない表情。
決して超えられない壁の高さに、胸の奥がひどく虚しくなった。
「へぇ〜。ねぇ、今度会わせてよ。一回見てみたいんだけど」
「まぁ……じんちゃんならいっか! でもまじで、余計なことすんなよ?」
そんなに大切に、誰の手にも触れさせたくないように抱え込みたいのかよ。
一瞬だけ歪んだ嫉妬心が顔を出すけれど、お面を締め直してやり過ごす。
「……うまくいくように、俺が手伝ってやろうか?」
心の中では1ミリだって思ってもいない嘘が、滑らかに口から滑り落ちた。
その言葉に、勇斗は少し真面目な顔をして、周囲を気にするように声を落とした。
「その子さ……男なのよ。たぶん、俺の5個下くらい」
――は?
今、こいつ、何て言った?
男?
……え?
本当に、意味が分からなかった。
脳の処理能力が、完全にストップする。
勇斗は、男の人も恋愛対象になるの……?
え、いつから?
どういうこと?
ずっと、男である自分は「恋愛対象の土俵にすら立てない」と諦めて、親友の席に引きこもっていたというのに。
「……あ、ごめん。引いた? 仁人なら受け入れてもらえるって、勝手に思っちゃって……」
不安そうに僕の顔を覗き込んできた勇斗を見て、ハッと我に返った。
違う。
引いたわけじゃない。
それは、僕にとっては世界の前提がひっくり返るほどのとてつもない衝撃で。
そして、あまりにも残酷で、嬉しい事実だった。
だって、僕が男である時点で、勇斗と結ばれる可能性は『絶対的なゼロ』だったから。
でも、勇斗が男の人を好きになるのなら…。
僕たちの可能性は、ゼロじゃなくなったのだろうか。
僕も、やっとあのスタートラインに立てたのかもしれない。
どうしよう……すごく、嬉しい。
そう思った瞬間、僕の心臓は、今まで経験したことがないほど激しく脈打ち始めた。
「あ、いや……びっくりしただけ。お前、ずっと女の子が好きだと思ってたからさ。引いたりとかは全然ない。まじで」
「じんちゃんなら分かってくれると思ったのよ! ありがとな、まじで。……お前に話せて、すげぇ嬉しいわ」
そんな風に、特別みたいに笑うなよ。
僕の胸の奥の、言えない想いがまた苦しくなる。
「男が好きっていうか……好きになった人がたまたま男だったって感じかな」
頭をかきながら照れくさそうに笑う勇斗。その言葉が、遅れて冷ややかに脳内に響いた。
男が好きなんじゃなくて、「その人だから」好きになった。
10年以上、誰よりも近くで一緒にいる僕は、今まで一度だって男として見向きもされなかった。
それが、すべて。
つまりは、そういうことなんだ。
僕はどこまでいっても、勇斗にとって『ただの親友』。
それ以上には、逆立ちしたってなれない。
僕の可能性は、最初からずっとゼロのまま、何一つ変わっていなかったのだ。
一瞬でも期待して、勝手に胸を躍らせていた自分が、ひどく惨めで滑稽に思えた。
約束の土曜日は、あっという間にやってきた。
ピンポーン、と無機質なインターホンの音が、静かな部屋に鳴り響く。
いつもなら勇斗に会えるのが嬉しくて、鍵を開ける手がもどかしくて廊下を小走りで向かうのに、今日だけは、床に足の裏が張り付いてしまったみたいに一歩が進まなかった。
力を振り絞って扉を開けると、そこには案の定、まばゆいほどの笑顔が立っていた。
「おぅ、じんちゃん! 待たせたな……って、何、調子悪い? なんか元気なさそうだからさ。大丈夫か?」
勇斗は少し眉を下げると、僕の頭にぽんっと大きな手を置き、心配そうに顔を覗き込んできた。
こんなの、本当にずるい。
ただの友達の距離感じゃない。
そんな無自覚な優しさで僕を揺さぶるくせに、こいつの心は、もう別の男のことでいっぱいなんだ。
「大丈夫! ほら、行くぞ。…さんきゅーな」
「そうか? 無理すんなよ? いや〜、久しぶりにじゅうたろーくんに会えるからさ、ちょっと緊張してんだけどね」
そう言って、照れくさそうに首の後ろをかく勇斗。
世界で一番大好きで、誰よりも近くにいるはずの彼が、今は宇宙の果てよりも遠くに見えた。
僕たちの乗った車が、静かに夜の街へと走り出す。
ハンドルを握る勇斗の横顔を助手席から見つめながら、僕は「惚れんなよ?」とからかってきたあいつに向けて、声にならない本音を胸の奥底へとそっと沈めた。
――惚れるわけないじゃん。もう10年近く、ずっとお前に惚れてんだから。
本当に、ふざけんなって話。
to be continued……
もちぷよ
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#山中柔太郎
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コメント
2件
コメント失礼します! 吉田さんが10年片思いしていたとは、、、⁉︎初耳です嬉しい情報!!前作で最後に結ばれたのが吉田さんにとっても佐野さんにとっても幸せな結果だったと知って顔が綻んでしまいます、、、!