「明後日。日中ほたるとお出かけする許可をください! む、宗親さんがお仕事を終えられるまでには絶対絶対戻ってきますので! お願いします!」
「……春凪?」
Misokaから帰宅するなり拝むようにして宗親さんへ畳み掛けた私に、彼が珍しくお酒の気配を感じさせる鼻に掛かった声で私の名前をつぶやいた。
年末年始の連休を間近に控えたこの時期。
普通に考えても忙しいであろうところにもってきて、宗親さんの転職と自分自身の退職に向けての準備などで休んでいる場合じゃないことは百も承知の上でのワガママなおねだりだ。
ガバッと頭を下げたまま、顔を上げられない私は宗親さんの出方が気になってフルフルと身体を震わせる。
お酒の力を借りていなかったら、こんな無謀なお願い自体出来なかったかも知れない。
でも仕方ないじゃない。
ちょうど二日後の明後日が、ほたるの仕事がお休みで、もっと言うとそこが正にクリスマスイブ当日と言う差し迫った時期だったんだもん。
八月七日の宗親さんのお誕生日に何のお祝いも出来なかったダメダメ妻な私としては、何としてもこのクリスマスだけは外せなかったの。
ほたると、Misokaで二人、男性陣の気配を気にしながら作戦会議をして、プレゼント選びに出掛けるならそこしかない!という結論に達したのだ。
「あ、あの……ほたるから明智さんのお誕生日プレゼントを選ぶのに付き合って欲しいって頼まれて……それで」
恐る恐る彼の様子を窺うように顔を上げて。
本当は自分自身が宗親さんのクリスマスプレゼントを選びたい癖に、すべての罪をほたるに擦り付けるような言い方をした私に、宗親さんが一瞬だけスッと目を眇めたのが分かった。
何につけても察しの良い宗親さんを欺くことなんて無理なのかもしれない。
その瞬間そんなことを思って、ヘビに睨まれたカエルの気持ちでキュゥッと身体を縮こまらせたら、「明智の誕生日、三十日でしたっけ」と存外穏やかな声が降り注いできた。
それと同時、ふわりと頭を撫でられて、「それなら仕方ありませんね。でも、夜は絶対僕のために時間をあけること。――いいですね?」と間近でじっと顔を見つめられる。
康平との一件があって以来、宗親さんの過保護には拍車が掛かっている。
そんな彼を説得してほたると二人きりで出かけることは、かなり困難を極めるだろうと覚悟していた私は、余りにあっさりOKをもらえたことに拍子抜けしてしまった。
「あ、あの……いいんですか?」
驚きの余り思わず間の抜けた声を出してしまった私を宗親さんがギュッと抱きしめていらして、彼が身にまとうマリン系のコロンがふわりと鼻腔をくすぐった。
その香りに包まれた瞬間、自分はいま宗親さんの腕の中にいるんだと実感させられて、凄く幸せな気持ちになった。
いつだって宗親さんはこの上品なマリン系の香りとともに、私のそばにいて下さるから。
彼とは切っても切り離せないその香りに、私はうっとりと身をゆだねて、いつだって宗親さんに守られているんだと痛感させられる。
***
「宗親さん、そ、その……お誕生日には何もお祝い出来てなくて本当にすみませんっ! それで、これ!」
「……え?」
宗親さんが帰宅なさるなり、ガバッと頭を下げながら小さな包みを両手で差し出したら、驚いたみたいにキョトンとされて。
私は恥ずかしさに思わず縮こまってしまう。
「この前Misokaで集まった時、ほたると話していて気付いたんです。私、ずっと宗親さんにしていただくばっかりで何もお返し出来てないって」
考えてみれば、宗親さんは私の誕生日なんて関係なしに、あれこれと沢山のプレゼントを下さったのだ。
一緒に暮らし始めて程なくして、実家にわざわざ出向いて下さった宗親さんは、私が囚われていた〝柴田の跡取り〟という鎖を断ち切って下さった。
あれはきっと、宗親さん以外の男性には出来ない、最大のプレゼントだった気がする。
それに――。
そもそも家なき子になってしまった私に、高級マンションへ住まう権利まで与えて下さって……使っていなかった部屋にエアコンを新調して下さった上、わざわざ私好みの扇風機まで付けて快適に過ごせるよう配慮して下さった。
定期的。餌付けみたいに大好きなチーズとそれに合うお酒を振舞って頂けるのも、私にたかるばかりだった元カレから比べると信じられないほどの好待遇と甘やかしだ。
婚約指輪の件にしたってそう。
私の傷口に塩を塗らないよう、わざわざ形を変えて下さって。
胸元と耳元を飾る、婚約指輪に使われていたダイヤがあしらわれたアクセサリーに触れて、私は彼の愛情の深さを実感する。
ふと左手薬指に視線を落とせば、家事の妨げにならないようにという配慮で滅茶苦茶シンプルなデザインにして下さった宗親さんとお揃いの結婚指輪がキラリと光る。
いつも宗親さんに頂いたものを身に着けていられるのって、何て幸せなんだろう。
離れていても一緒だと思わせてくれるグッズって本当にいい!