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「……喉乾いた」
突然立ち上がって沈黙を破ったのは和葉だった。気怠そうに頭を掻き、大きな欠伸を漏らす。
「え、ちょ……!」
「自販機」
そう言って私の腕を強引に引っ張り、家庭科室から出て行く。突然自販機ってわけがわからない。それだけじゃ会話が成り立ってない。
腕はもう解放されていて引き返そうとすればできるけれど、引き返す気にはなれない。あの空間は気まずくて、私はなにも知らないので下手に口を出すわけにもいかなかった。
「いちごミルク」
「は?」
「飲めるか?」
「う、うん」
単語しか言われないと考えていることを汲み取るのが難しい。和葉は特に口数が少ないので、まだあまりどういう人なのか掴みきれていない。
自販機の前に着くと、和葉がポケットから小銭を取り出した。
ガコン、ガコンと連続ででてくるいちごミルク。和葉はそれを取り出すと、一つ私に手渡してきた。
「あ、お金」
「いらね」
「いらねって……」
「キャラメルくれただろ」
どうやらあれのお礼らしい。
ありがとうと言って受け取ると、和葉と一緒に壁にもたれていちごみるくにストローを突きさす。
口内に甘ったるい味が広がる。顔に似合わず甘い物が好きなんて、和葉って可愛いとこもあるみたいだ。
「和葉が甘党って意外だよね。甘いもの苦手そうなのに」
「苦手だった。昔は」
「そうなの?」
ストローを吸いながら、和葉が廊下をぼんやりと眺めている。その横顔はどこか優しげだ。
「……歩の妹が会う度、甘いモン与えてくるから。気づいたらはまってた」
歩くんに妹がいることを初めて知った。この様子だと和葉は仲いいのかもしれない。
年下の女の子に甘いお菓子を与えられている和葉を想像して、思わす笑ってしまう。ちょっとかわいい。
「笑い事じゃない。アイツ、まじで無理矢理食わせてくるんだよ。拒否すると泣き出すし」
「その妹ちゃんって歩くんと似てる?」
「……あー、顔は結構似てるな」
歩くんの女の子バージョンってことは、かなり美少女に違いない。似ている妹がいるから、からかわれてちゃん付けて呼ばれたりすると、歩くんは嫌がるのかもしれない。
「実里のことは気にすんな。家に帰りたくない時もあんだよ」
「……うん」
それだけではないような気がしたけれど、あまり首を突っ込まない方がいいのかな。
「俺だって帰りたくねーし」
「和葉も?」
「家族仲わりーから居心地よくない」
家の話を聞くのは初めてだった。至って平然とした口調で言う和葉。
なんとなくなんだけど、辛い時期を乗り越えたからこそこうやって平然としていられるんだと思う。
こんな風に話せるようになるまで、いっぱい苦しい気持ちを味わったんだろうなと。
私も、そうだから。
「……家帰れば、母親がキィキィうるせーし。それによって俺は黙る技を覚えた」
「それ技なの? 聞いてるのも大変じゃない?」
「聞いてるフリして聞いてねぇし」
黙って和葉を見上げると、口角を上げて「どうだ、すごいだろ」とでも言いたげな表情。和葉って少し天然なのかもしれない。
苦笑しながら、甘ったるいいちごミルクを飲み干していく。一息ついたところで、私たちは立ち上がった。
「行くか」
和葉が私のもっていたいちごミルクのパックをひょいっと取り上げ、自分の分と一緒にゴミ箱に放った。
「ありがとう」
「ん」
潤みたいに紳士的に接してくれたり、歩くんみたいに困っている人がいたら手の差し伸べてくれるヒーローって感じじゃないけれど、和葉はぶっきらぼうな中に優しさが灯っている。
階段を下り、家庭科室を目指す。そろそろあの空気は変わっている頃だろうか。
「実里……?」
和葉が呟くように小さな声で言った。
視線の先を追うと、廊下の端っこの方で誰かが踞っている。肩には桃色のカーディガンがかかっていた。
きっと、いや間違いなく実里くんだ。
私と和葉はお互いの顔を見合わせると確信し、慌てて駆け寄った。
「実里くん!」
踞っている実里くんが顔を上げる。頬が上気していて、目が虚ろだ。
「はぁ……ぅ……っ」
海の紅月くらげさん
苦しそうに息をしながら、床に倒れ込んでしまう。それに汗もかなり出ている。そっと実里くんの額に手を当てると、高熱だとわかるくらい熱い。これはまずい。
「――け……て」
「え?」
「さ……い……」
それは消えそうなほど小さな声だった。けれど、なにを言っているのかわかってしまった。
「潤に連絡してくれ。俺は背負って保健室に連れてく」
「う、うん。わかった」
慌てふためく私に対して、普段通りの声音で和葉が指示をする。そのおかげで動揺していた私も少しだけ落ち着きを取り戻す。
「実里、大丈夫だ。保健室連れてくから少し我慢してろ」
和葉が実里くんに声をかけながら背負った。実里くんはまともに頭が働いていないようでただ苦しそうな吐息を漏らすだけ。
実里くんを背負った和葉の後ろを追いながら、私は潤に連絡をいれた。
即座にメッセージは既読になり、「わかった。すぐ行く」と返信が来る。
私はただ実里くんの苦しそうな背中を見ていることしかできない。
彼の口から漏れた言葉が、ずっと引っかかっていた。