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暗い灰色の雲が広がる、日没後の空色。 冬休みに入り学校に行く必要がなくなった俺は、シフトを入れまくっておいた飲食店の厨房バイトを終わらせて、あのベンチにドカッと座り込む。
「今日も、更新なし……か」
スマホをジャンパーのポケットに押し込み俯いて頭を抱えれば、悪い想像ばかり掻き立てられ、閉じていた目を開く。
SNS中毒かってぐらいに何度も何度もアプリを開いては、更新を確認し。別の作家アカウントを覗いて情報収集という、最高にヤベェことを繰り返し。小説投稿サイトも確認するが、西条寺華の作品はあの一作のみ。
まるでひっそり消えてしまったかのように、その足取りを追うことは出来なかった。
……まさか、あいつはもう。
縁起でもねぇことが過ぎると体は震え、心臓が痛みを感じるぐらい脈打つ。
関わるな。
これ以上、深入りするな。
今なら知らないフリで終われるから。
脳内より聞こえてくる、もう一つの己の声。
そうだ。俺は何も知らねぇ。
さすがに病気まで俺のせいじゃねーし、あいつとはとっくに切れてんだし、ただの同級生で他人だろ?
だから、忘れたら良いんだよ。
吉永未来なんて、居なかった。
俺は、知らねぇから。
って、どこまで汚ねぇ奴なんだぁお前はよぉ?
今度聞こえてきた声は、真正面に居るであろう自分の声。
自分可愛さ故に、気付いている事実に目を逸らし続けていた俺自身。
冷酷非道。さもしい。狡猾。
お前、本当に生きてる価値のない人間だなぁ?
お前なんか、生まれて来なければ良かった。その言葉の通りじゃないか?
お前のせいで人が死んだ。分かってんのか?
そんな言葉が、俺の首を真綿で締め付けてくる。
「母さん、ごめん。こんな息子で……。俺のせいで、生きられなかったのになぁ」
思い浮かぶのは、いつも穏やかに笑っていた母。
治療で苦しむ姿とか俺には見せなくて、常に前向きで、明日を生きることを諦めなかった、強い心を持った人。
なのに、命懸けで産んだ息子は……。
「ごめん……」
脳内に浮かぶ母親に許しを蒙っていると、まるで返事をするかのように灰色の空から白い結晶が舞ってきた。
俺は、母さんの死に目に会えなかった。
いや、会わなかった。
浅くなる息が怖くて、鳴り響く警告音が辛くて、泣き叫ぶ父を見るのがあまりにも苦しくて。
しかしそれに関して、今でも後悔している。最期を見送れば良かったと。
だからこそ、もう一度自身に問う。
本当にこれで良いのか?
もう、彼女に時間がないことは分かってるよな?
俺はまた、後悔する気なのか?
しかしどこまでも情けねぇ俺の足は一歩も動かず、代わりに動く手を使って操作するのはスマホ。
自分で行動を起こしたことがない俺は、どこまでも流される形でしか行動がとれないでいた。
「……あ!」
SNSが、更新されている。
あいつ!
気付けば俺はスマホを強く握り締めていた。良かった、本当に。
投稿されてある一枚の写真はいつもと違う場所からの景色で、デカいクリスマスツリーとその横には窓が写ってあり、街を彩るイルミネーションと白い雪が映し出されていた。
『MerryXmas。今日は無理して共有スペースに来た。本当に綺麗。最後に見れて良かったな』
それを読んだ瞬間、俺の体は勝手に動いていた。
雪が舞う中、全力疾走で家まで走って行き、タンスの中を漁って一番清潔なシャツと上着を取り出し、こんな時だってのにシャワーを浴びて体を綺麗にしていく。
ざっとバスタオルで拭いた髪や体は湿ったままだが、時間がねぇ。そのまま服と上着を着て、ジャンパーは汚ねぇからと着るのを諦め、仕舞っておいたマスクを取り出しポケットに入れた。
玄関ドアをバンと開ければ、雪は本降りになり、一面の雪景色となっていた。
濡れた体は一気に震え上がり、部屋着みたいな生地の薄さではこの冷気を防いでくれるわけはなく、俺の体を突き抜け吹雪いてきやがる。
凍り付きそうな寒さ、いや、髪が実際に凍り付いたが、そんなのどうでもいい。
俺はただ走った。走り続けた。場所は分かっている。
あの桜の並木道に先にある専門病院だ。
速く! 速く! これがあいつと会える、最後のチャンスかもしれねぇ。
桜の並木道を抜ければクリスマスツリーとイルミネーションにより彩られた街が出迎えてきやがって、すれ違う奴らは賑わっていたが、んなもん眼中になくひたすらに走り抜けていく。
いつもは、どーでも良いだろと思いつつ苛立ちが湧き立っていたが、今は本心から思う。
本当にどうでもいい。だって俺は……。
がむしゃらに進むと懐かしい建物が見えてきて一瞬足の動きが停滞するが、冷てぇ頭を掻き上げ、投稿写真と照らし合わせ階層に目星をつける。
同時にあいつの状況を思い知った俺は、もう一度自身に問う。
本当に良いのか? 辛い現実に向き合う覚悟は出来ているのか?
ムリならやめろ。引き返せ。
走っている間に、頭の中を駆け巡っていた言葉。
俺はそんな考えを振り切り、足を前へと進めていく。
何も変わらない正面玄関前に立った俺は雪で濡れた頭を同じく濡れた上着で拭き、そのままシャツ一枚で歩き出す。
現在も正面玄関の解錠時間は六時までのようで、ギリギリだったと思いつつドアの前に立つと自動に開いてくれる。
途端に漂う、病院特有の匂い。
それは一瞬でガキの頃の自分に戻してきて、どうにも気分が悪ぃ。
最後にここに来たのも、母親が死んだ十二月だったしな。
『須藤翼さん』
『私に小説の書き方を教えてください』
『藤城くんは、どうして小説を書き始めたの?』
『藤城くん、発見っ!』
だけどよ、鈴を転がす可憐な声が俺の中でこだましている。
凛とした表情、華を舞わせる笑顔、時折いたずらっ子のように子どもっぽくなり、こっちの毒を抜き調子狂わせてきやがる。
会いたい、声が聞きたい。あいつは今どうしているんだ? 頼む、謝らせてくれ。
そんな思いを抱えながら、病棟に続く階段をひたすらに登って行く。
呼吸も足も限界なんかとっくに越しているが、そんなのもう知らねぇ。
気力だけで目星を付けた階まで登っていった俺は、病棟の共有スペースに辿り着く。
そこにはテーブルと椅子が配置されており、そして外の景色を一望出来るデケェ窓。そして俺の身長より高いと思われるクリスマスツリーが、チカチカと光っていた。
そんなツリーと窓からの景色を眺めるのは、点滴に繋がれた人。
椅子に座る背中はあまりにも小さく、雪を眺める顔はガラス越しに反射して見えた。その表情があまりにも儚く、マスク越しでも分かるほど彼女は。
そんなあいつの元に息を整えつつ近付いていくと、俺も同様に反射しガラス越しに目が合った。
「……え?」
少し掠れた声を出して振り返ってきたのは、水色のパジャマにピンクのカーデガンを羽織り、毛糸の帽子を被った女性。
見間違える程痩せ細った、吉永未来だった。
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