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穏やかな春の昼下がり、窓際の日がよく当たるデスクで伸びをする。息を吸い込むとそれぞれの昼食の残り香が鼻腔に入り込む。
セブンイレブンの親子丼、チェーンのパン屋のサンドイッチ、加藤さん家は愛妻弁当(少し臭う、餃子入り?昨晩の夕飯の残りだろうか) (ちなみに私の昼食はインスタントのぶぶか油そばである。加藤さんの事は言えない)。
致死量の炭水化物と油摂取による爆裂眠気を抑えるためにカフェオレを淹れる。
インスタントのコーヒーの粉をお湯で溶かし、コーヒー2:牛乳8。目分量なのでいつも味わいが違うが、それもご愛嬌。
ゆらゆらとコーヒーもどきを揺らしながらデスクに戻り、すすろうとしたその瞬間、仕事用携帯がカタカタと揺れる。
画面には『エッチ公安 末廣』の文字。休憩明けに早速かよと思いながら着信を押す。
「お疲れ様です、猪ノ口です…」
「お疲れ!休憩明けで悪いんだけどさ、ちょっと緊急の案件入っちゃって!すぐ来てくれない?」
電話口の直属の上司である末廣は、ちっとも悪いと思ってなさそうな口調で言う。
「了解です。今度はちゃんとした仕事なんですよね?」
「もちろん!今まで変な仕事回した事なんてないでしょ〜」
あるから聞いているのだ。悪い奴ではないが、いつも変な案件ばかり持ってきて、仕事を回されるこっちの身にもなって欲しい。
「…。すぐ向かいます」
沈黙で反抗の意を示し、そのまま電話を切る。本来上司の電話は向こうが切るまで待つのが礼儀だが、この上司にまともな対応をしようとは思わない。
いれたばかりのコーヒーもどきを、せめてもの意地で半分飲み、足早にエレベーターに乗り込んだ。
地下1回の文字がオレンジに点滅し、エレベーターの扉が開く。重い足をゆっくり前に出し、なんとかフロアに降りる。いつもいる3階とは電球の数が違うのだろうか、薄暗くきな臭い雰囲気が漂う地下1回、場所は言われなかったがどうせここだろうと第1会議室の扉をあける。
「おー、早かったね!」
赤茶色の肩までの毛を揺らしながら、末廣が笑顔で振り返る。黒のスラックスに紺と白のブラウス。足元は黒のパンプス。一応ストッキングも履いているようだ。
一見するとマトモそうに見えるが、油断してはいけない。末廣が書き込んでいるホワイトボードには、「アナルセックスの危険性について」「肛門の本来の役割」「肛門は入口か出口か」など訳の分からない議題が並んでいる。
「お疲れ様です。…まさか、これの為に呼んだわけじゃないですよね?」
「もちろん!今日は別の用事があってね。とある事件を回されたんだ。ほんとは、佐藤さん来てからがいいんだけど…」
ほっとしたのもつかの間、もう1人の犠牲者の名前を聞いてため息をつく。私だけならまだしも、3人が揃うとなると、なかなかのおおごとなのではないか。
「遅れてすみませーん!」
犠牲者2が勢いよく扉をあけ、転がり込んできた。黒のサラサラストレートの髪が揺れる。末廣と同じく、黒のスラックスを履いているが上は何故か赤と緑のストライプニット。海外のクリスマスダサニットコンテストを連想させる。
「猪ノ口ちゃんも今来たところだよ!じゃ、早速始めようか」
「はい!今日はなんの御用でしょうか!」
ダサニットは、キラキラした瞳を真っ直ぐに末廣に向ける。今までの仕事内容を忘れてしまったのだろうか。
「実は、今日は別部署で解決できなかった問題を、こっちに回されたので皆を集めたんだよね」
嫌な予感がする。嫌な予感がするが、とりあえず私もパイプ椅子に腰掛け、卑猥なホワイトボードの方を向く。
「デデーン!」末廣が勢いよくホワイトボードをぐるりと回転させた。裏に書いてたのね。なら表の不穏ワード達は一体何だったんだ。
「黒川小学校付近不審者取り締まり」
マトモそうな文面に一瞬安堵したが…
「不審者取り締まり…?」
「そう!実は最近近所の黒川小学校近辺に、全裸コートの不審者が彷徨いているらしい。交番勤務の方々も忙しいという事で、我々が見回り、取り締まりをする事になりました!」
わー!と佐藤が手を叩いて盛り上げる。
「それ、私たちの仕事じゃなくないですか…?なんなら私普段広報の仕事してますし…」
「確かに…私も普段は、警察犬の訓練してます!私たちで大丈夫でしょうか…?」
佐藤もさすがに不思議に思ったようで付け加える。
「それが…ただの不審者じゃなくて、警察に向かって歩いてくるみたいなんだよね。」
深刻そうな顔で末廣が続ける。なら尚更そんな危険な仕事任される意味が分からない。
「若い女の警察官を狙うらしく、近くの交番の方は新人さんで若いので危ない、男だと不審者が出てこない… そ!こ!で!エッチ公安の出番!年取ってはないが、若いと言われれば若くはない!ギリギリボーダーな我々に是非!と受け入れた訳さ!」
お前が受け入れてんじゃねーか!という言葉が喉元まででかかったが、何とか飲み込んだ。
「すごい!それは私たちにうってつけの仕事ですね!」
キラキラした瞳で佐藤が続く。自分たちの年齢を軽くディスられていることに気づいていないのだろうか。
「それ、不審者が寄ってくるのは別にいいけど、その後どうするんですか?」
「いい質問でーす!不審者をギリギリまでおびき寄せ、近くの交番まで誘導、待機してる警官にバーン!としているところを目撃してもらい現行犯逮捕って作戦!」
バカじゃねぇのか?
「え!?天才すぎる!」
お前は黙っとれダサニット
「それだと、私たちは確実に不審者の全裸を見る事になりますが… 」
「え?見たくないの?不審者の全裸」
末廣が不思議そうな顔をこちらに向ける。佐藤も何か問題が?とでも言うような表情だ。こいつらといるとまるで自分がおかしいかのような錯覚を覚える。
「とりあえず!受けちゃったから!エッチ公安!出動!」
「おー!」
不審者の全裸に謎に盛り上がる2人を横目に、盛り上がれない私は、ぶぶか油そば風味のため息をついた