テラーノベル
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「良かった!お爺さん生きてたのね?」
「わっはっはっは! 何を言い出すかと思えば。確かに死にかけのジジイなのは認めるが、生憎と死んだことはまだない。ま、この歳だ。お迎えもそう遠くなかろうよ」
しかし暗くてよく見えなかったが確かにこの人が倒れているのは見たと思う。腕を無くして血を流す姿は確かに見たのだ。
「――全部夢だったってこと?」
それを目の当たりにして、直後にエミリアも盗品蔵で襲われた。しかしロム爺もエミリアもここにいる。
ならばあれは夢だったのだろうか。
だとしたらエミリアがフリューゲルと盗品蔵を探し回ったことはどうなる。
「ウジウジしてても仕方ないもの、私はもう一度フリューゲルに会いたい。」
確かに、分からないことだらけだ。自分がなんで異世界にいるのかもわからない。でも、盗品蔵にいる理由はわかっている。――それは、フリューゲルに恩を返すため。
あれが、もしも夢だったとしても、フリューゲルは王都にいるはずできっとここにたどり着く。
なら恩返しはまだ終わってない。
今私にできることを精一杯やろう、こうして盗品蔵にいるのもきっと何かの縁、そう思うことにした。
△▼△▼△▼△
「儂の見立てじゃ、この交渉はそっちの嬢ちゃんに傾く。お前さんと雇い主には悪いが、この金貨は袋に戻して帰ることじゃな」
無骨な掌で聖金貨20枚、それにどれほどの価値があるのかエミリアには分からない、がそれを押し返すロム爺の様子からこちらの出した条件のほうが良かった事が分かった。
「やった!じゃあその徽章は私がもらっちゃっていいってことよね?」
思わず立ち上がってバンザイしたエミリアとは違って
フェルトは異存なしと頷き、エルザもまたさほど気落ちした様子もなく肩をすくめた。
これでは大はしゃぎしたエミリアが浮いてしまう。
「あっ……そうよねごめんなさい、きっとエルザさんは雇い主に怒られちゃうわよね。」
「仕方のない話よ。私に落ち度があるならともかく、この場合は雇い主が支出を少なく済まそうなんて考えたのが悪いのだし」
「聖金貨二十枚持たせて少ないじゃ、ちょっち浮かばれんのぅ」
「それじゃ、交渉は残念な結果だったけれど、私はこれで失礼するわね」
立ち上がるエルザを皆で見送る。
最後に残ったミルクを飲み干して、舌でそれを舐め取ったエルザは、ふと思い出したようにエミリアを見据えた。
「――そういえば、あなたはその徽章を手に入れて、どうするの?」
どこか低い、感情の凍えた問いかけだった。
「元の持ち主に返すの――恩返しをしたくって……」
言ってしまってから、エミリアは自分の明らかな失言に気付いた。
盗んだ少女と、その盗みを依頼した人物の目の前で、盗まれたものを盗まれた相手に返すと宣言したのだ。
それは敵対宣言にも等しい宣告であり、
「――あら、関係者なのね?」
エミリアの不用意な一言を切っ掛けに、事態は一瞬で血腥い方向へ動いてしまった。
△▼△▼△▼△
「ロム爺!」
もう動かなくなったロム爺。
その傍らに膝をついたフェルトは、悔しそうに唇を噛みしめ、自分の無力を憎むような怒りを瞳に宿していた。
「……悪かったな、巻き込んじまって――アタシはロム爺を置いていけない、その間に逃げるなり、好きにしろ」
突然の出来事に動けなくなっているエミリアにフェルトはそう詫びた。
「そんな!それじゃフェルトが――」
言いかけて、言葉が詰まる。こんなときでも目の前の状況に対処しようとフェルトは懸命だ。
それに比べて自分はどうだ、無駄な事を喋って死ぬ必要のなかった人を死なせて、体験した死の恐ろしさから動けなくなっている。
「私――私はどうすれば」
そんなエミリアから視線を外し、エルザと向き合うフェルト。
彼女自身も一般人からすれば戦えるほうなのはエミリアにもわかる。それでも力の差は歴然だ。
「余計に手向かうと痛い思いをするかもしれないわよ」
「反撃しなくても殺す気だろーが、異常者め」
ゆるゆると首を横に振り、エルザが曲芸師のようにククリナイフを扱ってみせる。
自由自在に回転する刃、それが唸れば結果は見えている。
あとは――、
「終わりにしましょう。2人合わせて天使に会わせてあげるわ」
△▼△▼△▼△
「――嬢ちゃん、ボーっとしてんなよ。リンガ、食うのか?」
意識が覚醒した瞬間、エミリアの目の前にあったのは赤く熟した果実だった。
リンゴそっくりなそれを見て、ふとフォルトナ母様がよくおやつに出してくれたことを思い出す。そういえばウサギの形に切ってくれたりしたっけなんて益体もない思考が走る。
「おい、嬢ちゃん――泣いてんのか?」
中年が眉をひそめて、エミリアに声をかけてくる。
それを聞いてどこか判然としない意識の中から、今さっき身体から抜け出ていった命を感じ顔を上げる。
得体のしれない液体が顔を伝っているのが分かった。
「もうわけわかんない」
それだけ呟き、エミリアはこみ上げてきた吐き気と目眩に翻弄され、膝から崩れ落ちた。
△▼△▼△▼△
「水だ。飲めるか?」
差し出された陶器を受け取って、エミリアはそこに注がれた水をちびちびと舐める。
水はひんやり冷たくて、舌先から乾いた口の中に染み込んで陰鬱に沈んでいた気持ちも潤していくようだった。
「おいしい……すごーくありがとう、けどお店の邪魔よね、私は大丈夫だから――」
「よせよせ。いいんだよ。店先でぱったり倒れられてみろ。うちの商品食って倒れられたみたいで笑い話にもならん。日陰で落ち着くまで休んでろよ。」
こちらに来てから人に助けられてばかりのエミリア。こんなあったかい人ばかりなら良かったのに。漠然とそう思う。
優しい人だらけの世界で、ただ好きな人の背中を追いかけれたらどんなに幸せだろうか、それを運命が許してはくれない。
「この場所も私を許してくれない、きっとそれだけのことなんだ、いつも通りきっと大丈夫。」
諦めの言葉と笑みが浮かび、エミリアは盗品蔵とは反対の方向へ歩き出そうとする。
アテがあるわけじゃない、けどなにもかも諦めてまた一人になるのも一つの結論だ。
ここにくる前だってそうなってきたのだ。もともと人と仲良くするのが苦手で自分に自信もなくて――
「え……?」
顔を上げて、逃避の一歩を踏み出す瞬間、エミリアの口から困惑の声が漏れていた。
見開く視界の中、行き交う人波が立ち止まるエミリアを避けるように通り過ぎていく人混みの中。
――白いローブを羽織った短い銀髪、鋭い目付きの青年が目に止まり紛れもなく彼であると確信した。
「ちょっと待って……行かないで……っ。お願い、待って……」
一瞬、こちらを見た彼の瞳に困惑の色が見えた。
一緒に徽章を探して、でもはぐれてしまって――ほんの数時間、彼にしてみれば初対面と大差ない。最低限の警告すら守らず、自らの身を危険にさらした憎むべき相手でもあったかもしれない。
「ねぇ待って!――フリューゲル!」
それも謝りたい。謝ってもう一度横を歩かせてほしい。
どんな風に思われているかわからない。ならばせめて、どう思っているのか言ってほしい。
想像するしかない想いに傷つけられる痛みはよく知っているから。
「無視しないで。いなくなったのは本当に私が悪かった。でも、私もちんぷんかんぷんで……あのあとも盗品蔵まで探しにいったし、それでも会えなくて……」
肩に触れられたフリューゲルが驚きを顔に浮かべる。
振り返った彼に対し、口を開けば飛び出したのは言い訳の言葉ばかりだった。
嫌われたくないその一心だった。
「ごめんなさい、自分のことばっかりで。……でも、無事でよかった」
二人、またこうして出会えたことが何より嬉しかった。
「あんた……」
エミリアが口を閉ざすと、それと入れ替わりに唇を震わせるフリューゲル、しかしその目はその顔は、エミリアの知るものフリューゲルの表情ではなかった。
「一体どういうつもりなんだ――!」
「えっ」
「人を『嫉妬の魔人』の名前で呼んで、どういうつもりなんだよ!」
放たれた想像の外からの怒声によって、エミリアの心は粉々に打ち砕かれていた。
△▼△▼△▼△
「お前一体は一体何者でどんな理由があってそんなことを言ったのかしら、答えによっては容赦はしないのよニンゲン」
エミリアへ向けられる冷たい視線、それは目の前のフリューゲルからだけではなかった。
忙しなく行き交っていた人々すら足を止めエミリアを鋭く見つめる。
中でもエミリアに深く突き刺さるのはベアトリスの視線だ。彼女の目は強い怒りをはらんでいて、威圧感に圧倒されてしまう。
「え、そう呼んでって……」
「いったい”誰”がそんな悪趣味なことを言うのよ、乗る方も乗る方かしら。――禁忌の象徴、『嫉妬の魔人』口にするのも憚られる、そんな名前を呼び名に選ぶなんて。」
彼女の言に頷くのは、周囲を取り巻いている群衆の全てだ。それはとりもなおさず、彼女の言葉の正しさを証明しており、それがますますエミリアの心を戸惑いに押し込める。
「だって……私は確かに……」
「……”スバル”もう行くのよ、やっぱり王都になんて出てくるべきじゃなかったかしら。こんな意地の悪いことを平気でできるなんて、なんともおぞましい奴がいたことかしら」
そう言って彼の手を掴み歩き出してしまう。
なにを言われているのかわからない。
いったいどうすればいい。なにが間違っているのかもわからないまま、ただ間違っているとだけ叱責されるのだ。
お前はここにいてはいけないのだ、と糾弾する声が聞こえてくる気さえして、もう何度目かもわからない涙が溢れてくる。
――そのときだった。
「――本当に悪気はなかったのか?」
声が聞こえて顔をあげる。さっきまでの彼の怒りの眼差しは気づけば困惑と心配それが入り混じったように変わっていた。
「あ……」
きっとエミリアが顔をぐちゃぐちゃにして泣いているのをただ事ではないと思ったのだろう。
その心配すら今は心を抉る。自分は好きな人を何度も何度も困らせて、遂にはこんな目をさせてしまった。
その事実が耐えられなくて、流れる涙は更に勢いを増す。
「ごめんなさい」
「あっ、ちょっと――」
気づけば逃げるようにその場から走り去ってしまっていた。
△▼△▼△▼△
一人ぼっちは慣れっこだと思っていた。
そう思っていたはずなのに――
「おいそこの女ァ、身ぐるみ全部置いてけ。その珍しい着物と履物も全部だ。肌着は着ててもいいぜぇ?俺らも悪魔じゃねえからな!」
乱暴にエミリアの腕が掴まれる。
数時間前にも出会った三人組だ。大方エミリアがもう一度一人になったのを見計らって戻ってきたのだろう。
エミリアの気持ちなんてお構いなしに世界は進んでいく。
「……そう」
「あぁ……?なんだこの女普通キャーとかイヤーとか言うだろつまんねぇ」
必死に腕を振り払おうと思えばできたと思う。
必死に走れば逃げることもできたかもしれない。
けれど身体は動かなかった。
「……もうどうでもいいの」
「これを見てもそう言えるのかよ!」
いつの間にか男の手にはナイフが握られていた。ぺしぺしと、ナイフの腹で胸を叩かれる。
あれで刺されたら死んじゃうな。と他人事のような思考がよぎった。
死ぬ前にせめてもう一度。ちゃんと謝れれば良かった。
それすら自身の傲慢であるかのように思えてくる。
「――っあ」
熱いものが胸の奥に潜り込んだ
「――おいおい、本当に刺しちまったのか」
ぐらりと体が揺れて膝から崩れ落ちる。
身体中から力が抜けて視界に映るのは冷たい石畳だけだった。
「仕方ねえだろ。このままほっといて表に逃げられてみろ。面倒どころの話じゃねえ」
「あーあ、こりゃダメだ。内臓まで傷付いてっから死ぬな。……着物もびちゃびちゃだ」
刺された。
それを意識した瞬間、堪え難い激痛が全身に走る。
肺に刺さったのだろう。呼吸が苦しくなっていき、思考は今にも途切れそうなほど弱々しい。
手足の感覚は消え、自分がうつ伏せなのか仰向けなのかもわからない。
意識が闇に沈んでいくのをただぼんやりと感じていた。
△▼△▼△▼△
「――嬢ちゃん、ボーっとしてんなよ。リンガ、食うのか?」
「ねぇおじさん、私の顔を見るのって、何回目?」
頭に浮かんだ仮説を確かめる為に質問をする。
「何回もなにも新顔だろ、嬢ちゃん。その目立つ格好なら忘れないぜ?」
その答えを聞いて、自分の持ち物を確認して、自分の胸を触って、そうして仮説は信じ難い事実へと変わった。
「死ぬたびに……時間が戻ってる?」
時間逆行――それが事実であるなら、エミリアが異世界で体験したことの大部分はなかったことになっているはずだ。
路地裏のいさかいや、盗品蔵の出来事、三度の死。
それと、
「フリューゲルとの約束も……」
一緒に歩いたことも。
探し物をしたことも。
全部、自分だけの記憶だ。
「――っ」
胸の奥がきゅっと締め付けられる。
一人ぼっちは慣れっこだと思っていた。
けれど違った。
本当はずっと一人じゃなかった。
母様がいて。
父様がいて。
だから寂しくなんてなかったのだ。
今は違う。
この世界には誰もいない。
誰も自分を知らない。
誰も自分を覚えていない。
「母様……」
思わず零れた呟きと共に、記憶の底から懐かしい声が蘇る。
『あなたは一人なんかじゃないわ』
『母様は、いつだってあなたのそばにいる』
よく泣く方だったと思う。そのたびにこうして母様は声をかけてくれたのだ。
『目をつむって、浮かぶあなたの思い出の中に』
『腕を抱いて、温かくなる胸の中に』
『声を出して、その声が響く空の下に』
エミリアはぎゅっと自分の腕を抱いた。
震えは止まらない。
涙も止まらない。
この世界に母様はいない。
それでも、
『ずっと、母様はあなたと一緒』
『ずっとずっと、いつまでも一緒よ』
たとえ忘れてしまっても、たとえ世界が変わっても、変わらないものがあるはずだ。
だってこんなにも――
「胸があったかいんだもの」
世界がゼロから始まってフリューゲル――彼は覚えていないのだろう。それでもエミリアはやらなくてはならない。
「約束を果たしに行かないと」
エミリアは立ち上がり涙を拭う。
「そうじゃないと、母様に叱られちゃうもんね」
えいっ!と自分に喝をいれエミリアは走り出したのだった。
はてな(((・・;)
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#リゼロ
コメント
9件
初コメ失礼します! カバー画像のエミリアも可愛いし作品も最高でした!
あおいです🌷 第2話、読ませていただきました。 エミリアが「死ぬたびに時間が戻ってる」と気づく場面、胸が締め付けられました…。自分だけが覚えている約束、誰も知らない記憶——それでも「約束を果たしに行かないと」と立ち上がる強さに、涙が出そうになりました。母様の言葉が彼女の背中を押すシーン、とても温かくて好きです。フリューゲル(スバル)とのすれ違いも切なくて、この先どうなるのか気になります…!