あれから、俺は何となくトラゾーに避けられるようになった。
やっぱり、別に好きな人ができたのか。
理由としては2人で会う頻度が減った。
そこまでの頻度ではなかったけど、おそらく疑われない程度に回数を減らされている。
「トラゾー」
「?はい?」
「…なんかあった?」
トラゾー的に変に思われない為にもこうやって部屋に招いているのだろうけど。
戸惑う顔をするトラゾーは視線を逸らした。
緑の目はゆらゆらと揺れている。
「、ぇっと、なにかとは…?」
じっと見つめると、明らかに動揺している。
何か、隠してることが確定した。
「俺になにか隠してることない?」
「隠してること、ですか……いやいや、俺がクロノアさんにそんなことできるわけないじゃないですか」
手を振って否定するトラゾーをじぃっと見つめる。
「ホントに…?」
「ほ、ホントです」
「体調悪いのに無理してるとかないよね」
彼は熱があったり、体調不良を隠すことがあるから。
「そ、れはないです」
「……」
訝しんで見る。
「…ほんとに?」
「ほん、とです…」
また視線が逸らされた。
「……ほんと?」
「、ゔ…」
俺の視線に耐えかねたのかトラゾーは渋々白状した。
「……ほ、ほんとはちょっと熱があります…」
多分、朝から体調は悪かったんだろう。
無理を通して悪化させたというのが聞かずとも分かる。
そんなに無理をしてでも、俺と会うことを優先してくれたのは純粋に嬉しかった。
偽装なのかもしれなくても。
どう言い訳をしようとぐるぐると考えているトラゾーの額に手を当てた。
「っ、!」
その瞬間、すごい速さで避けられた。
俺の手が冷たいせいかとも思ったけど、顔を見れば違う様子だ。
「…ちょっとじゃない、すごい熱いよ」
実際、一瞬しか触ってないけどかなりの熱があるっぽい。
「ぁ、え…?」
避けられたことに関して何も言わず、とりあえずトラゾーが飲みかけていた水を渡す。
「色々買ってくるから、ちゃんとベッドで寝てな」
ぽんぽんと頭を撫でて、部屋から出る。
それは避けられなかった。
「……まさかマジで、いる…?」
あの避け方はいくらなんでも不自然すぎる。
一瞬、やってしまった、という顔をしたトラゾー。
すぐに表情は戻されたけど。
嫌われてはないと思う。
トラゾーはそこまで器用じゃない。
でも、俺以外の人に想いが向いてるのかもしれないと思うだけでよくない感情が湧き出る。
俺じゃない相手に笑いかけるトラゾーや、他の人の隣に立っているのを想像して、ふつりと苛立つ。
「……絶対、誰にも渡さない」
そう言ったら、どんな顔をするだろうか。
見てみたい気もするけれど。
いや、今はとりあえず必要な物を買って早々に彼の元に戻らねば。
そう思い、ドラッグストアに急いだ。
────────────、
部屋に戻ってみれば案の定、ソファーのところでぐったりするトラゾーを見つけた。
苦悶の表情で、額には汗も浮かんでいる。
「だと思ったよ…」
買ってきた物は置いて、意識のないトラゾーを抱える。
意識のない人間は重いとトラゾーから聞いてはいたから確かに重い。
ただ、運べないことはない。
負担のないように寝室に連れて行き寝室に着いてゆっくりと彼をおろす。
買ってきた物たちを取りに行き、また寝室に戻る。
うぅ、と小さく唸るトラゾーを見て、違ったよくない感情が出てこようとしていた。
そこで首を横に振り、汗の滲む額を拭いてあげ冷却シートを貼る。
小さく荒い呼吸を繰り返す紅潮したトラゾーは見ない方がいいと背を向けた。
と同時に俺のスマホが鳴る。
かけてきたのはぺいんとだった。
『すみませんクロノアさん、2人でいるところ。…いきなりで悪いんすけど、トラゾーの反応どうでしたか?気になっちゃって…俺もなかなか手伝ってあげれないから…』
「だから、トラゾーは自分のことだって、分かってない」
『え⁈』
病人前であまり大きな声が出せない為、ボソボソと喋る。
『鈍感すぎません…いや、トラゾーだからそうか…。もう、いっそのこと押し倒して既成事実作ればいいんじゃないですか』
「そんなことできるわけないだろ」
思わず苛立った声で返してしまった。
その声にぺいんとがたじろいだのが分かる。
同意のない行為なんて、相手を傷付けるだけだし虚しいだけだ。
俺はトラゾーのことを悲しませたり傷付けたくはない。
それに、絶対に嫌われたくない。
「俺はそんなやり方しない」
「…くろのあさん…?」
はっとして振り向くとぼんやりした表情のトラゾーが首を傾げていた。
慌ててスマホを下ろし、笑いかける。
「起きた?ダメだろ、ちゃんとベッドで寝てなって俺言ったじゃん」
「ごめんなさい…思ったより、体動かなくて…」
起きあがろうとしてたからそれを制してぺいんとに切るねと言って通話を終えた。
「いいよ。それよりこれ飲みな」
某有名な経口補水液を渡す。
熱とか脱水の時はこれがいいとおすすめされた。
「少しずつ飲むんだよ」
トラゾーの体をゆっくり起こし、コップに注いだ物を渡す。
「ありがとうございます…。クロノアさんは優しいですね…」
「誰にでもじゃないよ」
ちびちびと補水液を飲む姿にほっとする。
とりあえず飲むことはできるっぽいようで安心した。
「じゃあ、俺は特別ってわけだ。ふふ、嬉しい…」
「…そうだよ、トラゾーは特別」
当たり前のことを言うトラゾーのコップを持ってない手を握る。
握った手はとても熱い。
この手を振り解かないでほしいと、願う自分がいた。
さっきのように避けないでほしいと。
「えぇ…?そう言いつつ、他の人にも言ってるんでしょー…モテ男は違いますねぇ」
熱のせいでよく分からないことを言うトラゾーにむっとした。
「言わないよ。俺がそんな軽薄な男に見える?」
表情に出てたのかトラゾーはくすくす笑っている。
「ふふっ、冗談です。クロノアさんは、そういう人をとても大切にしそうですもん…大好きな人は裏切らないの、ちゃんと分かってますよ」
「当たり前だよ。好きな人泣かせたくないし、傷付けたくないから」
握る手に微かに力を込める。
「クロノアさん…?」
「トラゾーはそのまま、俺のことを信じててくれる?」
「信じるも何も、クロノアさんを疑ったことなんて一度もありませんよ…?」
これは本当に思ってくれていることだ。
信用も信頼もされてる。
そう自負してもいいくらいには。
でも、本当にそう思ってくれてるのかと、他の人に同じこと言ったりしてないよねと考える俺がいた。
「…、そっか」
握っていた手を離す。
疑いたくないのに、俺からトラゾーが離れていくような感じがしてならなかった。
「?変なクロノアさん」
そんな俺の思いなんて知らないトラゾーは首を傾げるだけだった。
「体調不良のトラゾーはいい子で寝てなさい」
ぼんやりするトラゾーはまた寝落ちしそうで。
持っていたコップを落としそうになっていたからそっとそれを取り再び寝かした。
「今日はずっと傍にいるから、寝てたらいいよ」
「ふは、…それは安心ですね」
「……安心かどうかは分からないけど」
好きな人、ましてや生涯を共にしようと思ってる相手にそんな無防備にならないでほしい。
熱があるから、抑えられてるだけで。
「ん…?」
全く意図が伝わってないようで安心したけど、どことなく残念にも思ってしまった。
「ううん、何でもないよ」
そのまま、今は意味が伝わらないでほしくて曖昧に笑った。
「トラゾーはとにかく寝る。またぺいんとたちに怒られるよ?」
俺らの目の前で倒れたことは未だに忘れられない。
無理して体調悪いのを隠そうとして、迷惑かけたくないからって倒れたら本末転倒だ。
あんな寿命が縮むようなことしてほしくない。
俺たちは誰1人だって迷惑に思ったことなんてないんだから。
「我慢したり、無理はしちゃダメだよ。心配かけるのも程々にね」
一定のリズムで胸の辺りを優しく叩く。
母親が子供を寝かしつけるかのようにして。
「おれ、こどもじゃないです…」
幼なげな言い方に寝るだろうなと思いつつ、手は止めない。
「とか言いつつ眠そうな顔してるよ」
「うぅ…」
瞼がおりていき、緑の瞳が隠れていく。
心地よく思ってくれてるのか、トラゾーは笑みを浮かべている。
「みんなトラゾーのこと好きなんだから、急に倒れたりして俺らの心臓が止まりそうなことはやめてよ」
ポンポンとリズムを変えずそう注意した。
あんなのは2度とごめんだ。
「おれも、みんなのことすきです…あと、それは、きをつけます…」
「ホントかなぁ…」
殆ど閉じかけた目を無理やりこじ開けるかのように、俺をトラゾーは見上げてきた。
「くろのあさん」
「ん?」
「…っ、ありがとう、ございます…」
最初に開けた口の形が発せられた声と違う気もしたけど、そこは敢えて聞かないことにした。
「いいえ、どういたしました」
慈しむ、と言うのはこういう感情なのだろうなと微笑むと、おそらく俺しか見たことのない無防備な顔でふにゃりと笑い返された。
「あと、…おやすみなさい…」
「…おやすみ」
トラゾーは安心したように眠りに落ちた。
汗で剥がれかけている冷却シートを貼り直そうとした手を止める。
眠りに落ちた彼の額に唇を寄せて軽く触れた。
どうか、早く良くなりますようにと祈りながら。
コメント
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なるほど、krさんはそんな会話をしてたのか… 個人的には無理矢理は嫌だと言ってる割には襲ってしまいそうになって理性で堪えてるのがものすごく好きです(๑♡∀♡๑)