《NASA/PDCOオペレーションルーム》
壁一面のスクリーンに、
また新しい地図が映し出されていた。
青い地球。
そこに、赤い細い帯が
斜めに一本走っている。
「……Fragment B の“今日のコリドー”です。」
解析担当が、
レーザーポインターで帯の両端を指した。
「北太平洋の中央部から、
東アジアの沿岸をかすめ、
その先はまだ“広い可能性”の中に
消えていきます。」
アンナ・ロウエルが、
腕を組んだまま数字の一覧に目を走らせる。
「衝突確率は?」
「依然として、
数十パーセント台を維持。」
「“かなり高い”と言えるレベルですが、
落下地点については
まだ“国名を言える段階ではない”です。」
別のスタッフが問いかける。
「……ツクヨミとの
“時間的な兼ね合い”は?」
軌道ダイアグラムが切り替わり、
地球の周りに
二つの細い線が描かれる。
片方は Fragment B。
もう片方は、
まだ存在しないはずの
ツクヨミの軌道。
「JAXAからの最新プロファイルによると、
**Day31打ち上げ → Day26接近衝突**。」
「このウィンドウを逃すと、
必要なΔVが一気に増えて
現実的なミッションじゃなくなる。」
アンナが
小さく息を吐いた。
(“第二の矢”に残された時間も、
オメガに残された距離も、)
(もう、
驚くほど少ない。)
「SMPAGの最終レビューは?」
「あと二時間でオンライン会議です。」
「議題は一つ――
“TSUKUYOMI:GO か NO-GO か”。」
アンナは、
スクリーンに映る細い帯を見つめた。
(どの国の上を通るにせよ、
この矢を撃たなかった場合に
誰が眠れるのか。)
「……いいわ、準備を続けて。」
「“日本の矢”を
“人類の矢”として承認するのが、
今日の私たちの仕事よ。」
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/ツクヨミ統合会議》
会議室の中央に置かれた大型モニターには、
種子島宇宙センターの
発射台の映像が映っていた。
巨大な白いロケット。
そのフェアリングの中に
ツクヨミが収まっている。
「種子島側、
ロールアウト完了。」
「発射台固定、
チェックリスト進行中。」
無線の声が、
スピーカー越しに響く。
白鳥レイナは、
手元のタブレットに表示された
最終チェック項目を確認した。
「……姿勢制御系、良し。」
「誘導系、
全部“緑”ね。」
技術チーフが
前に出てきて言う。
「このFRR(フライト・レディネス・レビュー)をもって、
ツクヨミは“打ち上げ準備完了”と判断できます。」
「残るのは、
政治判断としてのGO/NO-GOだけです。」
若手エンジニアが、
思わず口にする。
「本当に……
もう後戻りできないんですね。」
レイナは、
少しだけ笑った。
「そもそも、
“オメガが見つかった日”から
後戻りなんてできてないわよ。」
「ただ、
“どのリスクを選ぶか”を
毎日選び続けてるだけ。」
彼女は
壁に貼られたスケジュール表を指さした。
〈Day31:TSUKUYOMI LAUNCH〉
〈Day26:Fragment B 接近・衝突予定〉
「いい? もう一度確認。」
「このロケットがDay31に飛べば、
五日後にはFragment B に追いつける。」
「飛ばなければ――」
誰かが
小さな声で続ける。
「誰も追いつけない。」
レイナは
その言葉にうなずいた。
「だからこそ、
“ちゃんと怖がってる私たち”が
最後まで見届けるの。」
「“自分たちの設計が
誰かの空を変えるかもしれない”って、」
「ちゃんと分かっている人間が。」
モニターの中で、
種子島の空が
ゆっくりと夕方の色に変わり始めていた。
《総理官邸・執務室》
サクラの前に、
レイナの顔がオンライン会議の画面で映っていた。
「――以上が、
ツクヨミの技術的な状況です。」
「結論としては、
“Day31に打ち上げ可能”。」
サクラは、
ペンをくるりと回しながら言う。
「……子どもにも分かるように、
あと一度だけ聞かせて。」
「ツクヨミが当たったら、
何が起きるの?」
レイナは
少し考えてから答えた。
「“重いボールに
別のボールをぶつける”
イメージをしてください。」
「うまくいけば、
120メートルのFragment B を
少しだけ“横にずらす”ことができます。」
「その“少し”が、
地球をかすめるか、
当たるかの差に
なるかもしれません。」
「逆に、
うまくいかなかったら?」
「軌道が、
思ったほどは変わらない。」
「もしくは、
細かい破片に割れて
“広い範囲に小さな被害”を
ばらまく可能性もあります。」
サクラは眉をひそめた。
「……それでも、
“何もしない”よりは
マシなのね?」
「はい。」
レイナは、
迷いなくうなずいた。
「“120メートルのまま”
落ちてくるのが、
いちばん最悪です。」
「だから私たちは、
その“最悪”を
少しでも崩すために
矢を撃ちたい。」
サクラは
息を吸い込んだ。
「ありがとう、レイナさん。」
「あなたたちが
何を怖がって、
何を賭けているのか。」
「ちゃんと
国民にも伝えます。」
オンライン会議が切れたあと、
サクラは窓の外を見た。
(“撃つかどうか”は、
たぶん最初から決まっていた。)
(今、
私が決め直しているのは、)
(“この決断を誰と分け合うか”だ。)
彼女は
机の端に置かれた家族写真に
一瞬だけ視線を落とし、
すぐに立ち上がった。
「――藤原さん、中園さん。」
「ツクヨミの件、
“日本の矢”ではなく
“人類の矢”だと
徹底して説明する準備を
始めましょう。」
《アメリカ・ホワイトハウス/大統領執務室》
ジョナサン・ルースは、
タブレットに映る
ツクヨミのCGを眺めていた。
軍出身の補佐官が説明する。
「日本側の第二インパクター“ツクヨミ”。」
「我々のアストレアAより小型ですが、
Fragment B のサイズを考えると
十分な運動量を持ちます。」
「SMPAGとしては、
“アメリカが第一の矢、
日本が第二の矢を担当した”という
ストーリーで押したい意向です。」
ルースは
口元をわずかにゆがめる。
「ストーリー、ね。」
「映画の宣伝じゃないんだが。」
補佐官が言い直す。
「失礼しました。」
「ですが、
世界の世論は
そういう“分かりやすさ”を
求めています。」
「アストレアAの時と同じく、
ツクヨミ打ち上げの際にも
総理との共同メッセージを
出していただきたい。」
ルースは、
窓の外の芝生に目をやった。
(日本に、
第二の矢を任せる。)
(結果がどう出ても、
歴史書には“米国と日本が
二本の矢を放った”と
並んで書かれるだろう。)
(それなら、
最初から最後まで
一緒に名を出しておくべきだ。)
「……分かった。」
「原稿案を準備しておいてくれ。」
「“アストレアAは道を開き、
ツクヨミがそれを広げる”――」
「そんな感じの、
あまり嘘くさくない表現でな。」
補佐官が頷く。
「了解しました、大統領。」
《東京都内・中学校の教室》
黒板の端に、
チョークで大きく文字が書かれていた。
『総合学習:オメガとツクヨミについて考える』
男子生徒が
ひそひそと友だちに言う。
「マジかよ、
隕石の話、授業になってる。」
「テストに出たりして。」
女子生徒が
小さく笑う。
「出たらいやだなー。」
「“120メートルの破片が落ちてきたときの
あなたの感想を述べよ”,
とか。」
教壇に立つ先生が、
手を叩いて注意を引いた。
「はい、静かに。」
「ニュースでやってる
オメガとツクヨミの話、」
「“怖いな”って思ってる人も多いと思います。」
何人かの生徒が
うなずく。
「でも、
“怖いから見ないようにする”だけだと、」
「本当に何かあったときに
どうしたらいいか
分からなくなる。」
先生は、
プロジェクターに映った地球と
細い赤い帯を指さした。
「今日は、
“世界で何が決まろうとしていて、
日本は何をしようとしているのか”を
一緒に整理してみましょう。」
一番後ろの席で、
ある生徒が心の中でつぶやいた。
(ツクヨミ、か……。)
(もし本当に当たって、
オメガがそれてくれたら、)
(“あのとき中学にいた”って
大人になってから話せるのかな。)
(逆に、
外れて変なとこに落ちたら――)
考えかけて、
頭を振る。
(……考えたくないこと、
ありすぎるな。)
でも、
前の黒板に書かれた
“ツクヨミ”の文字を、
目をそらさずに見続けた。
《黎明教団・信者グループチャット》
〈【緊急】ツクヨミ打ち上げに対する“祈りの輪”について〉
管理人からのメッセージが
次々と通知される。
〈Day31、日本から第二の矢“ツクヨミ”が発射されます〉
〈これは“神への二度目の挑戦”です〉
〈私たちは静かな祈りで、それに向き合わなければなりません〉
そこに、
別のメンバーが返信を書き込む。
〈静かな祈りだけで足りるのか?〉
〈ツクヨミの関係者に“真実”を伝えに行くべきじゃないか〉
〈種子島の近くで集会を開く案〉
〈東京のJAXA周辺で“デモではない集まり”をする案〉
画面の向こうで、
天城セラが
メッセージを打ち込んでいるのだろう。
〈暴力は望みません〉
〈しかし、“神の光を打ち落とす矢”に対して
黙ってはいられません〉
〈それぞれの場所で、
“オメガの本当の意味”を
伝えてください〉
信者たちの中には、
その言葉を
静かな祈りとして受け取る者もいれば、
もっと強い行動へと
変換してしまう者もいた。
Day32。
オメガ予測落下日まで32日。
Fragment B の軌道は
さらに絞り込まれ、
東アジアの上空を通る
細い帯として世界地図に描かれ始める。
JAXAのツクヨミは
フライト・レディネス・レビューを通過し、
Day31打ち上げへ向けて
“技術的な準備は完了”。
残るのは、
各国と各人の
「GOかNO-GOか」という心の判断だけだった。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.






