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「王都へ入って何日目だ?」
「……一週間ほどで」
「御方様の情報はどうやって得た?」
「目端の利く者ならば、誰でも知っています。誰からと指定できるはずもなく、自然と耳にしたものばかりです」
犯罪者はどこまでも愚か者らしい。
王都についてたったの一週間。
自ら動きもせずに得た情報だけで、アリッサ様に近づこうとしたのだ。
本当に目端が利く者であれば、そんな不確かな情報で動こうとはしないだろう。
「……子供をけしかけたのは貴様か?」
「けしかけたなどとは恐れ多い! 私は申し上げただけです。二本も角がある馬なんてすばらしく格好いいな、と」
「では、フェリシア殿が責任を取るべき者を呼んだときに出てこなかったのは?」
「忌み……彼女が私の子を抱き上げたのに耐え切れ……驚いてしまったのです」
「御方の奥方様と呼びかけたのはどうしてだ? 従者への返事もせず、直答が許されると思ったのか?」
「せ、せめてお詫びをと!」
「尊き御方へ詫びたいと望むのならば、手順が必要だ。手順を踏まねば、更なる罪を重ねるだけなのだが」
「と、申しますと?」
ここでその質問が出るとは信じがたい。
調書から顔を上げているヒルデブラントも、呆れたように頷いていた。
「罪を犯した貴様ができる最善は、フェリシア殿が声をかけたときに名乗り出て、言い訳を一切せず謝罪することだった」
「い、今更! そんなことを言われたって!」
「うん。無理だな。だから最善な行動の結果に得られたであろう、即時王都からの退去及び永久追放の夢は潰えた」
犯罪者の口があんぐりと間抜けに開かれた。
最善でも酷すぎる罰とでも思ったのだろう。
「次点でフェリシア殿に謝罪。そして最愛の御方様に謝罪の機会をいただく慈悲を請うことだった」
「忌み子に謝罪などできるかっ!」
「はぁ。あのなぁ、貴様はどこまで馬鹿なんだ? 天使族の血を引いているのが御自慢なのかもしれないが、純血の天使族から見れば、貴様が無学にも貶めているフェリシア殿に遠く及ばぬ塵芥なんだぞ?」
「え?」
思わず声を出してしまう。
それは知らなかったのだ。
「天使族は愚かにも、唯一美しき漆黒を纏うフェリシア殿の優秀さに嫉妬して、その身を貶めた。いいか、嫉妬するほどの強さと美しさがフェリシア殿にはあった。だが天使族に取っては同種族以外は心を動かされる存在ではない。貴様は天使族の中でも性欲を制御できない痴れ者による、戯れの果てに生まれた子なのだよ」
戦いに明け暮れる日々の中で、その恐怖から逃れるようにして性欲を暴走させる者もいたように思う。
暴走した者は痴れ者と言われて、フェリシアほどではないが、蔑まれる対象だった。
だがそれ以上に性欲処理に使われた者は疎まれた。
ほとんどがその場で殺されていたはずだ。
「……その者はしかし、随分と、運が良かったのだな」
「ええ、そのようです。でも運が良かったのはそこまで。こうなってしまっては妻子を持てたのも良かったとは言えますまい」
「それ、は。どういう、ことだ?」
「……天使族から見れば塵芥。人から見れば犯罪者。そんな貴様が、どうして、フェリシア殿を貶められるんだ?」
「申し訳、ございませんでした。最愛の御方様の従者殿。今までの無礼を、お詫び、申し上げます」
犯罪者の目から憎悪は消えた。
と、同時に。
あれだけ満ち溢れていた生命力も残ってはいなかった。
天使族の血を引いているのが、彼が持つ最後の縁《よすが》だったのだろうか。
「妻子は連座だ。御方様よりお慈悲をいただいているので、子に関しては様子を見て奴隷に落とすか、孤児院へ預けられるか決めよう。妻も連座……いや、話は聞かねばなるまいな」
「……天使族の父の最愛は、人である母だったのです。幼き頃、そう、聞かされて育ったのです」
「父親に?」
「いいえ、母親に」
で、あろうな。
母子が無事だったのならば、もしかしたら本当に最愛だったのかもしれないが、その可能性は低かろう。
天使族と渡り合える……上手く転がせる……商人が哀れんで引き取った。
そんなところだろう。
「御方様は自分への不敬で人が死ぬことを好まれない。ベルゲングリューン侯爵にも話を聞き、最終的な罰が決定する。それまでは一般牢へ入ることになる。資産は全て没収だが……」
「こちらで全てにございます。妻と子には小遣い程度のものしか渡しておりません」
懐から取り出したのは小さな袋。
使い古された袋の中身は、軽そうだった。
「あい、わかった。では続いて母子に話を聞こう」
「妻子と話す時間は、いただけますでしょうか?」
「……こちらが話を聞いたあとで、少しであれば」
「ありがとう存じます」
フェリシアに罵声を浴びせた犯罪者とは思えぬほどに憔悴した声で、礼が述べられた。
完全に折れた心にならば、届く言葉もあったのだろう。
立ち上がったヒルデブラントに腕を掴まれて立ち上がった男はよろよろと覚束ない足取りで、牢へと連れられていく。
ドアが開き、外へ出る前に振り返った男は。
アッシュフィールドとフェリシアへ、それぞれ深く頭を下げた。
男を牢へと入れてのち、すぐに戻ってきたヒルデブラントは、見知った人物を伴って聴取部屋へ現れた。
「バロー殿?」
「お疲れ様でございます、フェリシア殿。最愛の御方様はお心も安らかに買い物を続けておいでですので、御安心くださいませ」
「バロー殿の御高名は不肖の手前とて存じておりますので、その点の心配はしておりません……して、それは?」
意識を奪ってあるらしい男女が、容赦の一片もなくバローに引き摺られている。
目が覚めたその瞬間から、間違いなく節々が痛むだろう激しさだ。
「よりにもよって御方様の御前で、三文芝居もしくは茶番を繰り広げたのですよ。それだけでも業腹だというのに、男の方がお手を取っての挨拶を請うてきたのです!」
高貴な方への挨拶。
それも王族と同等かそれ以上の相手には、きちんとした手順が必要不可欠だ。
一見マナーに則っていると思われがちだが、それは定められた場所で、良識のある相手にしか許されぬ所作でもあった。
ましてや、アリッサ様への御方の御寵愛は広く知れている。
男性からの声がけなど、王族とて無謀だ。
貴族の常識として身分が高い者への挨拶は、高貴な方からのお声がけをひたすら待つ……というものがあったはずだというのに。
「それはまた……愚かな真似をしたものですね?」
「全くです。花屋の店主は御方様も遠慮なくお声がけできる、良識ある職人でしたが、その妻が最悪でした」
バローが塵芥を見る目の先には女の姿があった。
花屋の妻とやらなのだろう。
「金目当てで嫁いだ挙げ句、不倫した相手が侯爵家の使えないスペアだったと」
「ほぅ」
そんな妻を愚者と見抜けなかった夫である店主にも問題があるかもしれないが、化ける女は時に言葉通りの化け物になる。
バローが良識ある職人と表現するのならば、店主が見抜けなかったのも無理からぬ結果なのだろうか。
「で。花屋の良質さを愛でていた公爵家夫人の逆鱗に触れ、とうとう侯爵家当主に勘当された屑が、その妻と駆け落ちを目論んだというわけなのです」
「……確かに三文芝居。笑えない茶番ですな」
しかし愚かなその二人は駆け落ちが失敗して、かえってよかったのではなかろうか。
罪を贖う機会を与えられたのだから。
「バロー殿もフェリシア殿も御覧になりますか?」
バローと顔を見合わせてお互いに大きく頷く。
アリッサ様へきちんと報告するためには必要だろう。
「では……起きろ」
屑二人の体がびくっと大きく跳ねた。
フェリシアの知らない強制覚醒系スキルのようだ。
「っ! ここはどこ。だ? ……あ、アッシュフィールドっ!」
「ふむ……我が名を叫ぶならば、ここがどこであるか理解できているのであろうなぁ?」
フェリシアにとっては背筋を何かが這う程度に感じる威圧だが、屑には堪えたらしい。
顔色を蒼白にしてがくがくと震えている。
「まぁ! こちらの麗しい御方はアッシュフィールド様とおっしゃるのですね? ヴィンフリート様っ! 私を紹介くださいませっ」
屑の片割れは威圧に完全屈服したヴィンフリートの様子を理解もせず、己の欲望ダダ漏れのオネダリをし始めた。
「し、静かにしないか、エルヴィーラ!」
「ヴィンフリート様……酷いですわ! 紹介していただけませんの? 嫉妬してくださるのは嬉しゅうございますが、紹介いただけないと御挨拶すらできないではありませぬか!」
紹介のない挨拶は許されないという常識は理解していても、それ以外が非常識すぎて残念だ。
「挨拶の必要はない。ここは騎士団聴取部屋。罪を犯しし者から必要な情報を引き出す場所だ」
「罪を犯しし者……? 私が、罪人?」
何とエルヴィーラは罪の自覚がないらしい。
「麗しき、最愛の御方様への不敬と横領。ヴィンフリートの罪状は同じく御方様への不敬。あとは結婚詐欺だな」
「結婚詐欺?」
「そうだ。ヴィンフリートは貴殿から絞るだけ絞って捨てるつもりだったが、他の情人には全て捨てられた。よって仕方なく貴殿を連れて逃げ、適当なところで貴殿を奴隷として売却し、その資金で生活をしようという浅はかな計画をたてていたのだと推察する」
「私と結婚するつもりがなかった? 他の、情人って、え? 私を奴隷として売るとか……そんな! そんな酷いっ! 全部嘘ですわよね、ヴィンフリート様!」
「……そいつの……ごっ! 騎士、様の、おっしゃるとおりだ。貴賤の身で私と婚姻を考えるなどとは、無礼極まるなぁ?」
アッシュフィールドをそいつ呼ばわりして、頬を殴られたヴィンフリートは、八つ当たりとばかりにエルヴィーラを貶める。
「貴様など、金や花を貢いでよこしたから、お情けで種をくれてやったのだぞ? 種を与えてもらえただけで、這いつくばって感謝するべきだというのに! 婚姻を望むなど、どこまでつけあがれば気がすむんだ? 最中の戯言を本気にするなど……これだから愚民は!」
調子に乗ったヴィンフリートが軽薄な言葉を続ける。
その、言葉の。
どこが逆鱗に触れたかは、わからない。
エルヴィーラは、ヴィンフリートに今まで一度も向けなかったであろう憎悪の眼差しを向けて、頭突きをした。
微塵も止める気がなかった周囲に見放されてしまったので、頭突きはヴィンフリートの鼻の骨をぐしゃりと砕いた。
「わ、我の鼻があああああああ!」
「うるさい」
はぁ、と呆れの溜め息を吐いたアッシュフィールドが、投げやりな所作でヴィンフリートの鼻にポーションを振り掛けた。
鼻は押し潰されたままだが、ヴィンフリートのうめき呻き声が小さくなる。
痛みを和らげるタイプのポーションだったようだ。
「お、恐れながら騎士様! 私はその男に騙された哀れな女でございます。どうぞ、お慈悲を賜りたく! 伏してお願い申し上げます」
「……公爵夫人が愛でられる花屋を穢した罪は重い。それ以上に最愛様への不敬に対して慈悲はない」
「あ、あんな女のどこがっ?」
フェリシアは反射的にハルバードを振るった。
エルヴィーラの髪の毛を天辺だけ刈り取る。
バローだけが無反応だったが、男性陣は呻いていた。
ヴィンフリートまでもが声を出して笑った。
それだけ滑稽な髪型なのだ。
「御主人様に対する、新たな不敬は許さぬ。次は髪ではなく首が刈り取られると知れ!」
まだ喉を鳴らすアッシュフィールドが懸命に表情を取り繕いながら、エルヴィーラの不敬を止められなかった謝罪をしてきた。
ヒルデブラントも同じく頭を下げる。
ヴィンフリートは、今気がついたとばかりにフェリシアの容姿を褒めた。
エルヴィーラもフェリシアを見て驚いている。
商人に貶められるより、今その容貌に気がついた! と驚かれる方がいたたまれないのはどうしてだろう。
「エルヴィーラ。罪状は、理解できたか?」
「はい……できました。どの程度の罰が科せられるのか、教えていただけましょうか」
「横領分を指定された娼館で弁済といったところか」
「最愛様への不敬も、金銭での弁済が叶いましょうか」
叶うはずもない……と一瞬考えたが、アリッサ様に一番利がある方法は案外金銭での贖いなのかもしれない。
何より弁済を申し出る以上、罪の自覚が出たのだから、ヴィンフリートよりよほど真っ当だ。
「慈悲深い御方だ。誠心誠意謝罪した上での申し出であれば、叶うかもしれぬ」
「……最愛様の従者様。恐れ多くも慈悲深き最愛様へ、度重なる不敬を働いてしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます。大変、申し訳ございませんでした」
床に額をつけての謝罪がなされる。
わかりやすい最上の謝罪だ。
一体この短時間で、何故エルヴィーラはここまで反省できたのであろうか。
「従者様のように美しくも強い方が忠誠を誓われる最愛様は、私なぞが妬むのも恐れ多き御方なのだと、ここにきて理解いたしました。誠に申し訳ございません。どうか、金銭での弁済をお許しいただきたく……」
額が床へぐりぐりと強く押しつけられる。
忌み嫌われてきた自身の容貌が、こういった効果を出したことに驚く。
しかしアリッサ様の役に立てたのだと思えば、なかなかに誇らしい。
ふとヴィンフリートを見れば、エルヴィーラに嘲りの眼差しを向けていた。
悪い意味でこの男は、どこまでも貴族でしかなかったようだ。
「我の一存で貴殿の願いを叶えることはできぬ。しかし、反省と弁済の旨はしかと、御主人様に伝えよう。アッシュフィールド殿、それでよろしいだろうか?」
「慈悲深き最愛の御方様は、きっとお喜びになるだろう。お優しい方だ。無論騎士団は貴殿や最愛様の意思を尊重しよう」
「お心遣い、痛み入る……正しく罪を受け入れ、反省の色が見える者には慈悲を。そうでなき者には、相応しい罰をお願いしたい。御主人様も、きっとそうおっしゃるだろう」
「フェリシア殿の意見に同意いたします」
「確かに承りました」
自分たちの立ち会いはここまでで十分だろう。
あとは、心が折れるまでヴィンフリートが痛めつけられるだけだ。
こいつはそうでもしないと、反省すらできなそうだから。
ヒルデブラントがエルヴィーラを抱き起こし、手を貸してやりながら聴取部屋を出て行く。
フェリシアとバローも続いた。
「おいおいおいおいおい! どうして私が、こいつと残され! がふっ!」
またしてもアッシュフィールドを、こいつ呼ばわりするヴィンフリートの体が吹っ飛ばされる。
フェリシアの足元に転がってきたので、助けを求める目で見上げてくるヴィンフリートの体を、アッシュフィールドの元へと蹴り転がしておいた。