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オレンジタイフーン
50
それは突然、訪れた…
静かな寛ぎのひとときを破る…悲鳴にも似た少年の声が屋敷中に響き渡る。
「痛てててててッッ!!
…ミミっ、みみッィ!
耳を引っ張るなよォ…じいちゃんってば~」
この耳を引っ張られているところのどうにも救いようが無く、情けない少年が…
黒鋼 影人〔くろがね・かげと〕
…という名であった。
彼が学校から、いつもの様に気だるそうに帰って来ると、のほほん…と居間のソファーに左腕で頬杖をつきながら、くで~んと寝転がる。
彼は、部屋に鞄を置き、制服を着替えるコトもせずにただ、ただ寝転がっていた。
否、本来の真面目な学生諸君ならば、与えられた宿題なる自らの、さらなる飛躍と成長の糧で有るソレに情熱を以て打ち込んでいるべきなのだが…
彼は、ゴロリと重怠く寝そべっては、カチャカチャとリモコンを動かしながらテレビの余り面白くも無い騒がしいバラエティ番組をダラリと夕食が始まる迄の間、眺めていたのだったが…
そんなのんべんだらりとした時間を満喫していたところ、予期せぬ事が彼の身に降りかかったのである。
気配などは一切感じさせずに背後から、急に無防備であった右の耳をクイっとちぎれるかってくらい力強く引っ張られたものだから口から心臓が飛び出るかと思うほどに驚いたと同時に激しい痛みが耳を襲う‼︎
「痛てててててッ‼︎
…ミミっ、みみっィ!
耳を引っ張るなよォ、じいちゃんってば~ッ」
すると、ただでさえ痛みの走る彼の耳に激しい怒りに満ちた般若の様な顔して眉間に皺をため込んでいる…じいちゃんの怒号が鼓膜を突き抜ける!
「黙れッ!!!!
お前には、自分の持つ能力(ちから)の使い方が解っておらん様なのでな、ワシがきつ~く灸でも据えてやらんといけないと思ってな…
これから、みっちりと説いて聞かせてやるから有り難く思えッ‼︎」
じいちゃんの怒りの理由…この事が何かは確実に思い当たる節がある。
それは数時間前、今日の学校での昼休みの時の事だ。
…考えてもみれば俺の特異な能力が招いた災いなのかも知れない。
正直、脳みそまで筋肉みたいな面倒くさいだけの奴等は俺が炎を操れると誰かしら噂に聞いて面白がって寄って来やがる。
まるで俺を珍獣扱いしやがる。
そんな頭の弱いウザイ不良連中を相手に何度も繰り返し喧嘩している。
もちろん、俺が負けた事なんてないのだが…
そんな時に予期せぬ事態が起こってしまった。
俺が不良連中を黙らせる為に放った火炎弾が不運にも体育館倉庫を半焼させてしまったといったところなのだが…
手加減したハズが、あの威力だ…笑えない。
まぁ多分だが、その事をクソ忌々しい生活指導の教師か誰かから聞いたのでは無いのかと思う。
「なんだよ、毎度お馴染みの説教かよ」
つい、反射的に自分の非を認めつつも負けん気が強い彼は文句が口をついて出るのだった。
「やかましいぞ、この大バカ者がァッ!
毎度…毎度ォ…説教をするワシの身にもなれィ!!!」
先程の怒号よりも凄まじい迫力の有る声が空気をビリビリッと揺らし腹に響きわたる。
そんな時、不意に彼が思っていた事は…
「………あ~あ、腹が減ったなぁ
今日の夕食のおかずは何だろうか……」
…である。
こんな時にこんな事を考えられるヤツは多分、大抵は物凄い大物か…はたまた地球史上においても間違いのないくらいに物凄いバカかのどちらかだろう。
そのまま耳を引っ張られながら、じいちゃんが大切にしている盆栽のある枯山水が見事な日本庭園のお手本みたいな裏庭…
その裏庭からは涼しげで静かな風が盆栽の松の枝や葉を微かに揺らすのが横目に見えた。
………が、そんな和の佇まいをよろしくどうぞな裏庭の癒し系全開な光景であろうとも俺の心は穏やかに居られる訳が無い。
耳から伝わる痛覚は、そんなんじゃ癒せないからだ…
じゃ、なんなら癒されるかって…
それは、やっぱりムフフな妄想が現実にならないかなぁ…
わぁ、エロいんだ…
…なんてな事を思い、不服そうに黙々と歩く。
…………………………………
すると長い廊下の先に、それはある。
…………………………………
御神体とやらが飾ってある仏間の様な所…
お寺の御堂ような佇まい。
そんな神聖な場所さえも彼にとっては反省室も同然なのである。
そこまでの道を影人はズリズリと引き摺られながら情けなく進むのであった。
「さあ着いた
ほれ、サッサと部屋へ入れッ」
今まで散々、引き摺られていたせいで痛みとかさえ感じなくなるくらいに痺れてきていた右耳から痛みがパッと消えた。
ジンジンと、ヒリヒリと、いまだに疼く…
じいちゃんが…しっかりと爪の痕まで残るくらいに力強く掴んでいた手を耳から離したのだ。
それは目の前に悠然と現われた年月を感じさせる襖戸を開けて、中に入れと言う事なのだろうが…そうそう素直にしおらしくしてはいられない。
そう言う年頃なのである。
そんな若さ故の反抗心からだろうか…また文句が口をついて出るのだった。
「ハイハイ…どうせ、また正座でもしろとか言うんだろ」
そう言うや否や、こう返ってくる。
「くわッ、解っていたら言われんでもそうしろ。
それと二回目の返事は余計じゃ。」
……と言って、じいちゃんは思い切り、影人の額を弾く。
…………………………………
弾かれた額から、パチーンと乾いた高い音が鳴る。
弾かれた衝撃で襖戸の開かれた部屋の中へとバランスを崩してよろめきながら中へと入っていく。
「くーッ、痛つーッッ!」
影人は思わず、額の弾かれた辺りを両手で押さえながら…その場にしゃがみ込み赤くなった額を優しく擦る。
転がる様にして中に入ると二体の御神体があった。
御神体と呼ばれているものは確か…空想上の神様で朱雀とか言ったような気がする。
おぼろ気な記憶だったが、風水なんかじゃ南の方角を守護している炎の翼を持つ神鳥の事らしい…
………そんな事を説教の度に聞きたくもないくだらない話を繰り返し、繰り返し…耳たこで聞かされるのだ。
そんな朱雀をかたどった大きな彫像が二体…ひとつは力強く炎の翼を広げた鳥の様な姿をした朱雀。
もうひとつは…炎の翼を抱きしめた若く美しい艶やかな女性の姿をした朱雀の像だ。
……時は夕刻になろうとしていた。
まもなく、陽が沈む頃合いの部屋の中には薄暗さと橙に滲む柔らかい光が差し込んでいる。
黄昏刻…
彼は重たげに…やおら首を上げると今にも動きだしそうな躍動感に満ち溢れた迫力の有る彫像が何かを訴えかけるかのように視界に入ってくるのだった。
…………………………………
その彫像を目の前に、じいちゃんの説教が始まる…
「影人よ、いいか…
よく聞け、朱雀様の力は軽々しくみだりに使ってはならん…
ひとつ間違えれば、簡単に人を殺めてしまう程の恐ろしい力を秘めているのじゃ…
そのような自らで御せない能力を使い…もし暴走でもしたら、どうなるか解っているのか?
取り返しのつかない悲劇を…」
彼も…いささかに不良ではあろうが決してバカではない。
じいちゃんの言いたい事はよく理解できる。
しかし…彼とて望んで手に入れた訳ではない。
そんな異端な能力を疎んでさえいた。
それゆえ…彼は沸々と止めどなく込み上げてくる感情を押さえる事が出来ず、説教を遮るように声を荒げ…こう叫んでいた。
「だからなんだよッ!
簡単に暴走なんかするハズ無いだろ
へん…俺は天才だぜ、この変な能力の使い方なんて完璧だぜ
もう、いい加減…説教なんてこりごりだぜッ」
彼の言い訳とも根拠の無い自信ともとれる…ひよっこ以前に卵ですらない稚拙極まりない言動を制すると、全てが言い終わらないうちに三度、空気が激しく揺さ振られる事となる。
「たわけぇぇッ!!!!!!」
流石に…彼も二の句が継げなくなり、祖父の迫力に押されて…しまいには小さく悲鳴にも似た声を弱々しく漏らすのだった。
「うひぃッ…!!」
そんな彼の様子など一切お構い無しに、とくとくとありがたい説教が続けられるのであった。
「お前の使いこなしたと思っている能力なんぞ、覚醒された真の朱雀様の御力に比べたらハナクソみたいな力じゃよ
四神の集まりしとき大いなる災いを打ち消す光となろう…
先祖代々伝えられてきた言葉じゃ…
自ら…意思のある生きている神のごとき力じゃ、なんとありがたいものか…
彫魂神(ちょうこんしん)の声、朱雀様の声も聞こえない様で念神体(ねんしんたい)をも視る事も出来無い青二才のお前の何が使いこなしているじゃ…
たわけぇ、この大バカ者がァァッ!!!!」
ここまでの彼の愚行を説き伏せながら、ゆっくりと彼の後ろに回りこみ…さらに説教を続ける。
「お粗末なガキどうしのケンカごっこ風情で安易に酷使されておる朱雀様の御力が可哀想じゃわい…
ほれ…服を脱いで背中をこちらへ向けろ!」
この申し出に対して…明らかに抵抗しようとする彼は迫りくる恐怖に耐えかねてこう呟いた。
「な…なんだよッ!
………や、止めろよ」
しかし…彼の声など届かない。
「ふぅ…哀しいのぅ
そんな猿以下の能力の使い方じゃ
しばらく封印させて貰うかの」
じいちゃんが作務衣の懐から何かを取り出すと…
彼の身体中が自然とこわばり身構えるのみとなってしまう。
けれども…最後の抵抗とばかりに震える影人の唇が動く。
「や……止めろよ
………な、何をする気だよッ!!」
するりと取り出した何かを額へ…ペタリと軽く押さえ付けられるのだった。
「ホイっとな…」
額に霊札を貼られてピクリとも動けなくなる影人。
その間に影蔵は学生服を意外と丁寧に脱がして、彼のシャツを捲り上げると…
…そこには誰しもが魅了されてしまい、時が経つのを忘れて見惚れてしまいそうなくらいに美しい入れ墨が彼の背中をオーロラのように覆い尽くしていた。
その入れ墨には大きく翼を広げている朱雀の姿が繊細に鮮明に描かれていた。
先程の朱雀の彫像よりも更に躍動感に満ちており、まるで生きているかのようだった。
…否、入れ墨は生きているかのようでは無く…確かに紛れも無く生きているので有る。
彼は…一瞬、その入れ墨に目を奪われそうになるが落ち着いて忍者の如く、指の形を変えつつも素早く腕を動かして印を結ぶと声高に気合いを入れるのであった。
「ハッ、封呪念心、喝!!」
刹那…雷撃のごとき衝撃が影人を貫く…
弓なりに身体が跳ねる…
背中の入れ墨がボゥと…ほの明るく青く輝き、次第に元に戻る。
そして…背中の朱雀様の入れ墨に向かい深々と頭を下げると優しく穏やかな口調で彼は謝るのであった。
「まことに申し訳有りません…朱雀様
何とぞ、ご容赦を…
心苦しいのですが、しばらくの辛抱ですじゃ」
朱雀像の傍にある二対二脚の燭台に灯る微かな光。
それ以外…夕日も沈み辺り一面真っ暗と闇に包まれていたのだった。
頬を撫でる風も先程より幾らか冷たく感じられた。
影人、ひとりを部屋に残して襖を閉めながら…こう言い残して去っていくのだった。
「少しは頭を冷やして良く考えておけ
お前の足りない脳みそでも反省くらいは出来るじゃろう
…時が来たら、焦らずともワシが能力の解放の仕方などを教えてやろう」
その場から立ち去る…じいちゃんの足音を聞きながらソウルズの能力について考え始めている影人であった。
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