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誰もいない路地裏。冷えた空気。
「寒……」
思わずか細い声を漏らす。
「…お母さん…冷たい…寒いよ…」
時期は真冬の12月。普通だったら、生地の薄い長袖に短パンなんて凍え死んでしまうだろう。
…俺は、母に捨てられた。
時は数時間前に遡る。
壁の薄い、古い畳の…いわゆるボロアパート。そこに俺、莉犬は暮らしていた。
ここに住んでいるのは母親と俺のみで、父親の顔は見たことがない。
母からによると、俺を産んだ後すぐに不倫が発覚し、激しい怒鳴り合いの後、また別の女を作って家を出ていった。
母に一度、父親とどうして結婚したのか?と尋ねたことがあった。それを聞くなり母は、
「…あの人の名前を出さないでちょうだい。」
と、ギロッと俺を睨んだ。
俺は母が好きだった。
母は唯一の俺の肉親だったし、身近に頼れる人も母しか居なかった。
____でも、その気持ちも一瞬で砕け散った。
時計の針が9時を回った頃。
突然母に、
「莉犬、出かけるわよ」
と言われた。
「…え?」
あまりの突然の言葉に、俺は耳を疑った。
「で、でもお母さん…今、夜…」
「うるさいわね!!!早く行くわよ!!!」
激しく言い放つと、母は俺の腕を引っ張った。
「いっ痛…痛いよお母さん!」
僕の言い分を無視し、母はバンっとドアを開ける。
「車に乗るわよ。」
そう言うと、車のドアを開け、俺を無理矢理車の中に入れた。
夜の道を走っている車の中は、冷たく、静かな空気に満ちていた。
母との会話は一切ない。俺も特に話題がないので、無理にでも話そうと思わなかった。
(家族って、みんなこんななの?)
俺は車の窓によりかかり、キラキラとした明かりが灯っている都会の景色を、ただぼんやりと眺めていた。
しばらく車を走らせていると、とある場所に止まった。
(ここ…どこ?やけに明かりが暗いし、夜だから余計に見えにくいな…)
不信感を募らせる俺を他所に、母は無表情のまま、俺が座っている後部座席の方を向いた。
「降りるわよ。」
一言俺に向かって言い放つと、母はドアを開けて外に出た。
「わっわかった…」
(お母さん、ここに用事があるのかな。でも、それだと俺を連れて行く理由にならないし…)
考え事をしながらドアを開け、辺りをキョロキョロと見回す。
(…あれ?)
そのとき、俺は1つのことに気がついた。
「お母さん?」
母の姿がどこにもないのだ。(どこかに歩いて行ったのかな?)と思った俺は、とりあえず目の前にある通路をゆっくりと歩く。
(うぅ…寒い。出かけるなら羽織る物を持ってきた方が良かったけど…そんな時間なかったもんな。)
「お母さーん??どこに居るのー??」
来たことがない場所なのでオドオドしながらも、震えた声で母の名前を呼ぶ。
すると…
「…あ!!」
カールのかかった髪の長い人物が映る。母だ。
「お母さん、ど、どうしたの…?」
ただ立ち尽くしている母を見つめながら声をかける。母は静かに俺の方を見て、呟いた。
「莉犬、私、もう育てられないの。」
「…え?」
なにを言っているのかさっぱりわからなかった。俺は思わず声を漏らす。
「どういうこと?なんで?」
「家にはもう…あんたを育てる金なんかないのよ!!」
母のキーンとした怒鳴り声が、誰もいない路地裏に響き渡る。
「…さようなら」
我に返ったように、母はそう言い残すと、俺に背を向けて来た方向を引き返した。
「おっお母さん…待って!」
俺は慌てて歩き出す母の手を取ろうとしたが、ブンッと振り払われる。
「ついてこないで!!!」
「う………!」
あまりの勢いに、俺はその場で尻餅をついた。
そんな俺を無視し、母は早々と姿を消した。
「おか…あさん…」
俺はその場に座り込んだまま、こぼれる涙を拭っていた。
「うぅ……寒い」
コホッコホッと咳をしながら、俺は空を見上げた。
ここ来た頃より日の出が出ていて明るくなっていた。足元も見やすくなったので、歩きやすくなったような気がする。
「…あ、ここ…ビルの壁だったんだな。」
俺は冷たいビルの壁に近寄る。ビルの高さはそこまで高くなく、2階建てのようだ。
「ここに座らせて貰おう。」
ちょこんとビルの壁によりかかり、すっと腰を下ろす。手足はすっかり冷たくなっていた。
(ご飯、どうしようかな…)
そんなことを考えてた、そのとき…
「そこの君。」
「…ん?」
一人の人物に声をかけられた。
そこには、スラッとした背丈に黒いスーツを身に纏っている、長身の男性が立っていた。
「今の時間帯に外に出るのは危ないよ。お家の人はどうしたの?」
「え、あ…えと…」
突然の質問に、俺は言葉が詰まった。
知らない人に「母に捨てられました」なんて軽々しく言うほど俺も馬鹿じゃない。
俺は警戒しながら質問し返した。
「お…お兄さんこそ、なんの用ですか?」
「ふふ…そんな警戒しないで欲しいな。確かに、自己紹介がまだだったね。」
そう言うと、彼は俺の前にしゃがみ込み、笑顔で話し始めた。
「俺の名前はななもり。君のよりかかっている後ろのビルに住んでいる者だよ。」
「…ここのビルの人なんですか?」
「うん。そうだよ。」
ニコッと俺に微笑む。その様子を見て、俺は嘘をついているような素振りをしていない彼を信じることにした。
「それでね、俺。実は…」
「?はい」
口を開く彼を見つめながら、俺は耳をすませた。
「少々…”マフィア”というものをやっているんだよね。」