テラーノベル
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ねこむすび
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男子寮南棟の部屋のリビングでは、ローテーブルを挟んで2つの画面が光っていた。
大輝は座椅子に深く腰を下ろし、55型のテレビに繋いだPCのブラウザで動画サイトの再生バーをマウスで小刻みに戻していた。画面には、赤城夏帆の赤いランサーエボリューションIX MRが走るオンボード映像が映っている。隣の床に座った陽斗は、ノートPCにいくつかのタブを開き、手元のスマートフォンと照らし合わせながら指先を動かしていた。
「まずは過給圧からいくわ」
大輝はマウスのホイールを回して動画をコマ送りで止めた。オンボードの右隅、追加メーターの指針が立ち上がる位置を注視する。
画面の中で、赤いエボIXはストレートの加速に入っている。助手席側のダッシュボードに配されたブースト計の針は、アクセルが全開に達したところで1.5バール付近を指していた。エンジン回転数が6000回転を超え、7000回転近辺まで引き上げられた瞬間でも、指針は1.4バールを下回らずに粘っている。車速の伸び方も衰えていない。
「320は越えてるな」
大輝は呟いて、ほかの走行会の映像を新しいタブで開いた。そちらでも同じように加速時の回転計とブースト計を確認する。4G63の素性と過給の残り方、それに画面端を流れる景色の速度変化を重ねる。高回転までトルクが落ちずに車体を押し出し続けているのを見ると、320馬力程度で収めて考えるより、340馬力前後、あるいはそれ以上を視野に入れておいた方が良さそうだった。画面越しに見える範囲での推測でしかなく、補機類やECUのセッティングまでは分からない。
大輝は赤城本人が出演している車両紹介動画のタブをクリックした。赤城がフロントを開け、エンジンルームを指差しながら解説している場面で一時停止する。
「マグネシウムタービン」という単語がテロップと音声で何度も繰り返されていた。大輝は眉をひそめ、顎の先を掻いた。
「これでブーストここまでかけたら羽飛ばね?」
純正のマグネシウム合金製コンプレッサーホイールは、レスポンスは出るが高過給と高負荷には弱い。1.5バールを7000回転まで維持する使い方を常用していれば、インペラーがいつ欠けてもおかしくない。大輝は目を細めて、タービン周辺の配管を追った。
本当に今もそのタービンなのか。本人が語っている仕様と実車に差があるのか。それとも動画用に古い仕様をそのまま口にしているだけなのか。
次は足回りだった。赤城のSNSに上がっているサーキットのピットレーンでの写真と、走行前のウォークアラウンド動画を並べて表示する。タイヤの銘柄とサイドウォールの刻印を拡大すると、245/40R18の文字が読み取れた。
大輝は外観写真のタイヤの見え方に視線を固定した。フロントフェンダーの垂直面を基準にし、ホイールリムの倒れ込み具合を観察する。広角レンズ特有の樽型歪みやカメラの構え角を考慮に入れながら、前後のキャンバー角を大まかに推し量る。
「フロント2度ぐらい、リア1.5ぐらいか」
タイヤのショルダーの減り方や、車高の落ち具合とのバランスを見ても、極端な鬼キャンにはなっていない。ストロークを確保した実走重視のセットに見える。
大輝は再びオンボード映像を再生した。今度は計器類ではなく、赤城のペダルワークとステアリング操作を追う。
コーナーの手前、ブレーキを踏み始めるポイントは突っ込み重視ではなく、手前でしっかりと制動を立ち上げている。だが、そこからエイペックスへ向けてブレーキを残す時間がやや長い。進入速度をある程度残したまま、フロントに強い荷重をかけた状態でステアリングを一気に入れ、エイペックスの手前で一度車体を大きくロールさせてから、向きが変わった瞬間にアクセルを床まで開ける。
大輝は3本連続で切り替えて同じような複合コーナーを見比べた。路面状況が違うサーキットでも、進入で前輪に仕事を集中させ、リアを軽く追従させて立ち上がるリズムは共通していた。
直線の終わりでは、赤城の左手がシフトノブを右手前へ引き、6速まで入れている。
「このパワーで6速のままなんかな。よくギア飛ばないな」
大輝が呟くと、陽斗がノートPCから目を上げずに「知らんけど、飛んでないんだろうな」と返した。
テーブルの上に置いてあったスマートフォンが短く震えた。画面にメッセージのポップアップが表示される。真希からだった。
真希:
『5日休み取れたよ』
大輝は即座にフリック入力で返信を打った。
『マジっすか!ありがとうございます!』
送信して数秒で、次のメッセージが届いた。
真希:
『てか私もお客さんから聞いたんだけど、4日と5日インフルエンサーの女の子と走るの?』
大輝は苦笑いしながら指を動かした。
『まだ走るかどうかわかんないんすけど、5日は死守します!』
すぐに既読がついて、クロミが両手を上げて「ありがとう」と言っているスタンプが届いた。
大輝は少し考えてから、もう一度指を動かした。
『先週の月曜日ナンパされたって風の噂で聞きましたよ!?』
今度は少し間があって、返信が来た。
真希:
『あ、そうなの?笑 なんか数分くらい延々と聞かされたんだよね』
真希:
『キモかったから途中からボイスメモ録ってた笑 送っとくね』
続けて、音声ファイルが1件届いた。再生時間は4分と少し。
「陽斗、真希さんからボイスメモ来た。例のナンパの」
「マジで? 聞く聞く」
陽斗がノートPCから顔を上げた。
「俺、走りながら聞くわ。流しといて」
大輝はスマートフォンを陽斗へ放り、リビングの隅に設置してあるシミュレーター環境へ向かった。バケットシートに腰を下ろし、ステアリングコントローラーの電源を入れる。
起動したのはGran Turismo 7。
黒森ステージのコースデータはゲームに入っていない。大輝が選んだのはニュルブルクリンク北コースだった。高低差、アンジュレーション、中高速からの複合コーナー、ブラインドでのブレーキング。車体姿勢の作り方と挙動の変化を見るなら、ここが一番近い。
ガレージから呼び出したのは、赤いランサーエボリューションIX MR。
大輝はセッティング画面を開き、まず【モデルA】を作成した。
最初に合わせたのは重量だった。エボIXは実車を測れないので資料の数字で合わせる事にした。
ゲーム上のエボIXは前後60対40で表示されているが、大輝が調べた資料では、国内仕様の前後軸重は前870キロ、後ろ540キロ。比率にすると61.7対38.3で、ほぼ62対38になる。
ただ、足すと1410キロだった。車両重量の1420キロと10キロ合わない。
「これ、61対39で見た方がよくね?」
同じ資料に載っていたテスト車両の実測値は、前889キロ、後ろ570キロ。計算すると60.9対39.1だった。大輝は62対38まで前寄りにはせず、61対39を基準にした。
軽量化ステージ1を適用し、減った分をバラストで戻す。142キロ。搭載位置をフロント側へ15まで寄せると、表示は1420キロ、前後61対39になった。
自分のエボXは、燃料満タン・ドライバーなしのコーナーウェイト測定で1565キロ。ゲーム内で同じ手順を踏んで、58対42に合わせてある。初期値同士をそのまま比べるつもりはなかった。
そこから、動画から読み取ったスペックを基準に数値を落とし込む。タイヤは245幅相当のスポーツラジアル。キャンバーはフロントを2.0度、リアを1.5度付近に合わせ、車高と減衰は標準的な車高調のストローク感を意識して組む。出力は過給の伸びから推定した340馬力前後。
走り出す前に、運転アシストの画面を開く。ABSは弱、トラクションコントロール、カウンターステアアシスト、アクティブスタビリティマネージメント、コースアウト時の置き直しはOFF。いつも通りの並びになっているのを確かめてから、メニューを閉じた。
北コースのスタートラインに、赤いエボIXが並んだ。20キロ先まで、森の中を道が続いている。
「流すぞ」
陽斗がスマートフォンをローテーブルの上に置き、再生ボタンを押した。
コメント
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第13話、お疲れ様です!今回は大輝の解析パートがめちゃくちゃ熱かったですね。動画から過給圧やキャンバー角を読み取る描写が細かくて、車好きにはたまらないリアリティでした。「マグネシウムタービンでブースト1.5は羽飛ばない?」ってツッコむところ、大輝の知識の引き出しの広さが伝わってきます。真希さんとのやり取りも自然で、チーム内の距離感がいいですね。そしていよいよGran Turismoで再現走行…続きが気になります!