私の父には、妹が自殺したあとの5年間、記憶がない。
私が生まれた時の記憶もないのだ。
「空っぽ、というのが正しいです、あなたのお父さんは。」
3歳の私は、医者にそう告げられた。
「なんで?お父さん、この先、今の私のこと忘れちゃうの?」
小さかった私でも、深刻さはわかったのだろう。
不安で、悲しくて、震えて聞いた。
そして、告げられた。
残念ながらーーーーー
そして、「あなたのお父さんは、治せない病気なんです。心の病気、と言えばいいでしょうか。だから、あなたに今できること。それは、笑っていることなんです。あなたの笑顔を、分けてあげてください。」と、言われた。
泣くのを堪えていた私に、医者は優しく告げた。
「だけど、今は泣いてください。思いっきり泣いて、そしてまた、いつも通りお父さんの前で、笑えばいいんですよ。」
そう聞いた瞬間、私は泣きじゃくった。
大声で思いっきり泣いた。
声が出なくなるくらい泣いて、泣いて、泣いた。
あれだけ泣いたのは、今まででもあの時だけ。
私はそれ以降、絶対に笑っていた。
ムカついても、泣きたくなっても、笑い続けた。
笑っていれば、お父さんの病気が治るかもしれない。
そう、信じていた。
嘘が上手くなった私にとっては、小さな嘘くらい、どうってことなかった。
嘘くらい、いいじゃないか。
誰だって嘘はつく。生きるために。自分の居場所を作り出すために。
確かに、よくないとは思う。
嘘はいいものじゃないから。
でも、嘘なら、なんでもできる。
嘘で自分の壁を作って本心を曝け出さなければ、攻撃されても、傷付いて、壊れるのは私じゃない。私の壁が一枚砕けるだけ。また、新しい嘘を作ればいい。
壁なんか、いくらでも作ればいい。
簡単だ。適当な嘘だろうとなんだろうと、純粋な人間なんか、簡単に騙せる。
嘘で固めた嘘に、穴なんかない。
バレる余地なんて、作るはずがない。
こんな私になったのには、
うつ病になったのには、
理由があった。
小学4年生。
私の愛犬が死んだ。
「菜々」と言う名前だった。
私が生まれる前から、ずっと菜々と一緒だった。
でも
菜々を見ると思い出してしまうのだ。
父の妹、夏葉のことを。
夏葉は、うつ病にかかっていたそうだ。
自殺したのもそれが原因。
理由は、愛犬も、母も、死んでしまったから。
このままじゃ、一人ぼっちになってしまう。
そう、思ったのだろう。
元からうつ病だった夏葉は、さらにうつ病が悪化し、部屋で包丁で自分の胸をさしていた。
3歳の頃のことなのに、まるでついさっきのことみたいに覚えている。
脳裏に刻まれている。
あの、残酷な血の海を。
私は、菜々が死んで、怖くなった。
私も夏葉と同じ道を辿るんじゃないか、って。
怖くて、真っ暗の部屋の中、私は学校にもいかず震えていた。
菜々が死んでしまった悲しみに、自分が夏葉と同じ道を辿るのかもしれない、と言う恐怖。
母と父は私の異変を察知し、病院へ私を連れて行った。
そして私は、「うつ病」だと診断された。
手の先から、体がすうっと冷たくなってゆく感覚に襲われ、私は病院で倒れた。
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