目を覚ました私の頬は、涙で濡れていた。
病院の院長さんみたいな人が来て、私に告げた。
「うつ病にかかってしまう=自殺してしまう、と言うわけではありません。
いつも通り、笑っていれば、うつ病はなにも害がない病気です。
だから、大丈夫。」
私は、昔みたいに大声で泣いたりはしなかった。
むしろ私は怒った。
「違います。
私の父の妹は、うつ病で自殺しています。
そんな人がみじかにいる私に、生半可な気持ちで大丈夫なんて言わないでください。
私にとってうつ病は、この世で一番怖いもので、大丈夫、なんて言葉で救われると思いますか?
そんなわけ、ないでしょう?
ふざけた励ましなんて、逆に迷惑です!!!」
つい、爆発してしまった。
私の恐怖と、怒りが。
院長さんは、面食らった顔になりながら、顔を伏せて病室から出て行った。
かわいそう。
あの医者は、余計なことをした。
余計な口を挟まなければ、傷つきはしなかった。
なのに、なんて馬鹿な医者だ。
純粋に、慰めたつもりだったのだろう。
ただ、火に油を注いだだけで。
こんなこと、昔もあったっけ。
私も記憶が一部欠けている。
だから、はっきりとは覚えていない出来事だけれど、確か。
確か、私に対して同情した子がいた。
日比野…麗奈という子だった気がする。
麗奈は、私の幼馴染だった。
幼稚園で仲良くなった。
そして2年生の時、喧嘩してそれっきり。
私の父の妹、夏葉について話した日。
麗奈は、「かわいそう」「大丈夫だよ」「関係ないよ」とか、
同情する言葉を口にした。
「なんで?」
私は、そう聞いた。
もちろん、笑顔を絶やさずに。
麗奈は、こう告げた。
「なんで、って…
だって、かわいそうだから。
小さい頃に、そんな事件が起こったんでしょう?
かわいそう、って思う…よ?」
「ーーーそっか。」
でもね、麗奈。
私はきっと同情して欲しいわけじゃないんだ。
きっと、受け止めて欲しいんだ。
麗奈は、事件を体験していない。
そんな人の、大丈夫、なんか嬉しくない。
かわいそう、なんて。
逆に辛いよ。
自分が、ますます惨めに思えてきてしまう。
そこからの記憶は、なくなってしまった。
もう、覚えていない。
4年生の時に、忘れてしまったから。
でも、
「…じゃ、私はこれで。」
そう、慌てて告げて、私は走って家に帰った。
それは覚えている。
涙を隠すために。
泣いちゃダメ。
泣いたら、ますます惨めだから。
嫉妬、だと思う。
その子は、文武両道で、言葉通り勉強も運動もできた。
才能に加えて、努力を欠かさない子だった。
私はその子に劣っていて、いつもその子と比べられてばかりいた。
どれだけ頑張っても、認められることはなかった。
「悔しい。」
認めてしまえばいいのに。
負けを確定されたくないから、その一言を発しない。
すずと麗奈はすごく似ていた。
すずと話しているときは、まるで麗奈を話しているようだったと、いつも思っていた。
すずが文武両道か、と聞かれたら違うけれど、でも。
でも、どこか似ていた。
だから、すずと仲良くなれば麗奈の記憶を上書きできるかも、と思ったのだ。
あの時、自分はきっと麗奈にひどい態度を取ったのだろう。
記憶が欠けている自分が、恨めしかった。
うつ病になるまでは、しっかり覚えていたのに。
もう、全部うつ病のせいにしちゃいたい。
そしたら、きっと楽なのに。