日が暮れる頃。
勉強合宿を終えた生徒たちは帰りのバスに乗り込む。
とても濃い時間だった。
雪乃はバスに乗り込み、窓から旧校舎を見た。
『おいで』
『いかないで』
何故だか呼ばれている気がする。
正直来た時から感じていたが、ここはゴーストポケモン達の巣窟だ。
昨夜ここで肝試しをしたアホ達もいたらしいが、無事だったのだろうか。
そうしてバスは走り出す。
「どう?チーノくんに勝てそう?」
隣に座る美希が雪乃に聞いた。
雪乃は窓の外の景色を見ながら、うーんと唸る。
「どうかなぁ…」
そして時は過ぎ、期末テストの結果が以前と同じように廊下に張り出された。
勿論上位には入っておらず。
群がる生徒達の一歩後ろで、雪乃は持っていた短冊に目を落とす。
「100位か」
「っ、おい!」
耳元から聞こえてきた声に、雪乃は飛び退きその人物を見上げる。
「毎回毎回、人の成績覗き見んなグルグル眼鏡!」
背後から雪乃の手元を覗き込んでいたのは、チーノだった。
その一連の流れに、雪乃は既視感を覚える。
「だから、見たくて見たんちゃうって」
「はいはい。高身長アピール乙」
「お前がチビなだけやろ」
ムキーッ!!と憤怒し持っていた短冊を握りしめる雪乃。
相変わらず減らず口でムカつく。
「てか100位じゃないし、102位だし!!」
「変わらんやろ。細かいな」
順位上げてやってんのに何怒っとんねん、と冷静に言われ更にムカつく。
確かにそうだけども。
それより、と空気が張り詰める。
「お前の順位は……?」
ここで勝敗が決まる。
勝てばこいつが風紀を辞める。
負ければ私が風紀を辞める。
雪乃はごくりと唾を飲み、ジッとチーノを見つめた。
「…残念やったな」
チーノの言葉に、目を見開く。
分かっていた。
勝てないことくらい。
最初から勝算なんてなかった。
勝てる見込みなんてなかった。
それでも、引き下がれなかった。
クシャリと短冊を握りしめながら、俯く。
終わった。
春翔に何て言われるだろう。
「引き分けや」
続くチーノの言葉に、雪乃は顔を上げた。
え…?
引き分け…?
チーノが自分の短冊を見せてくる。
確かにそこには、“102位”と書いてあった。
え?同じ順位?
嘘でしょ?
そんな事あるのか、と信じられず固まる。
「いやー残念残念。お前を陥れるチャンスやったのになぁ。意外と順位上げてきてびっくりやわ」
短冊をヒラヒラと扇ぎ息をついてわざとらしくそう言うチーノ。
ほんとか…?と疑うが、確かに短冊にはこいつの名前が書かれていた。
おかしなところはない。
それに、順位が被ることもなくはない。
でも、まさか。
こんな結果になるとは。
「…引き分けの場合、どうなるの?」
「決めてへんかったからなぁ。まぁ、現状維持やろな」
「…なんか腑に落ちない」
「首の皮一枚繋ぎ止めたんやから、喜んだらええやろ。本来なら俺に負けてるところを」
「負けてないし」
「いやー、これこそ奇跡やな」
「うるさい」
睨みつければフン、と鼻で笑うチーノ。
「…まぁ、そんだけ順位上げれたんやから、草凪先輩も褒めてくれるんちゃう?」
そう言いながら背を向ける。
らしくない言葉に、雪乃は気持ち悪さを感じていた。
「じゃあな、おチビさん」
ひらひらと手を振り去っていくチーノの背中に、雪乃は口を開いた。
「借りは返したから」
その言葉に一瞬立ち止まったチーノは、何も言わずに再び歩き出す。
「…お返しが大きすぎるわ、アホ」
1人呟いた言葉は、誰にも届かず。
雪乃はチーノが去っていった方向を見つめていた。
雪乃がずっと引っかかっていたこと。
それは、チーノが以前緑の悪魔から庇ってくれたこと。
雪乃はずっとその事を引きずっていた。
最終的に恥をかかされたが、助かったのは事実。
それを『借り』として、ずっと抱え続けてきた。
それに何より、不安な気持ちになった時、頰を撫でてくれたあの優しい尻尾に、救われたから。
「…次は負けないから」
雪乃は背を向け、廊下を歩き出した。
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