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基地司令室には重い沈黙があった。首相補佐官の来訪。
それだけで基地の空気は張り詰めている。
廊下を行き交う兵士の足音まで妙に硬かった。
誰もが平静を装っている。
だが落ち着いている者はいない。
国家中枢の人間が前線基地へ足を運ぶ。
それ自体が異常事態だった。
「天音少尉」
秘書官が扉を開く。
「補佐官がお呼びです」
その一言で周囲の空気がさらに重くなった。
副官が心配そうな顔を向ける。
だが天音は何も言わない。
ただ静かに立ち上がった。
「分かりました」
胸の奥が少しだけ騒がしい。
それを表情に出さないよう意識しながら廊下を歩く。
警護員の立つ扉の前で足を止めた。
副官ですら入れない。
それだけで相手が誰なのか理解できる。
警護員が扉を開く。
部屋の中には一人の男がいた。
窓際に立ち、基地の敷地を見下ろしている。
振り返りもしない。
それなのに、その場の空気は完全に支配されていた。
「来たか」
短い言葉だった。
天音は敬礼する。
男はゆっくり振り返った。
鋭い眼差し。
まるで値踏みするような視線だった。
「緊張しているな」
「していません」
即答だった。
男は小さく笑う。
「そういうことにしておこう」
机の上に置かれた封筒へ手を伸ばした。
厚手の紙。
官邸の紋章。
赤い封蝋。
それだけで胸がざわつく。
「受け取れ」
差し出された封筒を受け取る。
思ったより重かった。
紙の重さではない。
中に入っているものの重さだ。
「首相直々の辞令だ」
天音の指先に力が入る。
「開けろ」
命令だった。
封を切る。
紙を開く。
視線が文字を追う。
そして止まった。
男は何も言わない。
ただ反応を見ている。
「どうだ」
「……私がですか」
思わず漏れた言葉だった。
男は頷く。
「首相の判断だ」
辞令には新たな任命が記されていた。
首相補佐官付特別補佐官。
国家中枢に近い立場。
少尉である自分にはあまりにも不釣り合いな肩書だった。
「なぜ私に」
男は椅子へ腰を下ろす。
「君は現場を知っている」
静かな声だった。
「兵士を知っている」
「戦場を知っている」
「そして人の痛みも知っている」
男の視線が天音を捉える。
「国家はそういう人間を必要とする」
辞令を握る指にわずかに力が入った。
男は続ける。
「勘違いするな」
その一言で空気が冷える。
「名誉職ではない」
「褒美でもない」
「働いてもらう」
あまりにも率直だった。
男は窓の外へ目を向ける。
「国家は理想だけでは立たん」
「誰かが支えなければならない」
「見えない場所でな」
静かな言葉。
だが重い。
「安心しろ、天音少尉」
そこで初めて男は薄く笑った。
「国を背負えとは言わん」
一拍置く。
「ただ、その礎の一つになってもらうだけだ」
天音は答えられなかった。
期待されているのか。
利用されているのか。
その違いすら分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
この男は本気で言っている。
やがて辞令を封筒へ戻した。
「拝命します」
男は満足そうに頷く。
「結構」
それだけだった。
沈黙が落ちる。
本来ならここで終わりだ。
辞令は渡された。
補佐官の目的も果たされた。
だが天音は動かなかった。
男は気付いている。
最初から。
「まだ何かあるのか」
静かな問い。
天音は息を整える。
ここから先は辞令ではない。
自分の願いだ。
「お願いがあります」
男は答えない。
続きを促すこともしない。
ただ待っている。
沈黙が流れる。
その沈黙に耐えきれなくなった方が口を開く。
そんな空気だった。
「私の部隊の現況視察許可を頂きたいのです」
男の目が細くなる。
机の上に置かれていた申請書へ視線が落ちた。
そして口元がわずかに歪む。
「なるほど」
ようやく本題か。
そう言いたげな笑みだった。
天音は理解する。
ここから先は願いではない。
交渉だ。
そして最後まで
基地司令室には重い沈黙があった。
首相補佐官の来訪。
それだけで基地の空気は張り詰めている。
廊下を行き交う兵士の足音まで妙に硬かった。
誰もが平静を装っている。
だが落ち着いている者はいない。
国家中枢の人間が前線基地へ足を運ぶ。
それ自体が異常事態だった。
「天音少尉」
秘書官が扉を開く。
「補佐官がお呼びです」
その一言で周囲の空気がさらに重くなった。
副官が心配そうな顔を向ける。
だが天音は何も言わない。
ただ静かに立ち上がった。
「分かりました」
胸の奥が少しだけ騒がしい。
それを表情に出さないよう意識しながら廊下を歩く。
警護員の立つ扉の前で足を止めた。
副官ですら入れない。
それだけで相手が誰なのか理解できる。
警護員が扉を開く。
部屋の中には一人の男がいた。
窓際に立ち、基地の敷地を見下ろしている。
振り返りもしない。
それなのに、その場の空気は完全に支配されていた。
「来たか」
短い言葉だった。
天音は敬礼する。
男はゆっくり振り返った。
鋭い眼差し。
まるで値踏みするような視線だった。
「緊張しているな」
「していません」
即答だった。
男は小さく笑う。
「そういうことにしておこう」
机の上に置かれた封筒へ手を伸ばした。
厚手の紙。
官邸の紋章。
赤い封蝋。
それだけで胸がざわつく。
「受け取れ」
差し出された封筒を受け取る。
思ったより重かった。
紙の重さではない。
中に入っているものの重さだ。
「首相直々の辞令だ」
天音の指先に力が入る。
「開けろ」
命令だった。
封を切る。
紙を開く。
視線が文字を追う。
そして止まった。
男は何も言わない。
ただ反応を見ている。
「どうだ」
「……私がですか」
思わず漏れた言葉だった。
男は頷く。
「首相の判断だ」
辞令には新たな任命が記されていた。
首相補佐官付特別補佐官。
国家中枢に近い立場。
少尉である自分にはあまりにも不釣り合いな肩書だった。
「なぜ私に」
男は椅子へ腰を下ろす。
「君は現場を知っている」
静かな声だった。
「兵士を知っている」
「戦場を知っている」
「そして人の痛みも知っている」
男の視線が天音を捉える。
「国家はそういう人間を必要とする」
辞令を握る指にわずかに力が入った。
男は続ける。
「勘違いするな」
その一言で空気が冷える。
「名誉職ではない」
「褒美でもない」
「働いてもらう」
あまりにも率直だった。
男は窓の外へ目を向ける。
「国家は理想だけでは立たん」
「誰かが支えなければならない」
「見えない場所でな」
静かな言葉。
だが重い。
「安心しろ、天音少尉」
そこで初めて男は薄く笑った。
「国を背負えとは言わん」
一拍置く。
「ただ、その礎の一つになってもらうだけだ」
天音は答えられなかった。
期待されているのか。
利用されているのか。
その違いすら分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
この男は本気で言っている。
やがて辞令を封筒へ戻した。
「拝命します」
男は満足そうに頷く。
「結構」
それだけだった。
沈黙が落ちる。
本来ならここで終わりだ。
辞令は渡された。
補佐官の目的も果たされた。
だが天音は動かなかった。
男は気付いている。
最初から。
「まだ何かあるのか」
静かな問い。
天音は息を整える。
ここから先は辞令ではない。
自分の願いだ。
「お願いがあります」
男は答えない。
続きを促すこともしない。
ただ待っている。
沈黙が流れる。
その沈黙に耐えきれなくなった方が口を開く。
そんな空気だった。
「私の部隊の現況視察許可を頂きたいのです」
男の目が細くなる。
机の上に置かれていた申請書へ視線が落ちた。
そして口元がわずかに歪む。
「なるほど」
ようやく本題か。
そう言いたげな笑みだった。
天音は理解する。
ここから先は願いではない。
交渉だ。
そして最後まで。
その判断を握るのは、この男なのだ。
コメント
2件
ゲストさんいいね♪ ありがとうございます。 すごい励みになります。 色々編集してクオリティを 高めて参りますので、 今後ともよろしくお願いします 30いいねやったぜ!
いやあ…めちゃくちゃ重かったっすねこの回。補佐官の圧がエグすぎて読んでるこっちまで息止めたくなるような空気感。辞令の重み、そして「願いじゃなくて交渉だ」って天音が舵を切るところ、軍人としての覚悟と同時に人間くさい執着も感じられてすげえ刺さりました。次の話が気になる構成、最高です🔥