テラーノベル
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「――お前は、この『朽ちた鏡』で良いだろう?」
魔物が出る迷宮の奥深く、荷物持ちのレクトが言われたのは――そんな言葉だった。
その傍らで、パーティのメンバーは様々なものを手にしている。
剣士は立派な剣を。
斥候は珍しい鉱石を。
魔法使いは美しい宝飾品を。
治癒士は貴重な古書を。
――それぞれが満足そうに、嬉しそうな表情を浮かべる。
それに対して……レクトに渡されたものは、一部が欠けた粗末な鏡。
「ふざけるな。階層主クラスの戦利品は、話し合って決める約束だっただろう?」
「だから、4人で話し合って決めたんだよ。お前はただの、荷物持ちだろ?」
「きゃははっ! アタシは絶対、この宝石は譲らないからね!?
ねぇねぇ。うるさい荷物持ちは放っておいて、もう出ちゃいましょうよ」
「ああ、そうだな。
帰り道にうるさくされても仕方ねぇから、帰還スクロールで戻ろうぜ」
「それじゃぁね。ケンセイサマ♪」
「ま、待て――」
……レクトの制止も虚しく、パーティの全員は光に包まれて消えていった。
帰還スクロールは高価なものだが、ここで手に入れたものよりは……ずっと価値が低い。
「――くそっ!!」
レクトは忌々しそうに言いながら、静かに腰を下ろした。
ここは迷宮の奥深くとはいえ、途中に出てきた魔物は強くはなかった。
迷宮の地図は頭に入っているし、帰還スクロールを使わなくても……ひとりで帰還はできるだろう。
しかし、さすがに今受けた扱いは――
「……まぁ、今さらか」
受けた仕打ちを些細なものと飲み下して、レクトは手に入れたばかりの鏡を改めて眺める。
そこには自分の姿が、ぼんやりと映っていた。
……磨けばもっと、きれいに映るのだろうか?
まるで魅入られるように、しばらく中を覗き込んでいると――
突然の頭痛が、耐えられないほどの激痛が、レクトに襲いかかった。
「ぐぁ……!? あああぁ……ッ!!?」
鏡を落とし、うつ伏せに倒れ込む。
そして、思わず手を伸ばす――……が、その先には仲間も、仲間と思っていた人間も、誰もいない。
必死にもがいた手の先には、落としたばかりの、古ぼけた鏡だけがあった。
思わず手に取り、薄れゆく意識で覗き込む。
……そこには何も、映っていなかった。
しかし――
「――……ひょう……い……?
ひょうい……。憑依――」
うなされるように、レクトの言葉は小さく、広間の一角で消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――2週間後、レクトの姿は教室にあった。
『職才』と呼ばれる、様々な才能を集めた『王立ヴァルセリア学院』。
そこの2年生――というのが、レクトの肩書きだった。
「レクト! 無事だった!?」
授業が始まる前、幼馴染のエステルが話し掛けてくる。
編み込みで飾られた、淡い栗色の、長い髪。
青色の瞳が、愛らしい顔立ちを魅力的に引き立てる。
――2年生の中でも、人気のある少女。
「ああ、大丈夫だ。心配を掛けて、悪かったな」
「本当だよ! 迷宮の奥に取り残されただなんて……。
それで、そいつらはどうしたの!?」
「俺からは何もしてないぞ。まぁ、よくあることだからな」
その言葉に、エステルはつい、レクトの右足を見てしまう。
入学直後の屋外授業で、深い傷を負い、治療が間に合わなかった足。
今やその足は、必要なときに……強い力を生み出すことができない。
剣聖という剣術の職才を無駄にし、彼の夢を粉々にした怪我――
……そのことを思うと、エステルは未だに胸が苦しくなる。
「――俺は大丈夫だ。剣術なんて、とっくに捨ててるからさ。
だから今は、こうして荷物持ちの修行をだな……」
「……『ポーター』って言いなさいよ。
その職才を持ってる人に、失礼じゃない?」
エステルは努めて、笑顔を作り出した。
彼女が持つ職才も剣聖であり、同じ職才を持つ者同士、かつては共に戦う未来を夢見ていた。
しかしレクトがポーターに転向した今、彼女は……一緒のパーティを組む、という目標に変更していた。
「そろそろ授業が始まるな。ほら、席に着いた方がいいぞ?」
「はぁ……そうだね。あーあ。私、授業は苦手だな~」
「成績優秀者が、何を言ってるんだよ……」
エステルはとびきりの笑顔を見せたあと、自分の席に戻っていった。
レクトはそのまま、落ち着かない気持ちで窓の外を眺めていた。
――昼休み。
レクトが外で食事をとっていると、エステルがやってきた。
「レクト、一緒に食べよ!」
「……お前の友達と食べれば?」
「まぁまぁ、今日はレクトの気分なの!」
そう言いながら、彼女は遠慮なくレクトの隣に座る。
ふたりが広げた食事はそれぞれの寮で作られたもので、メニューは違っていた。
片や男飯、片や彩りに満ちたもの。
「私、男子寮のお弁当の方がいいなー」
「ははは、剣術は体力勝負だからな。
とはいえ、女子寮にもそういうメニューはあるだろ?」
「そうなんだけどさ……。周りの目が痛いでしょ? ほら、私のイメージ的に……」
「この学院は職才を伸ばす場所なんだから、その考えはダメだろう……。
……でもまぁ、エステルは人気者だからな」
「そうそう、そうなのよー」
――そんな人気者が、俺と一緒にいても良いのだろうか。
情けない言葉が出かけたが、レクトはそれを飲み込んだ。
「……どうしたの? 顔、少し赤いよ?」
エステルが無防備に、レクトに顔を近付ける。
レクトは慌てて、エステルから距離を取った。
そして場を誤魔化すように、話を続ける。
「そういえばさ、この前の迷宮で――
……何か俺、スキルを覚えたみたいなんだよ」
「え、本当に!? いいな、羨ましい!!」
この世界では、後天的に突然、技能――いわゆる『スキル』を取得することがある。
才能の芽吹き、神の祝福、古代からの贈り物……など、呼び方も様々だ。
「――それで、どういう能力? 戦闘では使えるのかな?」
「さ、さぁ……? まだ、使ったことが無いんだ」
「ふーん、気になるなぁ。ちなみに、スキルの名前は、何ていうの?」
……『憑依』。
明らかに怪しく、使うことさえ躊躇われる名前を……レクトは口にしづらかった。
ただ、その反面――改めて、このスキルが気になってしまったのも確かだ。
「うーん……。ここで言うのは、はばかられる……というか?」
「それくらい教えてよ! 私とレクトの仲じゃない!」
その言葉に、レクトの胸には熱いものが込み上げてきた。
仮に怪しいスキルだったとしても、エステルなら認めてくれるのでは……。
本来であれば名前くらい、先に伝えるべきだ。
ただ、それでも今は、その勇気が出てこない――
「……エステルが良ければ、ちょっと使ってみても……いい?」
「お、その気になったわね? 危なくは無いんだよね?
それじゃ……はいっ!」
エステルは、レクトに両手を差し出した。
レクトは緊張しながら、彼女の手をゆっくりと掴む。
そして、初めてではあるが――
使い方は当然のように理解しており、その手順を踏んでいく。
――≪憑依≫
頭の中で、パチッと弾ける音がした。
思わず目を瞑ってしまったが、慌ててすぐに目を開ける。
するとそこには――……レクトの、自分自身の姿があった。
「お、俺ぇええっ!!?」
叫んでからさらに驚く。明らかに自分の声ではない。
聞こえ方は少し違うが、まるでエステルの声のような――
慌てて自身の手を見ると、女子の手だった。
白魚のような……感じではなく、剣を振るっている手。
レクトの記憶にもある、エステルの手だ。
……ついでに、胸が邪魔して手以外には脚しか見えない。
「えぇっと――それで、目の前の俺は……誰?」
恐る恐る、レクトの身体に声を掛ける。
しかし目の前のレクトは、不思議そうな目を向けている。
「……えっと? エステル、何か悪いモノでも食ったのか?」
「しゃ、喋ってる!?」
「そりゃ、喋りぐらいはするだろ……。
っていうかお前、俺と喋りに来たんだろ……?」
目の前のレクトは、普段通りに話している。
声の聞こえ方はやはり違うが、他人から聞けば……こんな感じなのだろう。
突然の非日常な出来事に、レクトは胸元に手を当てて――
少しばかり手の位置に迷ったが、心臓の音を確かめて、静まるように集中する。
……落ち着け、俺。
……落ち着け、俺。
「何だかおかしなやつだなぁ……。
ふわぁ……。昼休みも終わるし、そろそろ戻るか」
「う、うん……!」
レクトの身体は立ち上がり、すたすたと先を歩いていく。
エステルに憑依したレクトも慌てて立ち上がり、レクトの身体を追いかけていく。
「~~~~~っ!!?」
脚の素肌をスカートが掠め、冷たい風が通り抜けていく。
エステルの身体の歩き方に、レクトはどうしても違和感を覚える。
まわりの生徒たちから、どこか見られている気がする。
単純に恥ずかしい。……しかし、これがエステルの日常なのだろう。
「――あ、そうだ。
憑依を解除すればいいのか……!」
そう思ったときには、既にレクトの姿は見えなくなっていた。
案外歩くのが速いのか――……いや、エステルの歩幅が小さいのか。
遠くの方から、授業開始の鐘が聞こえてくる。
レクトは慌てて走り出したが……慣れない身体で、転倒してしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――エステル、遅いじゃないか!」
「すいません……。怪我をしてしまって、保健室に行っていました」
「ふむ、そうだったのか? 授業中だから、早く座りなさい」
「は、はい!」
仕方が無いこととはいえ、授業中のクラスの視線を集めてしまった。
元の身体であれば何ともないことだが、エステルの身体に憑依している今――
……何だか無性に、恥ずかしかった。
その恥ずかしさに耐えながら、レクトはどうにか授業を終えた。
今のうちに早く、元の身体に戻らなくては――
そう思ってレクトの席を見ると、レクトの身体は見当たらなかった。
レクトは慌てて、友人の男子に声を掛ける。
「あ、ごめん……。俺……いや、レクトは?」
「ん? あいつなら、今日は早退したぜ?」
「え、何で!?」
「昼休みのあと、眠い……って急に言い始めてな」
「わ、私! 用事があったんだけど……!?」
「明日も授業があるし、明日にすれば?」
レクトが慌てながら話をしていると、エステルの友達が近寄ってきた。
「そうだよ、エステル。
いくらレクト君が心配でもさ、押し掛け女房にもほどがあるよー?」
「ひゅーひゅー♪」
「違……ッ! そ、そんなんじゃないから……!」
「わかってる、わかってるよ~♪
それじゃ今日は、約束してた女子会だからね!」
「……え?」
「さぁさぁ、街に繰り出そう! 今日はたっぷり遊ぶよ~っ!?」
――……その後のレクトの記憶は、曖昧だった。
街中のお洒落なカフェで、最近の出来事を賑やかに話したり――
急に恋バナに変わって、何とか時間をやり過ごしたり――
どうにか解放されたあとは、できるだけ目を開けないようにして、風呂や着替えを済ませたり――
……そして夜。
レクトはベッド横の照明を落として、仰向けに寝転んだ。
「……や、やっと……、今日が終わる……。
明日はさっさと……元の身体に戻るぞ……」
――そうは言うものの、レクトはまるで寝付けなかった。
寝返りを打つたび……長い髪が腕をくすぐり、パジャマの質感が肌に吸い付いていく。
……そんな未知の感覚が、レクトを眠りから遠ざけ続けたのだ。
コメント
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いや〜っ、第1話からめっちゃ面白かった!!😭💕 レクトくん、パーティに酷い扱い受けてて胸が痛んだけど……その後の憑依スキルでエステルに乗り移っちゃう展開、想像以上にカオスすぎて笑ったwww 女子会とか風呂とか、紳士的に耐えるレクトくんの心情がリアルでツボだわ〜✨ しかもエステル、幼馴染としてめちゃくちゃ良い子じゃん?レクトのことずっと気にしてて……このふたりの関係がこれからどう変わっていくのか超気になる!! 続き、マジで楽しみにしてます!!📚💖
成瀬りん
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かませ犬S
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