『初めまして。私、上原こずえです。仲良くしてね』
初めて会った時は、にっこり笑って挨拶をしてくれた。
『美晴って呼んでもいい? きれいな名前だね』
こずえは自分の名前をきれいだと褒めてくれた。
『ねえ美晴、お茶しに行こうよ!』
内向的な自分をいつも外に連れ出してくれた。
『結婚するの? おめでとう! 幸せになってね』
結婚を報告した時、いちばんに喜んでくれた。
『幹雄さんって素敵な旦那様だね。美晴がうらやましい~』
夫を紹介した時も笑顔だった。
『やっほー。美晴、元気? 赤ちゃんは順調?』
妊娠を告げたら喜び、身を案じてくれた。
『そんな……やっと授かったのに……美晴、辛かったね』
流産を報告した時は、一緒になって悲しんでくれた。
『それにしてもひどいね。もうあんな旦那捨てちゃいなよ!!』
幹雄のモラハラを相談すると、一緒になって怒り、離婚をすすめてくれた――
こずえとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。全部、嘘だった。
彼女の笑顔に亀裂が入り、粉々に砕け散る音を聞いた。
涙が熱く、まるで血の涙でも流しているかのように感じられた。
こずえの裏切りは、美晴の心を深く、深く、傷つけた。
このまま立ち直ることができないほどに。
涙が、止まらない。
絶望に打ちひしがれて涙を流していると、アプリからメッセージが届いた。
『美晴さん、大丈夫でしょうか。わたしはあなたの味方です』
味方?
美晴はもう一度アプリの画面を見つめた。腑に落ちないことがたくさんある。
このアプリはいったいどういう意図で作られたのだろうか。本当に美晴の味方であり、この地獄から救ってくれるのか、知りたくもない事実を突きつけ、誰かが動画配信でもしているのではないか。この写真だって、アプリの捏造かもしれない。AIなら簡単に人を騙すような画像や動画を作れるはず。
(そうだ。こずえがこんなことをするはずないよ。アプリが嘘を私に教えているんだ…)
返信をせずに画面を見つめていると、心の声を読み取ったかのようにアプリからメッセージが届いた。
『わたしはあなたを裏切りません。あなたを裏切るメリットがありません。こう言えば信じてもらえますか?』
(!?)
まるで自分の心を読みすかしたかのような回答を送ってくるアプリが恐ろしくなり、美晴はスマートフォンをベッドに放り投げた。
アプリはそれ以上メッセージを送ってこなかった。やがてスマートフォンの画面が一定時間経ったために暗くスリープモードになった。
ここで諦めれば、これ以上傷つかなくてすむ。
目を閉じて見ないふりをすれば、こずえはもとのこずえのまま…。
でも、ここまできてどうやって幹雄と離婚すればいいのだろう。
アプリの指示に従ってきた結果、得られた情報が正しいものかどうか、自分の目で確かめもせずに逃げ出せば、一生松本家で飼い殺しにされるだろう。それは明白な事実。
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