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「む、無理だ……正気か……!? 朱雀様は今、御身に溜まった『穢れ』のせいで理性を失っておられるのだぞ! 今のあの方に近づくのは、火に飛び込む羽虫も同然……っ」
「んな事知るかよ。大丈夫だって。やばい奴にひよっててヤンキーが務まるかっつーの!」
煌は、広間の最奥に鎮座する、これでもかとお札が貼り付けられた重厚な朱塗りの扉を指差した。
扉の隙間からは、陽炎のような熱気がゆらゆらと漏れ出し、ただならぬ圧迫感を放っている。
普通なら足がすくむような光景だが、早く後輩の仇を討ちに行きたい煌にとっては、ただの「邪魔な壁」にしか見えない。
「お、お待ちください! 丸腰で、しかも男の貴方が行ったところで、浄化どころか焼き殺されるのがオチに――」
「焼き殺される? ハッ、面白れぇじゃん。やってみろよ」
煌は男の制止を鼻で笑うと、大股で扉の前へと歩み寄った。
迷いはない。
右足に力を込め、喧嘩の時の癖で一気に踏み抜く。
「おい、朱雀とやら! さっさとその証っての寄こせ! 俺は忙しいんだよ!!」
特攻服の裾を翻し、煌の蹴りが扉のド真ん中をブチ抜いた。
蝶番と、背後の男が悲鳴を上げ、左右に開いた扉が壁に激突して火花を散らす。
その直後。
部屋の中から、肺を潰されるような重苦しい熱風が吹き荒れた。
「……ほう。随分と威勢のいい『餌』が紛れ込んできたものだな」
煙る香炉の向こう側。
緋色の寝椅子に身を横たえ、だらしなく長い足を投げ出している男がいた。
身に纏っているのは、薄い絹のような緋色の衣のみ。それも大きく肌蹴ており、汗ばんだ白い胸元が、ゆらゆらと揺れる灯火に照らされている。
男はぐったりと力なく横たわっていたが、その姿には、見ているだけで喉の奥が乾くような、奇妙で濃厚な色気が立ち込めていた。
(……なんだ、こいつ。具合でも悪いのか?)
煌は眉をひそめた。一歩踏み込むだけで、部屋の熱気がさらに一段階跳ね上がる。そう言えばさっき、穢れがどうのと言っていたような気がする。
朱雀は重そうにまぶたを持ち上げ、黄金色に濁った瞳でゆっくりと煌を射抜いた。
その瞳は熱に浮かされたように潤んでおり、気だるげな視線が煌の足元から頭の先まで、這いずるように動く。
「あんたが、朱雀か?」
「……なんだ、まだ子供ではないか」
低く、掠れた声。まるで肺の奥から熱を吐き出すような、艶っぽい響きだった。
「あぁ!? 誰がガキだ。目ぇ開けてよく見ろ、これでも一端の男だっつーの!」
煌はズカズカと、その毒々しい色気を放つ男の枕元まで歩み寄った。
近くで見れば見るほど、朱雀の顔色は悪い。吐息は荒く、額には細かな汗が浮かんでいる。だが、その弱っているはずの身体から放たれる「熱」は、まるで真夏のコンクリートのようにギラついていた。
「……ふん。口の減らぬ童よ……」
朱雀はくっ、と喉を鳴らして、力なく笑った。
そのまま、糸が切れたような動作で細い手を伸ばすと、煌の特攻服の襟元を掴み、自分の方へと引き寄せる。
「うおっ、おいッ!?」
不意を突かれ、煌の身体が大きく前のめりに倒れ込む。
至近距離で、朱雀の潤んだ瞳が煌の視線を捕らえた。熱い吐息が鼻先をかすめ、甘く痺れるような香りが鼻腔をくすぐる。
「……何の手違いか知らぬが。わしが求めていたのは、もっとこう……柔で、従順な雌のはずだったのだがな……」
朱雀の指先が、震えながら煌の頬を撫でる。
その指は驚くほど熱く、まるで火傷しそうなほどだった。
「……だが。その猛々しい魂の匂い……存外、悪くない」
「そりゃ残念だったな。何言ってんのかわかんねぇけど、とりあえず離せって」
「嫌だ」
「あ? 何言ってんだ、てめぇ……っ」
これっぽっちも冗談を言っているようには見えない。朱雀の指は、まるで獲物を離さない猛禽の鉤爪のように、煌の特攻服を強く握りしめている。
「……冷たいな。貴様の魂は、雪解け水のように澄んでいて、ひどく冷たい」
朱雀はうわ言のように呟くと、掴んだ襟をさらに強く引き寄せた。
「……おい、っつってんだろ! これ以上調子こくと、その綺麗なツラ、マジでボコボコに――」
煌の胸板が、朱雀の薄衣越しに、熱を帯びた胸元へと押し付けられる。
ドク、ドクと、早鐘を打つような朱雀の心音が直接伝わってきて、煌の背中に嫌な汗が流れた。
それは恐怖というより、今まで喧嘩相手からは一度も感じたことのない、暴力的なまでの「熱」に当てられた感覚だった。
「……案ずるな。今は何もせぬ。……少し、わしを冷やせ」
「冷やせって。俺は氷か何かか?」
明らかに具合の悪そうな人間に手を出すわけにもいかず、煌は困り果てて全身の力を抜いた。
なぜこうなったのかはわからないが、相手が本気でしんどそうなのは伝わってくる。
「……あー、もう。分かった、分かったから。一瞬だけだぞ」
煌が抵抗をやめ、観念したように息を吐くと、朱雀は満足げに喉を鳴らした。
ドサリ、と重なるようにして寝椅子に沈み込む。
朱雀は煌の細い腰に腕を回すと、冷んやりとした特攻服の生地に顔を埋めるようにして、深く息を吐き出した。
「……ああ、心地よい。貴様の魂は、猛々しいくせに、これほどまでに清涼だ……」
耳元で囁かれる掠れた声。
朱雀の身体から放たれる熱気が、薄い衣を透かして煌の肌にじりじりと伝わってくる。あまりに密着しすぎていて、相手の熱い心音と、自分の戸惑った鼓動が重なってしまいそうだ。
(……マジでなんなんだよ、この状況。喧嘩しに来たはずが、なんでジジイの抱き枕になってんだ、俺)
煌は天井のお札を虚ろな目で見上げた。
朱雀の熱を帯びた吐息が、首筋をくすぐる。
そのまま静かに目を閉じるかと思った朱雀だったが、ふと、煌の襟元に鼻を寄せ、クン、と深く匂いを嗅いだ。
「わっ、ちょっ! なっ、何やってんだっ!?」