次の日マイは走って俺の家に来た。泣きながら。
「どうした、マイ。」
「お、俺…!!セラを傷つけたかもしんない!」
俺は頭が真っ白になった。
「…は?」
「あの、昨日さ、セラの家に行ったんだ。」
俺は驚いた。そして、怒りが込み上げる。
「待て、行かないっていっただろ?」
「しんぱ…」
「心配なのは俺もだよ!!なんでだよ!行くなってあれほど….!!!」
俺は叫んだ。こんなに怒ったのは初めてだ。大抵隠してしまうから。腹が立てるのは、マイだからなのか?まあ、なんだったとしても。本当に腹が立つ。
「俺はウミみたいに我慢なんかできないんだよ!早くセラに元気になってほしくて!普通行くだろ!」
マイも怒っていた。
「その結果がそれなんだろ。」
驚くほど冷たい声。俺は本当に心の底から怒っていた。行くべきではないとわかるだろ。セラが好きなら、分かれよ。
「んだよ仕方ねーだろ!」
「傷つけたやつが結局悪いんだよ。お前なにしたんだよ?」
俺はもはや怒る気もなくなってしまった。そしてマイも怒るよりも説明が先だと感じたようだった。
「俺はセラの家に行って、大丈夫か、って聞いたんだ。そしたら、セラが、「なんでいるの」って言った後すごく怯えた顔をしてた。「風邪ひいたみたいだから」って言った。セラは泣きながら「ほっといて」って言ったけど…ほっとけなくて話しかけた。話すことがなくなって、「勉強しないと五月第一高校いけねーぞ」って言ったら…」
マイは一息ついた。
「セラはみたことないくらい泣いて、でてって、って言ってきた。」
俺はとてもとても驚いた。まさか、進路のことで、悩んでるのか…?セラは他に行きたいところがあるのか?そして俺たちと五月第一高校にいく約束を果たせないと悩んでいる?それが一番妥当だ。しばらく考えた。
いや、多分これだな。
俺は頭が切れる方だとは思う。こういう推測は大体当てることができた。
そしてそのつぎに、悲しくて、悔しくて、どうすればいいのか分からなくなった。あの言葉がよみがえる。
『俺は五月第一高校って書くつもり。二人もだよな?』
俺のせいかもしれない。
俺が一番だめだった。
その絶望感に、押し潰されそうだ。
「マイ…」
俺が口を開く。
マイはびくんと肩を大きく震わせ、せっかく涙が乾いたのにまた目をうるわせた。
「もう怒ってないよ。」
自然と優しい声が出てきた。いままで聞いた自分の声のなかで一番優しかった。
マイはハッとして俺のことをみた。
「俺だってセラを想って行動した。まあ、最終は俺が悪かった。きっと。でも、マイだってそうなんだよね。それでね、…」
セラに伝えたいことがある、と俺は言った。
マイは驚いたような顔をした。
「会いに行くの?」
「ううん、手紙。」
「手紙?」
マイの顔は少し明るくなった。そういえば小さいとき、手紙が好きって言っていたな。
俺はとても短い手紙を書いた。
「セラへ
自分のことだけ考えて
ウミ」
伝わるかな、まあいいか、伝わらなければもう一回言えばいい。
マイの手紙と一緒にセラの家のポストにいれて、俺たちは家に帰った。
次の日もセラは、学校に来なかった。
俺は今日はセラの家へ行くつもりだ。マイには言わない。
マイは連れていけないから。
学校が終わってすぐにセラの家に向かった。
黒いインターホン。押すとカチッと言う音のあと、チャイムがなった。なんだか重い音色だった。
『…はい。』
セラの声だ。
「ウ、ウミだよ、セラ…。」
その声はインターホン越しには聞こえなかったようだ。
「え、セラ…」
セラがすぐに出てきたみたいだった。セラが俺の声を聞いたのは、直接だった。
「セ…!?」
セラは俺に抱きついてきた。俺はあまりの衝撃に驚いた。
でも耐える。ここは倒れちゃいけないよな。
泣いているセラ。
いつもと違う、ボサボサな髪。メイクもしてない。
でも、それはきれいで、俺を過剰にドキドキさせた。
「う、み…!」
一層ぎゅっとしめつけられる。
「ちょ、なかにはいっていい?」
俺は聞いた。セラは頷いた。
パタン、とドアが閉まる。
「うぁ、うわぁぁ!!」
セラが泣き叫ぶ。とても小さな子どもみたいに。
「えっ…」
セラからいつものキラキラオーラが消えて、そこにはとても痛ましい、俺の好きな人がいた。
頼れるセラ。
でも今は頼ってほしい。俺は倒れこむようにしているセラの背中に手を添えた。
「あの、ね、ごめんセラ。あんなこと、訊いて。」
セラはふるふると首をふった。
「それよりも…、聞いてほしいかもしれない。」
「うん。」
俺の聞いたなかで、一番甘い声だった。
「来てほしかったの、ウミに。」
セラのピンクを基調とした部屋で、セラははじめにそう言った。
「ウミは察しがいいからね、気づいてくれたんだよね。」
俺は頷いた。
「私ね、やっと、決めたの。自分の好きなように、するよ。」
「うん。」
俺は泣きそうだった。
別れたくない。俺もセラと同じところに行きたいけど。
でも俺はお母さんにも五月第一高校に行けと言われているし、何より俺は五月第一高校に行きたい。吹奏楽部に入りたいと思っている。
あそこは文化祭がとても豪華だ。
「どこに行くの?」
俺は聞いてみた。一番気になった。
「あのね、英語の勉強がよく出来る高校なんだ。将来は、翻訳者になりたいの。」
「へぇ、いいな、かっこいい。」
俺はそう言った。
「でも、どこの?」
「えっと、か、海外。」
「え!?」
俺はとても驚いた。海外、か。ますます寂しいな。でも、セラが決めたことだから。
「すごいじゃん、応援する。」
セラの前向きな姿勢と、今の会話のなかに自然と混じっていた笑顔。
あの涙は、なんだったんだろう。不安、とかかな。
「ごめん、ちょっと失礼かもだけど、ね、セラはさっきなんで泣いてたの?」
セラは一瞬切ない顔を見せて、
「あの、その、やっぱ寂しくて。」
と言った。悲しげに笑うセラ。俺はもう我慢ならなかった。涙は静かに頬を伝った。温かいのに、冷たい。
ははっ、と少し乾いた笑いが歯の隙間から出てしまった。
泣いてしまった、と呟いた。
それから、セラのほうを向いて、
「俺も、寂しい。」
静かに言った。セラはそれを聞いて、また泣いていた。
次の日、セラは学校に来た。
「おはよう。」
俺が普通に挨拶すると、セラもいつものような挨拶をした。
「ウミおはよー!」
「おはよ、ウミ!」
セラとマイはいつも通りだ。よかった。
「ウミ、セラは海外に行くらしいぜ、高校。」
マイは笑ってそう言った。
「すげえよな。寂しいけど。」
「うん。」
セラは笑って、
「寂しいけど多分大丈夫だよ。」
と言った。
久しぶりにみるセラのキラキラ笑顔。
可愛くて可愛くて、俺の心臓は潰れそうだった。
ふとマイの顔をみると、セラに見とれていた。
少し頬を染めて。
自分もそんな顔になっていることがわかる。セラは海外に行ってしまうし、マイにとられたくもない。
だけど。この気持ちはまだ持っておくべきなんだ。
マイにとられても仕方がないけど、俺はもう少しこの想いを持っておきたいと思う。
海外に行く大好きな人を応援できるために。