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瀬名 紫陽花
MIRAN@新作短編集公開!!
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【完全回復まで後一歩】
その日は、風がやけに穏やかだった。
駿が神社に着いた時、空気は整っていて、
「今日は大丈夫かもしれない」
そう思ってしまうほどだった。
門の上。
僕は、いつも通り座っていた。
「よ、駿」
声は、もうほとんどズレていない。
駿も、それに気づいていた。
「……声、戻ってきてるな」
「だろ」
僕は、ちょっと得意げに笑う。
「もうすぐ完全回復ってやつ」
そう言いながら、
僕は自分の懐から——
時間を司る時計を取り出した。
妖怪の力の核。
針が回り続ける限り、僕は“安定”していられる。
「今日はちゃんと動くか、確認しとこーと思ってさ」
駿は、少し嫌な予感がして眉をひそめる。
「……無理するな」
「大丈夫だって」
僕は軽く言って、
指で、針に触れた。
——その瞬間。
パキッ
乾いた、嫌な音。
「……え?」
次の瞬間、
時計の針が——
ひび割れた。
一拍遅れて、
耳鳴りが、爆発する。
——キィィィン……!!
「……っ!」
僕は、思わず頭を押さえる。
視界が歪む。
門が、空が、駿の姿が——
全部、ズレて見える。
「……おい!」
駿が叫ぶ。
「何した!」
「……っ、ちょ……」
言葉が、途中で途切れる。
声が、何重にも重なって聞こえる。
「時間が……戻ったり、進んだり……」
足元が、ぐらりと揺れる。
いや——
世界そのものが、不安定になっている。
門の上で、
僕の体が、ぐっと縮こまる。
「……まずい」
その一言だけは、はっきりしていた。
「……時計、壊れた」
駿の顔色が、一気に変わる。
「壊れたって……」
「完全回復、寸前だったのに……」
僕は、苦しそうに笑う。
「やっぱさ」
耳鳴りが、さらに強くなる。
「命、あげるとか……
無茶、しすぎたかも」
「そんな事言うな!」
駿は、思わず門に手を伸ばす。
「……戻ってきたばっかりだろ!」
僕は、その声を聞いて、
一瞬だけ、正気に戻る。
「……駿」
その名前を呼ぶ声は、
さっきよりも、ずっと歪んでいた。
時計の針が、
ぽろりと欠けて、落ちる。
それと同時に、
時間の流れが、乱れる。
——一瞬、風が逆向きに吹いた。
「……また、バグ悪化だ」
僕は、歯を食いしばる。
「……九尾さん、呼べ」
駿は、迷わずお守りを強く握った。
「……待ってろ」
「今度こそ、俺が——」
その先は、
耳鳴りに掻き消された。
完全回復まで、あと一歩。
その“一歩”で、
僕の核は、壊れてしまった。
——ここからは、
時間の妖怪でも、予測できない領域。
————————————————————
——耳鳴りが、まだ残っている。
門の上。
僕は、壊れた時計を胸元に押さえながら、浅く息を整えていた。
針は止まり、ひびは広がったまま。
駿は、下から真っ直ぐ僕を見ている。
目が逸れない。
「……駿」
呼びかける声は、まだ少し揺れている。
でも、さっきよりは落ち着いていた。
「俺、回復領域に行ってくる」
その一言で、駿の眉がきつく寄る。
「……また、行くのか」
「行かないと」
僕は、門の上で足を揺らしながら言う。
「このままだとさ、
時間、もっとズレる」
風が、微妙に乱れた。
それが、証拠みたいで嫌だった。
「……一人で?」
駿の声が、少し低くなる。
「うん」
即答だった。
「今回は、深いとこまで潜るから」
駿は、黙ったままお守りを握りしめる。
ぎゅっと、音がしそうなくらい。
「……戻ってくるよな」
僕は、その言葉に一瞬だけ間を置いた。
そして——
いつもの、少しヤンチャな笑い方で。
「当たり前」
「俺、駿にまだ
文句も言い足りてねーし」
駿の口元が、ほんの少しだけ緩む。
でも、すぐに真剣な顔に戻った。
「……無茶はするな」
「それ、俺に言う?」
「言う」
駿は、はっきり言った。
「今度こそ、
ちゃんと待つ」
その言葉が、胸に刺さる。
「……ありがと」
僕は、小さくそう言ってから、
壊れた時計に触れる。
すると、空気が——
静かに、沈む。
門の上の僕の輪郭が、少しずつ薄くなる。
「……駿」
消える直前、
僕は下を見た。
「声、ちゃんと聞こえるから」
「だから」
一拍、置いて。
「呼べよ」
「どんな時でも」
駿は、強くうなずいた。
「……ああ」
次の瞬間、
世界が、すっと切り替わる。
僕の姿は消え、
神社には、風だけが残った。
駿は、しばらくその場を動かなかった。
胸元のお守りを握りながら。
——回復領域。
そこへ向かう途中、
僕の意識は、ゆっくりと深く沈んでいく。
完全回復まで、
あと、本当に少し。
でもその「少し」が、
一番、危険だった。