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すると恵は「ふぅ……」と溜め息をつき、サーロインの焼きすきをモグモグと食べてから言う。
ちなみにすき焼きは鍋で煮込む料理で江戸時代からある料理だけれど、焼きすきは焼いてからタレで食べる料理で、比較的最近考案されたものらしい。
「別に篠宮さんの事を嫌ってる訳じゃないですけどね。ただ、もともと私の好きな人は朱里だったって事は忘れないでください。朱里に彼氏ができなかったら、私も結婚しないで一生側にいるって思ってたぐらいですし。……でも篠宮さんに託したんですから、悲しませないでくださいよ」
「すまん……」
尊さんは申し訳なさそうに肩を落とし、嘆息混じりに言う。
「朱里はすべて〝分かっていて〟広島に行った。そこで何が起ころうが彼女が選択した事なのは理解してます。夏目さんがいい人なのも分かるけど、今の恋人として朱里がモヤモヤするのは当たり前。……『言われるまでもない』って思うでしょうけど、そこはもっとグイッと強引に愛して忘れさせてやる、ぐらいしてほしいんですよ」
恵が言った言葉を聞き、私と尊さんは顔を見合わせる。
そして私は、昨晩たっぷり愛された事を思いだしてジワァ……と赤面した。
恵はそんな私を見て溜め息をつき、「はいはい」と肉をもう一枚食べる。
「二人の問題に首を突っ込んで申し訳ないですけど、……頼みますよ? ホントに」
「分かってる」
私もお肉をモグモグしつつ、考えていた事を少しずつ纏めながら伝える。
「単なる嫉妬なんです。もう過去の人であろうと、尊さんの側にあんなに素敵な人がいたと思うと、もう男女の関係ではないと分かっていても妬いちゃう。……けど、もう終わったから」
そう言った時、事を静観していた涼さんが口を開いた。
「朱里ちゃんは自分に自信がないみたいだね。尊から少し聞いたけど、色々〝訳あり〟で自己肯定感が低いみたいだし。とても素敵な女性だし美人なのに、不思議なぐらい自分の魅力を分かっていない。尊に愛されてると信じたいのに、自己肯定感の低さが邪魔してる」
そのものズバリを言い当てられ、私は小さく頷く。
「でもまぁ、安心しなよ。気やすくショパールを贈る男はそうそういないよ。俺なら恋人以外に贈るなら、家族の特別なお祝いぐらいかな……。なんとも思ってない女性には、ここまで値の張る物は贈らないね。金に困っていないとしても、愛情のない相手に無駄金を使いたくないんだ。……まぁ、ある程度の金で相手の機嫌を取れるなら、円満な人付き合いのために花束とか、ブランド物のプレゼントはするけどね」
涼さんは赤ワインをクーッと飲み、まったく酔ってなさそうな表情のまま続ける。
「懇意にしてる店のお祝いとか、恩を売っておくべき相手には、一流の物を贈っておく。嫌な考え方かもしれないけど、その辺の女の子とか、学生時代のただの知り合いとか、ビジネスで絡んでもいない相手に高額な物を贈ったら、逆に勘違いされるからね。好意があると思われたり、酷い時は金づる扱いされる。馬鹿みたいに金を使ってるように思われるかもしれないけど、俺たちなりに金の使い先は限定してるんだ」
「……理解します」
私はコクンと頷く。
「まぁ……、尊は女性関係で器用な男じゃない。朱里ちゃんも知ってる通り、本気で好きになった相手は君が二人目だ。何人とも付き合って女性慣れしてる男なら、逆に君を不安にさせてないと思う。そういう男は物凄くこまめなフォローをして、相手に不安を抱かせないようにするんだ。……その裏で、堂々と浮気をするためにね」
「うわあ……」
恵が物凄く嫌な顔をする。
「俺から見れば、二人ともお互いを想う気持ちがでかすぎて、ちゃんと愛し合ってる運命の相手なのに、初恋同士の学生みたいにぎこちない。何か起こるたびに、ぶつかり合うように解決するしかできず、時には傷付いてる。……でも尊は何があっても、隠さずに説明してくれると思うよ。不器用だけど、嘘はつかない男だから」
涼さんの話を聞いていると、揺らいでいた心が落ち着いてきた。
さっきはただ「高額なんだろうな……」としか思えなかったジュエリーも、彼なりの想いが籠もっているのが分かった。
「……はい、信じてます」
「うんうん。だから恵ちゃんも、俺がプレゼントした時に胡散臭そうな顔をしないでね。不器用な男の愛情表現だから」
「そこで軽い調子で自分の事を『不器用』とか言うから、信じられないんですよ」
私は恵の容赦ない突っ込みを聞き、クスクス笑う。
そのあと、せっかくの贈り物に脂が跳ねないように荷物置きに避難させ、席に戻ると尊さんに笑いかけた。
「多分、あと一週間もすれば、現実の忙しさに追われて忘れていくと思います。ウジウジしてすみませんでした」
「昨日帰宅しての今日だから、全然範疇だよ。何か不安があったらいつでもすぐ言ってほしい」
「はい」
恵も涼さんもいる場で自分の気持ちを整理できたからか、心はずっと軽くなっていた。