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何より、恵が私の気持ちを代弁するように言ってくれた事で、多少なりともスッキリしたのかもしれない。
「あとね、最後にこれだけ言わせて」
恵は私の顔を覗き込み、ジッと目を見つめる。
「関わった人の中に〝悪者〟を作りたくない気持ちは分かる。でも自分の気持ちに嘘をついたら駄目だからね。んでもって、『あの人も苦しんだはずだから……』って他人を慮るのは、自分のメンタルに余裕がある時だけにしときな。自分もギリギリなのに、身を削るようにして他人に優しくする義理なんてないんだから。まず自分ファーストして、いつもの余裕がある状態で他人の事を心配する程度でいいの」
その言葉がスッと胸に入ってきた。
(尊さんも言いそうだな。……でも、彼自身、傷付いて動揺してるから、自分を俯瞰して見られていないのかもしれない)
「ありがとう、恵。凄くよく分かった。……自分に余裕がないのに、他人を気にしてたら、そりゃあどんどんメンタルやられてくよね」
頷くと、恵はグッとサムズアップして頷いた。
最後は赤身とロースを焼いてもらい、それを白米と食べていると、尊さんが軽く挙手して「懺悔」と言った。
「……ここで言う事じゃないかもしれないけど、昨晩、俺もちょっと動揺してて、とにかく朱里に触れたくて迫ったけど、中途半端な気持ちじゃ駄目だと思って混乱してた。……朱里も焦れったく思っただろう。すまん、謝る」
それを聞き、私は「やっぱり……」と感じた。
お風呂に入っていていきなり乱入した割には、彼は私を積極的に抱こうとしなかった。
私に触れて安心したい気持ちがある傍ら、心の中では昨晩言っていたように『心の中に夏目さんの存在を抱えたまま、私を抱いていいのか迷ってる』と思っていただろう。
尊さんは真面目だから、そんな気持ちで私を抱く事を『失礼』とまで感じていた。
確かに、昨晩は私も自分の事ばかりで尊さんの胸中を想像する余裕はなかったけど、今なら笑って流せる。
「いいんですよ。尊さんに触れられて嬉しかったですもん。……それに『理屈じゃない』……でしょ?」
「……そうだな」
こうやって言えなかった事を口にして、やっと旅行後のモヤモヤがすべて晴れた気がした。
「よし、ラスト冷麺いくぞー!」
私は表面に薄くスライスされたすだちが敷き詰められた、綺麗な冷麺を写真に収めてから食べ始める。
スッキリした味わいと、麺のモチモチ感が最高だ。
食後のデザートはフルーツのゼリー寄せで、尊さんはそれを食べ終えたあとに言う。
「そういえば、盆休みに速水家の人たちと温泉に行くって話してただろ」
「あっ、はい!」
「ちえり叔母さんいわく、もう宿の手配やら、行ける人の都合やらはつけたそうだ。あとは俺たちが参加表明して、当日行く……って感じだけど大丈夫か?」
「はい! 楽しみです!」
「八月は、頭の週末から翌週末まで、風磨が夏休みをとる事にしてる。それが終わったあと、俺が一週間休みをもらってる。先方の会社勤めの男性神はカレンダー通りの人もいるけど、祖父母や小牧ちゃん、ピアノ教室勢はそのために休みを設定してるらしい」
「女性陣が多くなりそうですね」
「……そうなんだよ……」
尊さんはガックリと項垂れる。
「行き先は和歌山県の白浜温泉だ。ビーチもあるから、夏にピッタリじゃないかって」
「和歌山県……」
失礼ながら、私は都道府県をすべてしっかり把握していると言えず、呟いたあとにスマホに手を伸ばす。
けれど検索するより先に、涼さんが教えてくれた。
「京都や大阪の下に、ふっくらした紀伊半島があるでしょ? 中央には奈良県、東側には伊勢神宮があって、南側には熊野大社や那智の滝がある。白浜温泉は半島の先端近くの、四国側だよ」
「あー! なるほど! ありがとうございます!」
私は涼さんのナイスアシストに拍手する。
「小牧ちゃんいわく、いま涼が言った辺りも観光しようって話だ」
「わぁ……! 楽しみ! 恵、お土産買ってくるからね!」
「あんがと。楽しみにしてる。……っていうか、そっちのご家族とうまくいってて良かったですね」
恵が尊さんに微笑みかけると、彼は「そうだな」と笑う。
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