テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
今回は昨日例に挙げました「お酒・感動」の物語ですわ!
なるべく感動に仕上げましたためご覧になっていただけると嬉しいですわ!
それでは本編へ𝕃𝕖𝕥’𝕤 𝕘𝕠!
私は小さい頃からずーっととある飲み物に憧れていた。
親たちが顔を真っ赤にしながら楽しそうに飲んでる姿が羨ましくってずっと飲みたかった。
それを飲んだらいつもはダメな時間でも「1個だけね!」とお菓子を食べるのを許してくれる両親だったが、いくら顔が赤くても、いくら上機嫌でも私がそれを飲むのは許してくれなかった。
何故かは分からなかった。
だからずっと拗ねていた。
それを見兼ねた父は5歳の私に言った。
「お前が20歳になった日、お前が産声をあげた時間と全く同じ時間に3人で乾杯しよう」
私はとっても元気な声でうん!と返事をしたらしい。
毎年毎年、私の誕生日が来る度に私は言った。
「あと〇年後の今日、乾杯するんだよね!」
目を輝かせながらそう言う私を両親は暖かい笑顔を浮かべて見つめていた。
あぁ、そうだよ
優しい声でそう言いながら。
14年後、私は大学生活を満喫していた。
バイトでコツコツお金を貯めながら、ずっとあの日を夢見てた。
3人で乾杯する、そんな風景を夢見てた。
その日まであと3ヶ月と言った時だろうか。
私の膵臓に、ステージ3のがんが見つかった。
「5年生存率は20%と言ったところでしょうか」
淡々と医者は言った。
「治療にかかるお金は𓏸𓏸𓏸𓏸𓏸𓏸円です。」
とにかく莫大な金額だった。
「1ヶ月以内にこの金額が出せない場合、かなり厳しいかと。」
あいにく先月妹が県外の私立高校に入学し、お金を大量に払った後だったためその金額を払うだけの財力は家には無かった。
それを知っていた私は半ば諦めていた。
あぁ、もうタヒんじゃうのかぁ。
突然だったなぁ。
みんなで乾杯は厳しいのかなぁ。
不思議と冷静にそんなことを考えていた。
その日からと言うもの、父は一向に姿を見せなくなった。
聞けば毎日残業漬けで夜遅くに帰っているらしい。
母は今までずっと専業主婦だったため、今からパートを始めたところでその金額の足しすら稼げなかった。
だが母親は毎日外へ出ていた。
私は普段通り大学へ行って、バイトをして帰っていた。
ある日、街中を歩いていると母を見た。
箱を持って必死になにか訴えかけている。
「どうか、どうか娘の治療費を!」
街ゆく人にどんなに嫌な顔をされようとも決してめげずに訴え続けていた。
雨の日も、どれほど風が強い日も母はそこに立ち続け、訴えていた。
その活動に心を打たれたネットニュース会社が母のことを記事に書いた。
「どうか娘の治療費を!」
そんな見出しの記事だった。
中身を読んでみると私について深くまで書いてあった。
お酒を羨ましがった5歳の女の子と父が交わした約束。「20歳の誕生日に3人で乾杯しよう。」
そんな約束から14年後、突然女の子にステージ3のすい臓がんが診断された。
莫大な治療費を払うため、母親は毎日街で訴えかける。
「どうか、どうか娘の治療費を!」
娘との約束を果たすため。みんなで乾杯するその日のため。
どうか、あの家族が乾杯出来る日が来ますように。
母がネット募金でも治療費の募金を募ってみた。
すると記事を見たが遠くの地方に住むため募金は出来ない。そう言った方々からたくさんのお金が届いた。
父は毎日夜遅くまで働き、母は街で訴えかける。
そんなこんなで日にちはどんどん過ぎていった。
それから3ヶ月後の今日
「かんぱーいっ!」
がんが完治した私は家族と共にグラスを交わした。
母が募った募金はネット募金の金額だけでも治療費を優に超えた。
余ったお金で父がどーしても飲みたかったお酒を買い、先程それを開けた。
15年間ずっと楽しみにしていたお酒はかなり苦くて、お腹が熱くなっちゃって、はっきり言って美味しくなかった。
「お前にはまだ早かったか!笑」
そう言って父はニカッと笑った。
「うん、あんましだったよ笑」
この笑顔があるのはここにいる両親や募金をしてくれたり記事にしてくださったみなさまのおかげ。その感謝で胸をいっぱいにしながら
私はまたお酒に口を運んだ。
コメント
2件
感動で涙が…ですにゃん