テラーノベル
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スポットライトが落ちる瞬間、世界が一度だけ静かになる。
歓声は波だ。熱量の塊みたいに次々押し寄せてくるそれを、御神旬はどこか遠い場所から眺めていた。
「本日はありがとうございましたー!!」
リーダー浅葱誠の声が響き、 ステージが締まる。
隣では遠野アラタが柔らかく観客に手を振り、東雲裕太郎が最後までファンサうちわに応えている。
その中で、桐島蘭だけがチラチラとこちらを見ていた。バレていないつもりだろうか。
——またか。
旬は視線を外さず、しかし表情は一切変えないままマイクを下ろして観客に手を振った。
「御神さん、今日も最高でした。」
ステージ裏に戻った瞬間、桐島が駆け寄ってくる。汗だくの顔で、笑っている。
「……普通だ」
「えー、普通じゃないですよ。低音、めちゃくちゃ刺さってました。僕、少し鳥肌立ちましたし。」
「仕事だろ…」
「はい、仕事です。でも…」
桐島は一歩近づく。距離が近い。汗と香水の匂いが少しだけ鼻をかすめた。
「御神さんの“仕事”って、たまに感情が乗りますよね。」
その言葉に、旬は一瞬だけ黙る。
自覚がなかった。無意識だろうか。
「気のせいだ」
「そうですか?」
桐島は笑ったまま、何も追及しない。
その代わり、並んで歩き出す。
その距離感が、妙に落ち着かない。
楽屋では浅葱が騒ぎ、遠野がそれをなだめ、東雲がスケジュールを確認している。
いつものOur freedomだ。
その中で、桐島だけが隣に座ってくる。
「御神さん、次のドラマ撮影はいつからですか?」
「明後日」
「そうですか。忙しいですね…」
「お前もだろ」
「僕は平気です。御神さんの方が心配です」
「俺は別に——」
言いかけて、止まる。
桐島が、当たり前のように水を差し出してきたからだ。
受け取る。視線は合わせない。
それだけのやり取りなのに、なぜか喉が詰まる。
夜。
解散後の帰り道、御神は一人で歩いていた。
マスク越しに外の空気を吸い込む。街はまだ騒がしい。アイドルという名前は、日常に溶けるには少しだけ眩しすぎる。
ふと、後ろから足音がした。
振り向く前に、声がする。
「やっぱり一人で帰るんですね」
桐島だった。
「……偶然か」
「違います。待ってました」
悪びれもなく言う。
御神は足を止める。
「理由は…?」
「話したいことがあったからです」
「今じゃないとダメか…」
「今がいいです」
即答だった。
蘭は少しだけ真剣な顔になる。
いつもの笑顔が薄れている。
「御神さんって、ステージのときだけ、少し違う顔しますよね」
「していない」
「してますよ。ほんの一瞬ですけど…」
風が吹く。
ネオンの光が、桐島の横顔を照らす。
「それ、僕だけは見えている気がするんです」
旬は言葉を失う。
——見られている。
それは、アイドルをしていて当然のことのはずなのに。
なぜか、それ以上の意味に聞こえた。
「気のせいだろ…」
ようやく絞り出した声は、少しだけ低かった。
桐島は笑う。
でも今度は、いつもの明るい笑い方じゃない。
「じゃあ、気のせいでいいよ」
一歩近づく。
「でも僕は、気のせいでもいいので、もっと見たいです」
沈黙。
街の音だけがやけに遠い。
旬は初めて、桐島の目をちゃんと見た。
その瞬間だけ、ステージよりも、歓声よりも、ずっと大きな何かが胸の奥に落ちた気がした。
「……勝手にしろ」
そう言って歩き出す。
けれど桐島は、当然のように隣に並んでくる。
距離は変わっていない。
ただ、少しだけ、何かが変わり始めていた気がする。
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